25.スキルアップです。
翌日の朝、バーサのみならず、アイリーンもメイド服に着替えていた。
あの後バーサにはたき掃除に関するレクチャーを終わらせ、今日は一緒に掃除しようと約束をしていたのだ。
朝の眩しい光が窓越しに差し込むと、部屋に舞っている埃がキラキラと光る。二人は目を細めながらパタパタとはたきを振っていた。
「実は女の子が来るからとフィリップさんから聞かされていたの。きっとアイリーンの事ね。昨日ね、お掃除が終わればあなたにご挨拶に行こうと思っていたのよ」
埃の落ちた装飾品を眺めながらバーサはアイリーンに語り掛ける。その言葉にアイリーンはホッコリと笑いを浮かべる。
「そうかぁ……クスッ、とんだ出会いになったものね。だって壺とお皿を抱えたオッチョコメイドだったものね」
「ああ、酷―い。それを言ったらアイリーンだって……」
バーサは慌てて振り向き、赤ら顔ではたき棒を握りしめる。
「え?私だって……何?」
「……うー、何も思い当らない」
シュンと肩をすぼめ、唇を突き出すバーサにアイリーンは微笑みかける。
「ふふふ。バーサでも今日のあなたは一味違うわよ。だって、お掃除がきちんとできているもの。最初は窓も開けずにはたいてたし、レクチャーした甲斐があったわ」
「うん。それにはたきを上からやるって知らなかった。面目ない」
「それに、上手く先っちょを使って埃が舞わない様にもしている。一度教えたらちゃんとできる子なんだね」
バーサは少し照れ臭そうに再びはたき始める。
概ね叩き終え、フロアのモップがけを終わらせた時にはまだお昼前だった。
「嬉しいもう終わっちゃった。いつも終わるのは夕方なのに」
バーサは袖で額の汗を拭い、目をパチクリさせた。
「ダメよ、レディは袖なんかで汗を拭いちゃあ。ちゃんとハンカチで拭くの。はい、これをいつもポケットに入れておいて」
アイリーンが渡した真っ白のシルクのハンカチには、バーサの名の刺繍が施されていた。
「これ、私の名前。どうしたのこれ?」
バーサはハンカチを広げて目を凝らした。
「部屋にハンカチと刺繍セットがあったから作ったの。きっとバーサはハンカチを持っていないと思ってね」
「もう、また意地悪言う。でも嬉しい、ありがとう」
「お礼を言うのは早いわよ。刺繍も教えるつもりだから覚悟しておいてね。さあ、一緒にお昼ご飯を作るわよ」
アイリーンはバーサの手を取り、自分の部屋へ引っ張りこんだ。既に食材がキッチンに並べられてある。
「ひき肉と、玉ねぎ、それにパンでしょ、牛乳に卵に塩胡椒。さて、何が出来るでしょうか?」
アイリーンは玉ねぎを手に取ってバーサに見せる。丸々と重量感がありオレンジ色の薄皮がきらりと光る。
「え?わかんない。ソーセージかな」
「この後に及んでまたソーセージなの?それから離れなさい。さあ、先ずは玉ねぎから行こうかな。バーサ、この玉ねぎを切ってくれる」
「え?これ切ればいいの?」
アイリーンが玉ねぎをまな板の上に置くと「うーん」と唸り声をあげたバーサは眉を顰めながら斧を持つように柄をガシッと掴むと、包丁を振り上げた。
「ちょ、ちょっと待ったぁ!!」
アイリーンは慌ててバーサの手をガシッと掴んでその動きを制止した。
「どうしたの?」
「どうしたのじゃないわよ。何をしようとしているの」
「玉ねぎを切ろうかと」
「とても料理をする態度じゃないわ。やれやれ、一から指導が必要ね」
「やっぱり私間違えましたか」としょんぼりするバーサの手にアイリーンはそっと添える。
「あのね、包丁はね、柄の部分を人差し指以外の四本の指で支えて、包丁の背の部分に人差し指を乗せるのよ」
アイリーンがやって見せるとバーサもふんふんと言いながら包丁を握った。
「うん、取っても上手。そしてね、反対の手で玉ねぎを押さえて切るんだけど、少し引くとよく切れるわ」
バーサが言われた通り、やや引き気味に包丁を下ろすと見事に玉ねぎがふたつに割れた。
「そうかあ、こうやって包丁って使うんだ」
「じゃあ、次、一緒にやろう。次はね……」
アイリーンはバーサを横目に玉ねぎの芯を抜き、みじん切りを始める。勿論見よう見まねでバーサもそれに続く。
「やるねぇ。初めてとは思えないよ」
バーサの包丁さばきを見てアイリーンは「ほほう」と歓声を上げる。そうして、そうこうしながらひき肉やパンなどの他の材料を混ぜ込み、それを熱々のフライパンでジューッと焼いた。肉や玉ねぎが焼けるなんとも香ばしい香りが立ち上がる湯気と一緒に漂い出す。
「わあ、これ何の料理。とてもいい匂い」
バーサは目を輝かせながら少し離れた所からフライパンを覗き込み、ほんの少し涎が垂れかかっている。
「これはね、ハンバーグって言うのよ」
アイリーンがウインクをしながら親指を立てた。
「もう我慢できない。ちょっと味見させて!」
「あ、ちょっとお行儀悪いわよ」
バーサはアイリーンの止めるのも聞かず、フォークでハンバーグを一欠けちぎり、パックっと口へ放り込んだ。
「んんんん……んんまあい!最高、お料理ってこんなに良いものだったのね」
バーサは両掌で頬を挟んで、人生最高というくらいの笑みを浮かべた。
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