11.臭いのなくすよっ
翌日も同じように、アイリーンとナンシーはキッチンでスカラリーメイドの仕事をこなした後、便壺を集めて回った。昨日と少し違うのは、今回設置するのは内側に塗装剤を塗りたくったそれだ。
「明日が楽しみになって来たよ」
「おかしなものね、嫌な仕事なのに楽しくなるなんて」
便壺を抱えながら笑みをこぼす二人を、他のメイドたちが不思議そうに眺めている。だが声を掛けたりはしない。万が一でも「一緒にやります?」などと言われたらたまったものでは無いからだ。
「昨日作ったやつが残っているから、それを使いましょう」
タライの中にはマクイの果汁と、ボロ布が。鍋の中には塗装剤がたんまり残っている。
今日は道具集めから始めなくて良いので、すぐさま汚れ落としに取り掛かれる。
二人は昨日と同じように、黄ばみの付いた便壺にマクイの果汁が染みたボロ布を貼り付けていく。
「さて、後は待つだけ。ねえ、ナンシー実はちょっと気になった事があって」
アイリーンは手をモジモジさせながら上目づかいでナンシーを見つめている。
「ん?今度は何?アイリーン」
アイリーンの顔をしっかりと見つめるナンシーは、少しでも聞き逃すまいと身体を彼女の方へと向き直した。
もしかしたら自分に何か言われるかもしれない。そんな思いがナンシーを身構えさせたのだが、アイリーンの話は予想外の方向から飛んできた。
「あのね、おトイレ臭いと思わない?」
「へ?」
「だからね、おトイレが臭いのよ」
ナンシーは口を半開きにしたまま、目をパチクリさせた。
「う、うん。おトイレって臭い所じゃない……」
アイリーンは唇を結び、首をブンブン横に振った。手にはボロ布が力強く握りしめられている。
「私の家では臭くなかったのよ。そこでね……」
「良いわよ。何でもやるから言ってちょうだい」
「わあ、さすがナンシー」とアイリーンは目を輝かせ、彼女の手を取った。
「じゃあ、星木犀の花弁をたくさん集めたいの」
◇ ◇ ◇
「あのね、実は昨日目をつけていたのよ」
アイリーンはナンシーの手を引き、林の中へ入って行く。昨日と違い風は吹いていないものの、空は曇っている。
「雨に濡れると台無しになっちゃうから」と足早に進んでいくと、小さくてかわいい赤い花弁をたくさん付けた星木犀の木があり、木の下にはその花弁が絨毯の様に敷き詰められている。
「この花なの?」
ナンシーは落ちている花弁を1つ手に取り、クンクンと匂ってみる。
「何の匂いもしないよ?」
キョトンと首を傾げるナンシーにアイリーンはニヤリと笑いながら、人差し指を横に振る。
「チッチッチッ。それがね。大化けするわけなのよ」
そう言いながら地面に落ちている花弁を拾い、袋に詰めだした。
「ナンシーも沢山拾って。この何の匂いもしない花が、凄く良いものに変わる魔法を見せてあげるから」
この世界には魔法はないが、それに並ぶ程の凄い技を想像しながらナンシーは「何が起こるんだろう」と胸を躍らせた。
二人が袋いっぱいに花弁を詰め込み洗い場に戻った時には、便壺の汚れはすっかり落ち切っていた。
昨日と同様、簡易コンロを作りすっかり固まっている塗装剤を熱で溶かすと、二人は汚れの落ちた便壺の内側にそれを塗っていった。
「もうなくなっちゃうよ?」
「いいのいいの、これで全部の壺に塗り終えたでしょ?次はこの鍋を別の事に使いたいのよ」
アイリーンは空になった鍋をきれいに洗い終えると「ちょっと待っててね」と言ってまたもやキッチンに向かって走って行った。
「この花で何が出来るんだろう。アイリーンって不思議な子だねぇ……」
曇った空の下、生暖かい風を受け、ぼんやりとキッチンの方向に目をやると大きめの袋を抱えたアイリーンが息を切らしながら戻ってきた。
「はぁはぁはぁ。ねえナンシー。ジグさんって素敵な人ね、私の欲しかったものを全部くれたわ」
アイリーンは嬉しそうに袋から取り出したのは、瓶に入った液体と、白い粉、多数の小瓶。
「この白いのはお塩よね?その水は何?それにその小瓶いったい何に使うの?」
ナンシーは顎に手を当てながら、それらを覗き込み首をひねった。匂いの無い花弁を瓶に詰めたとて、臭みの対策にはなり得ない。彼女は一体何をしようとしているのか……
「そう、お塩よ。この瓶に入っているのはエチレールっていう液体。ほら、コーヒーを入れる時に使うランプの」
「ああ、水みたいだけど燃えるやつね」
「そうそう、他にも色々使い道はあるのよ。これがね、隠れた力を呼び起こすのよ」
アイリーンはそう言いながら鍋いっぱいに星木犀の花弁を入れ、そこに塩を振りかけた後エチレールをトクトク入れた。
「さて、これで蓋をして二時間くらい待つと。魔法の完了よ」
へえ~と蓋をされた鍋を眺めながら、ナンシーはその場に腰を掛けた。
「どうしたの?ナンシー」
「え?二時間ここで待つんでしょ?まだ何かする事がある?」
「実はまだあるのよ。あのね、木で作られた籠とかあるでしょ?それのつぶれて捨てるようなやつが欲しいのよ、出来ればラタネンの木で作られたやつ。一緒に探してくれない?」
ナンシー頭にはてなマークが大量に浮かんだ。使える籠が欲しいのではなく、潰れて捨てる籠?アイリーンの考えは相変わらず分からない。
「使えない籠が欲しいの?」
「そう、捨てるもの。だって、使える籠をつかうと、使えなくなっちゃうもの」
アイリーンの物の言い様に益々混乱するナンシーだった。
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