9.遺憾なく能力を発揮する 2
「ちょっと待ってて下さいね」
アイリーンはそう言うと、汚物洗い用のエプロンを脱ぎ捨て、足早にキッチンの方へ向かって走って行った。
ナンシーが待つことほんの五分程、アイリーンは本日朝食で出された大量のマクイの果実の皮と、ボロ布を抱えて帰ってきた。
「そんなゴミどうするの?」
立ち上がり、額の汗を拭うナンシーをアイリーンは手招きで呼び寄せ、傍にあったタライにマクイの果実の皮を詰め込んだ。
「ナンシーさん一緒に踏んでもらえますか?」
アイリーンは靴下を脱ぎ捨て、タライに入るとグチャグチャとそれを踏み出した。躊躇していたナンシーも彼女に手を引かれ、渋々タライに足を踏み入れる。
「あら、冷たくて気持ちがいい」
足を動かす毎に甘酸っぱい香りがふわりと立ち上り、自然とナンシーの頬を緩ませる。
──でもこれがどうなって楽に繋がるのかしら?
ナンシーは小首をかしげて、何度も視線を往復させながら足踏みを続けた。
タライの中の皮がつぶれ残っていた果汁が水たまりのようになった時、アイリーンはタライから出てそれをボロ布に吸わせた。
「さあ、ナンシーさんもお願いします」
ナンシーも相変わらず小首を傾げたまま、言われるがままボロ布を手に取りタライに入れた。
「それを便壺に貼り付けるのです」
アイリーンは濡れたボロ布を持ち上げ、黄ばみの付いた便壺に貼り付けた。
「ほら、ナンシーさんも」
「う、うん」
その様子を呆然と眺めていたナンシーも、彼女に促され作業を進めていく。そして一通り貼り付けが終わると「これで良しと」と言って、アイリーンは立ち上がった。
「じゃあ、次に行きます」
「え?これは?」
ナンシーは不思議そうに便壺を指さした。
「それはそのままでいいのです」
アイリーンはそう言うと大きな袋を持って裏の林の方へ向かって歩いて行った。
「え?え?ちょっと待ってよ」
ナンシーは意味も解らずアイリーンを追いかけた。
◇ ◇ ◇
心地よい風が木々の間を駆け抜け、所々に光る木漏れ日が葉の夏の新緑を引き立たせる。アイリーンが目的とするのは大きな葉を持ち、幹の太いラムダの木。割とどこの林にも存在する。
「あ、あったあった」
アイリーンは丁度、固まって何本も生えているその木を指さした。
木に近寄った彼女はめくれ上がった木の皮を「パリパリ」と手で剥がすと、それをナンシーに見せた。皮の裏には樹液がたっぷりと付いてる。
「なんだかねばねばしてるよ」
ナンシーがほんの少し眉を顰めながらアイリーンの顔を見つめる。
「ふふふ。この木の皮が良い仕事をしてくれるのですよ」
アイリーンはナンシーに微笑みかけて、一緒に集めてと袋を差し出した。
ナンシーの方も戸惑いながらも『アイリーンの事だからきっと意味がある事なのだろうと』黙って木の皮に手をかけた。
「バリバリバリ」音の割に取り立てて力を使う事もなく、簡単に剝がせて別段変な匂いもしない。
「便壺洗いよりよっぽど楽ね」
ナンシーがアイリーンに微笑みかけると、彼女も嬉しそうに頷いた。
「これくらい集まれば十分だわ」
おおかた木の皮で満タンになった袋を持ち上げ、アイリーンは満足げに微笑んだ。そして彼女は「さあ、次に行きます」と言って森を抜けた岩場に足を向けた。
岩場につくとアイリーンは地面をキョロキョロと見渡し、真っ白い石を拾い上げた。
「ねえナンシーさん、次はこの石を集めたいのです」
「いろいろ考えても仕方がないね。だってアイリーンが何をしたいのか想像できないんだもの」
苦笑したナンシーは丁度足元にあった白い石を拾い上げ、袋に仕舞った。
「出来るだけ白っぽいモノをお願いします」
二人は多くの石を掻き分け、出来るだけ白い石を頑張って集めた。
アヒルの卵くらいの大きさの石が十個ほど集まると「たくさん見つかって良かった」と言ってアイリーンは屋敷の方へ向かって急いで歩き出した。
「もういいの?」
「はい、有難うございます」
ナンシーが「次は何処に行くんだろう?」と思っていると、アイリーンは先程、便壺を並べた所で足を止め、一つの便壺を手に取ると、張り付けたボロ布を剥がしたあと、水で洗い流した。
「わあ、汚れが全部落ちている」
ナンシーは思いっきり背筋をのばし、感嘆の声を上げた。
「えへへ、凄いでしょ。マクイの汁って汚れを溶かす作用を持っているのですよ」
アイリーンはナンシーに母から教わった知識を披露した。マクイの匂いが、母の面影を浮かび上がらせる。
ナンシーは「アイリーンのお母さんって凄いんだね」と瞳を輝かせたが、アイリーンは少し顔を俯ける。
アイリーンは亡き母を思い出し、暗い気持ちになったのだ。
「どうしたの?」
ナンシーが心配そうに尋ねるとアイリーンは作り笑いを浮かべた。
「お母さん、もういないんです。でもね、そうやって褒めてもらえると嬉しい……」
二人の言葉が詰まった。
二人が黙って全ての便壺を洗い終えると、アイリーンが重そうに口を開いた。
「暗い気持ちにさせてごめんなさい。でも、ナンシーさんのお陰でお母さんを思い出せて嬉しいです。実は次もお母さんの知恵なんですよ」
ナンシーは僅かに目を潤ませながらアイリーンの肩に手を添えた。
「うん。素晴らしい知恵、楽しみしてる」
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