10.楽しい仕事
「私にはもう敬語はいいからね」とナンシーに言われたアイリーン。
「はい」と敬語で返すアイリーンに「それ、敬語じゃん」と笑みを浮かべるナンシー。二人の距離がグッと近くなった。
「では、ツボを乾かしている間に次の知恵を作りに行くね。レッツゴーキッチンへ」
作りたての様に綺麗になった便壺を並び終えたアイリーンは、鼻息荒く一本指を立てると、林で手に入れたラムダの木の皮と白い石の入った袋を抱えキッチンに向けて指さした。
ナンシーは「ひへっ」と変な声を上げ、首を傾けた。
「え?何でキッチン?……まあいいか。アイリーンだものね」
ナンシーは両手をはの字に広げて「待ってよぉ」と彼女の後を追い駆け出した。
キッチンでは丁度コック長のジグが顎に手をやり、食材を並べている所だった。
──うーん、あいつのような目新しいものを作るとすれば……
アイリーンの卵料理に触発されたジグは、自分も何か新しいものを作りたいと考えている所だった。
そこへ突如として原動力となった人物が登場した。
「お邪魔します」
「おや?アイリーンとナンシーじゃねえか。まだ昼の準備にはまだ間があるぜ?」
特に何かを聞くわけではないが、ジグはアイリーンの顔を見ただけで嬉しくなってくる。
「ガラクタになっているすり鉢と、捨てる予定の鍋があれば欲しいの。ありますか?」
あるっちゃあ有るが、ないちゃあ無い。その辺のメイドが言って来たなら即答でジグは「無い」と答えるが、相手はあのアイリーン。何とか力になりたいと思うもの。
ジグは黙って使われていないものが仕舞ってある棚に向かうと、ゴソゴソと物色し始めた。その中から汚らしいがまだ十分使えるすり鉢と鍋を見つけ出した。
「こんなのでいいか?これなら好きに使っていいぞ」
アイリーンの顔がぱあっと明るくなる。
「有難う、コック長!」
アイリーンはキュッとジグに抱きつくと、ジグが手に持つそれらを受け取った。
年甲斐もなくジグの顔は熟れた桃の様に真っ赤になり、彼は身体の動きを止めた。
「料理長、絹糸も少しもらってもいい?」
アイリーンが小走りにキッチンに向かうと、ジグは顔を硬直させたままロボットのように頷いた。
──やばい……可愛すぎる。
必要なアイテムを手に入れた二人は、再び便壺を乾かしてある所へ向かった。なぜか戻る際に、アイリーンは道端に生えているススの草を摘んでいた。
「そんなの何に使うの?」
「刷毛にするの」
「刷毛?」
「うん」
聞いて納得するより知らない事を見ながらワクワクする方が楽しい。ナンシーは胸をときめかせながらそれ以上アイリーンに何も聞かなかった。
目的の場所に着いた時、アイリーンはナンシーに石の入った袋とすり鉢を差し出した。
「あのね、ナンシーにお願いがあるの。あの石ね、コート石って言うんだけど、すり鉢で粉々にしてほしいの」
「はいはい。何でも言ってちょうだいね」
笑みを浮かべたナンシーは袋からコート石を取り出し、すり鉢でゴリゴリ音を立てながらすり出した。
「へえ、柔らかいんだね」
コート石はみるみる粉になっていく。そしてその間アイリーンはラムダの木の皮から粘性の樹液を掻き出し鍋に放り込んでいた。
「こんな嫌な仕事でも楽しくできるもんだね」
楽しそうに作業をするアイリーンに温かな視線を向けるナンシー。自身も胸の内のワクワクが収まらない。
「出来たよ、ナンシーの擦ってくれたコート石をお鍋に入れておいてくれる?」
鍋の中には薄黄色の樹液がたらふく入っており、ナンシーは言われたと通りその中へコート石の粉を「ザラザラザラ」と流し込んだ。
「混ぜといてくれる?私、小枝を集めるから」
アイリーンは一本の棒を混ぜ用にナンシーに渡すと、そそくさと森の入口に向かった。
あっという間に小枝を抱えて戻ったアイリーンはそれを積み上げ、その周りに石を積み上げた。
「はい、簡易コンロの出来上がり」
マッチを取り出したアイリーンは小枝に火を点け、鍋をかけた。
「グツグツいうまで混ぜていてね」
ナンシーは湯気に顔をしかめながらも、木の棒でそれをゆっくり搔き混ぜた。
アイリーンは次に先程摘んだススの草の穂の部分を集めて、クルクルっと小枝と一緒に絹糸で縛りつけ、あっという間に二本の刷毛を作ってしまった。
「グツグツ言ったよ」
ナンシーが指さした鍋の中は湯気が立ち上り、ボコボコと空気が沸き上がっている。
「ありがと!」
アイリーンはすぐさまコンロにゆっくりと水を掛けて火を消した。ジュワーと蒸気が立ち上るが、水のかけ方が上手いのか、ススは散っては居ない。
「ススが入るとダメなのよ」
アイリーンはゆっくりとかき混ぜながら水面が落ち着くのを待った。
「不思議、透明になっているよ」
薄黄色かった樹液が透明になり、中に混ぜたコート石の粉が完全に溶け切っていた。
「出来た。これを壺の内側に塗るんだよ。塗装剤って言うのよ」
アイリーンがナンシーに刷毛を渡すと、彼女は「え?」と声を上げた。
「こんなに綺麗になった壺にそれを塗っちゃうの?」
「うん。これが凄いんだよ。まあ、どれだけ凄いのかは明後日まで分からないけどね」
アイリーンはナンシーに向き直り、ガッツポーズを作った。
「へえ、それは明後日が楽しみだね」
ナンシーは塗装剤を壺に塗りながら明後日の事を想像し、思わず「ウフフ」と笑っていた。
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