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全てを奪われたけど、へこたれません。香りで夢を掴みます!   作者: 季山水晶
Ⅰ.試練の幕開け

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21.アイリーン、ドアベルを叩く

第二章開始です。よろしくお願いします。

(さすがお金持ち、まるでお城だわ、それにしても……)


「お化け屋敷みたい」


 アイリーンは目の前の屋敷を見てそう呟いた。西洋風で汚れと枯れた蔦が巻きついた白い石壁。何十個も部屋がありそうな古くて大きな建物で、吸血鬼か何かが住んでいると噂されてもきっとだれも疑わない。


(ほんと、蝙蝠とかカラスとかが似合いそうだわ)


 敷地を見渡すと、屋敷の不気味さを更に演出するように、今にも掴みかかってきそうな柳の木が、風が吹くたびにザワザワと不気味な音を立てている。


「もっと雰囲気が明るくなるようなもみの木とか、イチョウの木とか植えたらいいのに」


 ついにため息とともに心の声が口から漏れ出る。


「そういえば、私の家はケヤキの木や大きな樹形が季節によって美しい色彩を演出していたなぁ」


 元住んでいた家とのあまりの違いに、アイリーンは思わず目を覆ってしまいたくなるほどだ。


 フィリップに聞いたところによると、新しい雇用主は発明家で比較的若い男性であるとの事。


 だが、若い男性が住んでいる屋敷にはとても見えない。


 身分証や母の形見も取られている以上、逃げ出すわけにはいかずむしろ年期の入った屋敷を見ていると、恐れよりも余計な使命感が湧いてくる。


「折角メイドとして来たんだもの、ピカピカに磨き上げようかしら」


 そのように考えながら足を止め、再度屋敷と敷地をゆっくりと見渡すアイリーン。


「全体的に暗いわ。そうよ、雰囲気が暗いのよ。色相が暗い、明度も暗い、彩度もくすんでいるし、色調、色加減、色合い、色味も陰気臭いのよね……」


 そうだ!とポンと手を打ち鳴らしたアイリーンは敷地のあちこちを指さした。


「暗いのなら明るくしてしまえばいいのよ。フフフ。ここもいずれはお花畑ね……うん、あそこにはバラ、そこにはフレージア。秋にはコスモスもいいわね」


 ブツブツとそう呟きながら玄関アプローチをゆっくりと歩きだし、玄関ポーチに到着した。


 そこには大きくて両開きになっている扉には目つきの悪い牛の顔の彫刻が張り付いており、その牛の鼻輪がドアベルになっていた。


「もう、なんで牛なの?」


 世の中には綺麗な真鍮のベルだとか、例え同じ動物でもフクロウとか、洒落たものがある事はアイリーンも良く知っている。それだけで住んでいる人の爽やかさが伝わる様なものも色々あるはずなのにと、アイリーンは残念な目でそれを見つめる。


(一体どんな趣味の人なのよ)


 鼓動がどんどん早くなっていく。


 ゴクリと唾を飲み込んだアイリーンは牛の鼻輪に手をかけた。


『コンコン』


 風が木の葉を揺らす音の中にドアベルの金属音が溶け込んだ。


『ギギギギ……』


 ガタガタとドアベルが揺れると、鈍い音を立てて扉が開いていく。


 その建付けの悪い音はアイリーンの背筋に冷たいものを走らせるが、怯むわけにもいかない。


(最初が肝心だものね)


 アイリーンは淑女の様なカーテシーで顔を伏せていたが、一向に声がかからない。


 恐る恐るそっと首を持ち上げるが、目の前には誰も居ないのだ。


(だ、誰が開けたの?)


 カーテシーを解除した彼女は勇気を振り絞り一歩足を踏み出して、そっと中を覗いてみたが、やはり誰も居ないのだ。


(どうなってるのよ)


 呆然とその場に立ち尽くすアイリーンは、しんと静まった大きな屋敷を見ていると急に昔を思い出し、胸の奥が熱くなってくる。


(昔は扉が開くと「お帰りなさいませ」と、誰かしらが言ってくれたのにね……)


 不気味さはあるが、意外にも屋敷の中は明々(あかあか)と明かりがともっている。


 その灯りを見ていると不思議と暗かった気分が安心に変わっていく。


(灯りひとつでこうも気持ちが変わるのね)


 虎穴に入らずんば虎子を得ず!


 アイリーンは気を取り直して「お邪魔しま~す」と言って誰も居ない玄関をくぐった。


  ◇ ◇ ◇


 エントランスに吊るされているシャンデリアの他にも天井からペンダントライトが吊り下げられており、それはアイリーンを誘導するようにオレンジがかった淡い光を放ちながら等間隔に設置されていた。


「誰かいませんかぁ?不用心ですよぉ」


 その光に導かれながら奥に進んでいくと、正面に開けっ放しの部屋が目に入った。


「何かしら?この部屋」


 中を覗くと六畳間ほどのこぢんまりとした部屋ギャラリーには、丸テーブルといくつかの椅子が置いてある。後は部屋を取り巻くように装飾品が飾られてあった。


 年代を感じさせる壺には時の重みがあり、金箔の皿が淡い光を放つ。暫くそれら眺めていたアイリーンだったが、テーブルの上にある一枚の用紙が目に留まった。


「何か書かれてあるわ」


 勝手に読んではいけないと眼を逸らすが、大きく書かれた『アイリーン・オブライエンへ』と言う文字が自然に目に飛び込み、それを二度見する。


「これ、私宛じゃない。ここに来ることは想定内だったって事?」


 何故こんなにまどろっこしい事をするのか不可解である。


「この屋敷の主人ってよほど変わった方なのね」


 ひとりでそう呟きながらその用紙を手に取った。


『アイリーン・オブライエンへ

 この屋敷に来てもらった目的は、いずれ私の研究の片腕になって貰う為である。よって、君は来年度ランバーグ専門学校に入学してもらう……』


「え?どういう事?私学校に行ってもいいの?……」


 用紙を握りしめた手が細かく震え、鼓動が早くなる。思わず「うわぁ」と歓喜の声を上げそうになるがふと我に返る。


 ──でも、そんなうまい話ってあるのかしら? そもそもこの人何の研究をしているのかしら。


 頭の中をリセットさせるように首を何度も横に振った。


「だめだめ、ちゃんと最後まで読んで判断しなきゃ」


 再び用紙に目を戻す。


『ただし、学費は自分で賄うこと。それと、家事全般も自分で行うこと。君の部屋は、この部屋を出て左側にある。詳しい事は明日、君の元を訪れるフィリップに聞くと良い。

逃げるのを止めはしない。健闘を祈る。

デビット・スミス』


「何?学費を払えって?やっぱり意味わかんない」


 首を傾げながらその用紙を握りしめ、指定された出た左側の部屋へと向かった。


「きっとこの部屋ね、灯りを着けてくれている」


 有難いことに、部屋の扉についている小窓からご丁寧に光が漏れている。アイリーンは一応その扉をノックした。


「はい。返事なし。誰も居ませんよね」


 勝手に玄関が開いたことや、誰も居ない屋敷に対する疑問など、もうどうでも良くなっている。


 ゆっくりと扉を開けると、若い女性が好みそうなオレンジ色の豪華な絨毯が敷かれた二十畳ほどの広さの部屋の中にはキッチンに洗面台、お風呂まで付いている。それにベッドに大きな勉強机。


 瞬きをするのも忘れ、視線は部屋に釘付けになっていた。


「すご、この部屋だけで充分生活ができるじゃないの」


 その部屋を見ると、スミス氏の要求が嘘ではない事が分かる。期待に応えなきゃと思う反面、ふと疑問もわき出す。


「でも、お金ってどうやって稼ぐの?」


 少し頭を抱えていると「グウゥゥ」とお腹が鳴った。


 そういえば、突然の引っ越しでお昼から何も食べていなかった事に気付いた、


「うん、腹が減っては戦は出来ぬ」


 アイリーンはゴソゴソとキッチンを物色し始めた。

読んで頂きありがとうございます。

二日おきの投稿になります。

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