22.色々考えなきゃね
キッチンに向かったアイリーンを一番驚かせたのはその設備、それに食材である。
「すごいわ。このコンロ、ガスコンロよ。それにガス冷蔵庫、生まれてこのかたオブライエン家でしか見た事なかったのに」
あの裕福なスタンリー家ですらコンロは石炭コンロで、当然、冷蔵庫は氷を上の段に置いて冷やすタイプだったのだ。
「くっ。なかなかやるわねこの家。研究者って言うのも頷けるわ。それに一番驚かされたものはこれだわ」
アイリーンは眉を顰めながら保管庫に入ってあったパスタを手に取り、軽く指でくねらせた。パスタもオブライエン家以外では見たことがなかったのだ。
「このコシの強さ。侮れないわね。これはあれを作るしかないわ。あるかしら……」
冷蔵庫の横にある戸棚を開けると、いくつもの野菜と調味料が詰められている。
「自炊をしろと言うだけあって、色々揃えてくれている」
その中からトマト、玉ねぎ、オリーブオイル、塩に黒胡椒、にんにく。冷蔵庫の中から鶏肉と赤ワインを取り出した。
アイリーンはコンロで鍋に塩入のお湯を沸かし始めると、鼻歌交じりに食材を刻み始めた。
タカタカタカタカと包丁の音を響かせながら、グツグツと沸き出した鍋の中にパスタを放り込み、刻んだ食材をフライパンで炒めだした。
フライパンからにんにくの香りがパッと広がる。
「これでどうかしら」
程よくかき混ざった食材にワインと調味料を入れ、かき混ぜた後それをペロリとひと舐め。
「うん、我ながら上出来ね。そしてこのソースを……っと」
お湯から取り出し、柔らかくなったパスタにソースをドバっとかけた。出来上がった熱々のパスタからトマト風味の湯気が立ち上る。
「うん、良い香りだ。……ナンシーにも食べさせてあげたいな」
ナンシーとの楽しかった日々を思い出しながら、アイリーンはパスタを口に入れた。口の中に甘酸っぱいトマトの風味とソースの程よい辛みがパスタの弾力と共に口の中に広がる。
「うん、我ながら最高!」
アイリーンは頬を赤く染めながらはにかんだ。
◇ ◇ ◇
「良く寝たぁ。こんなに気持ちよく眠れたのは久しぶりだわ」
朝、鳥の声と、窓から入る眩しい太陽の光で目覚めたアイリーンは大きく伸びをした。
ゆっくりと沈むクッションに被っているのも分からない程の軽さの布団。こんなベッドで眠るのはオブライエン家で過ごしていた時以来だ。
「全部がこの部屋にあるのが良いわよね」
洗面所で身支度を整えていると、扉の方でコンコンとノックをする音がした。
「はい。今行きます」
扉を開けるとそこには執事のフィリップが立っていた。
「そのお顔、昨夜はよく眠れたようですね」
黒のスーツに身を固め、きちんと身なりを整えている二枚目男優のようなフィリップは白い歯を覗かせて微笑んだ
アイリーンも元々は良いとこのお嬢さんだ。こんなに格好の良い男性を目の前にして、身支度を整えたとはいえ昨日と同じ服を着ているのには恥ずかしさが湧き出し、思わず彼から目を背ける。
「……」
「どうしましたか?」
俯くアイリーンの顔を覗き込むように、優しく問いかけるフィリップ。だがそこで彼女はある重大な事実に気付く。
(そうだ、照れたって仕方がない。私は金で買われた使用人だ……)
ならばこれからの事をはっきりさせておかなくてはいけない。
「すみませんでした。これから私が何をすればよいかと言う話ですよね」
アイリーンは唇をキュッと結び、しっかりと開いた目でフィリップを見つめ返した。
フィリップは目の前の気丈に振舞う少女を見て、クスッと笑った。だが、その行為が彼女に失礼に当たると自覚したのか、コホンと咳払いをした後、ゆっくりと口を開いた。
「そう構えなくとも大丈夫ですよ。スミス様はメイドが必要であなたを雇ったのではなく、あなただから雇ったのです」
「私だから雇った?」
予想もしない発言にアイリーンはぽかんと口を開く。
「この部屋の設備をみてどう思いましたか?」
「凄いと思いました。新しいものが多くて。でも……」
アイリーンはゆっくりとキッチンの方へ目を向ける。
「そうです。お気付きになったと思いますが、あなたのご実家であるオブライエン家の設備とほぼ同じです。スミス様はあなたの御父上のリチャード様と深くお関りのあった御方なのです」
「お父様と?」
フィリップは静かに頷き、言葉を続けた。
「スミス様は、こう仰いました。『一人で生きていく術を身に着けさせよと、それがリチャードへの恩返しだ』と」
──スミスさんは私の両親が亡くなった事を知っているんだ。あのメッセージは自分に何が起こっても、私が一人で生きれるように考えたものだったんだわ。
見えない人の愛情が胸を温め、言葉が詰まる。
「あの……スミス様にお会いできますか?是非ともお礼を言いたくて」
アイリーンは両手を組み、瞳を潤わせた。
「それは出来ません。スミス様からあなたが自立できるまでは会わないと、申し付けられております」
フィリップの毅然とした口調から、これ以上言っても無駄な事は理解できる。
「……有難うございます。私、頑張ります」
アイリーンが組んでいた手を開放すると、フィリップは「それでよろしいかと……」と優しく微笑み、何かあればメイドのバーサに相談してくださいと言い残して部屋を出て行った。
「メイドのバーサさん?って人がこのお屋敷に住んでいるって事ね?」
どんな人なんだろうと、考えながらアイリーンはゆっくりと部屋を見渡す。
窓に目を向けると、庭には玄関アプローチと全く違う種類の美しい花や木が植えられていた。
「昨日は暗かったから判らなかったけど、表と全く雰囲気が違う」
風と共に揺れる、光輝く緑の葉がこれからの未来を応援してくれている様に見える。
「さて、これから色々考えなきゃあね」
新たな力が湧いてくる。アイリーンは自身を奮い立たせた。
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