12.ほれ、嗅いでみて
アイリーンとナンシーが壊れた籠を求めて屋敷内をうろついていると、向こうからハウスメイドのキャロラインが歩いてくる。
「キャロラインだ。隅っこに移動して!」
ナンシーが焦った口調でそう言って、アイリーンの袖を引っ張った。
アイリーン達スカラリーメイドよりも、キャロラインのハウスメイドの方が格上なのはアイリーンも知っていた。
格上の彼女達は、格下のメイドと出会うと決まって嫌味を言ってきたり、仕事を押し付けたりして来る。今回も案の定、キャロラインはすれ違いざまに、借りてきた猫の様に俯いている彼女たちを睨みつけた。
「あんた達、今は便所掃除の時間じゃないの?さぼってこんな所で何をしているの?」
ナンシーは彼女に下手な事を言うと、機関銃のような文句が返ってくることを知っている。よって、「は、はい。すぐ戻ります……」と答えたわけだが、アイリーンは何ら気にすることはなく、丁寧に
カーテシーを見せると「ご心配なく、その仕事は既に終わっております」と笑顔で答えた。
──こいつ、生意気な挨拶をして……
キャロラインの眉が歪み、チッと舌を打つ音が響いた。
だが、突如キャロラインはニヤリと口角を上げ、手に持っていた壊れた籠をアイリーン差し出した。
「ふん、じゃあ、時間が余っているという事ね。それじゃあ、これを裏のゴミ捨て場に捨てておいてくれるかしら?」
裏のゴミ捨て場までは少し距離がある。屋敷のゴミを擦れるのは本来ハウスメイドの仕事だ。
当然嫌がらせのつもりで壊れた籠をグイっとアイリーンに押し付けたわけだが、アイリーンはそれを見て息を止めた。
((ら、ラタネンで作られた壊れた籠だぁ!))
その籠を見て思わずナンシーとアイリーンは顔を見合わせる。
二人の瞳が揃って大きく開き、籠を押し付けられたアイリーンが、まるで赤子を抱きかかえるようにそれを受け取ると
「「喜んで!」」
二人は歓喜の声を上げた。
キャロラインは二人の姿に口元をわずかに開け、呆然と見つめていたが、ハッと我に返ったかのように「ふん、変な奴ら」と言ってスタスタ歩いて行ってしまった。
「アイリーン、あんた凄いよ。凄い運持っているよ。壊れた籠向こうからやってきちゃったよ」
ナンシーはアイリーンの肩を抱き、思いっきり揺さぶった。
「ちょ、ちょっと。うふふ。運は悪い方だと思うけど、今回はラッキーだったね」
首をグルングルン振られながら、アイリーンは苦笑を浮かべる。大いに笑いあった二人は「さ、早く戻りましょう。探す手間が省けたわ」と言って急いで洗い場に足を向けた。
◇ ◇ ◇
「そろそろできているかしら」
アイリーンが星木犀の花弁をいっぱい入れた鍋の蓋をそっととると、あら不思議、中の花弁はすっかりなくなり薄黄色の液体だけが中に入っていた。
「え?匂いキツイ」
ナンシーが自身の鼻をつまみ、顔を顰める。
「うふふ、出来てる出来てる。でもね、直接匂うとちょっときついの」
そう言ってアイリーンは笑いながらふたを閉め、ジグから貰ったという多数の小瓶を取り出し、近くに並べた。
「それにその液体を入れるの?」
ナンシーはまだ鼻をつまみながらアイリーンに問いかけるが、彼女は「ふふふ、ちょっと待ってね」と笑っただけ。
次にアイリーンは先程押し付けられたラタネンの木の壊れた籠を手に取った。
それは白っぽいラタネンの木が重なり、所々麻の紐で結び付けられていて、ぽっかり底に穴の開いている籠だ。
アイリーンが籠に付いている紐を切るとストロー状のラタネンの木がバラバラっと地面に散らばった。
「この細い木を、小瓶三つ分の長さに切って欲しいの」
「ふうん。よく分かんないけど切ったらいいのね」
ナンシーはアイリーンに言われるがまま、ラタネンの木を鋏で切った。木なのに意外と簡単に切れる。
「ね、簡単に切れるでしょ?それに見て、切り口が筒みたいになっているでしょ」
確かにアイリーンの言う通り、切離面を見ると中が空洞っぽくなっている。
「本当だ。で、これをどうするの?」
「それをね、三本一組にして瓶の口の高さ位の所でその麻の紐で縛って欲しいの」
ナンシーは言われた通り、ラタネンの木を三本手に取り瓶に並べた後、丁度口の高さの所で縛り付けた。
その様子を横目で見ながらアイリーンは一つの小瓶を手に取り、真ん中より少し多めの所まで柄杓を使って小瓶に液体を流し込んだ。
「それ、貸して」
アイリーンはナンシーから三本に束ねたラタネンの木を受け取ると、液体の入った小瓶にそれを差し込んだ。よく見ると丁度結び目の部分が小瓶の蓋になっている。
「この木の部分の近くに鼻をやってみて」
アイリーンがラタネンの木の入った小瓶をナンシーに差し出すと、顔を顰め、目を瞑りながらそろっと鼻を近づけた。
「うふふ、さっき余程臭かったのね」
アイリーンが笑みを浮かべると、ナンシーは瞑った眼を大きく見開いた。
「え、さっきと全然違う!甘酸っぱく、優しい匂い。お花畑の真ん中で寝ている気分になるね、とっても落ち着くわ」
「でしょ。それね、フレグランスって言うんだよ」
「うん。これが魔法なのね。凄いわ」
───星木製の花弁は全く匂いがしなかったのに、なんでこんなにいいにおいがするのだろう。ナンシーは小瓶を手に取り、しげしげと眺めた。
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