自死の刑
宮廷魔術師のバンピールは第三王子のマイケルの所に駆け付けた。
「殿下、とうとう作りましたよ。失われた記憶を回復する特効薬を」
「本当か?」
「もちろん、辺境の痛み止め薬の副作用で曖昧になった記憶も、落馬のショックで一時的な記憶喪失になったものも全て回復できます。ただ若干欠けている部分の記憶を脳が勝手に編集することもあるので、100%正確ではありませんが」
言われた通りマイケル王子はベッドに横たわりバンピールの持参した薬を服用した。
やがて眠りにつき夢をみた。
その夢は非常にリアルで、まさにそれが失われた記憶の部分だというのがナルシーの言なのだ。
マイケル王子は夢を見ていた。その内容は辺境で失われた記憶そのものだった。
辺境伯領の視察をしているとき、一時休憩でキャンプのテントを張った場所がナウリー子爵領のすぐ近くだったのだ。
そこには『ゲニア探索記』に出て来る大森林の入り口がある筈で、矢も楯もたまらず従者ピートの服と剣を拝借して馬に乗って子爵領に入り込んだのだ。
確かゲニア探索記ではナウリー子爵領から大森林の入り口に入ったというのでその通りにしてみたかったのだ。
道に迷っていたところ、木に登っていた少年に尋ねたらここがもう大森林だという。
そこでへんてこな問答をして、結局厳密に言うと切り株の向こうの赤いテープを巻いている木の所からゲニア大森林だと教えられた。
そして入り口で最初の記念すべき第一歩を踏み出そうと深呼吸しながら感動を噛みしめているときに「どこから来たんですかぁ?」と気の抜けた問いかけがあったが無視して一気に中に向かって駆けた。
「ちょっとぉーーー」と呼び止める声がしたが、無視である。
そして途中で「きあああああ」という甲高い声がしたと思ったら女の顔をした鳥の化け物が飛び掛かって来たのだ。
馬が驚いて後ろ足立ちになり、自分は放り出されて地面に激突した。
揺り起こしたのはさっきの少年だ。そこで自分は「私はだれだ?」「ここはどこだ?」
と言ってからまた気を失う。
男と少年の声が聞こえる。
「この子他人の服を着て来たみたいだ。剣も使い込んでいるのに、この子の手は剣ダコもない綺麗な手だよ。
きっと育ちが良い貴族の子がお忍びでやって来たってとこ?」
「お嬢、これを見てみろ。荷物の中にあった」
男が少年をお嬢と言っているのは、やはりこの子が『男装の君』だったのか?
顔が見えない。声だけだ。だがこの声は?
「ゲニア探索記か?これ王都の方で読まれている小説だね。でも実際に来たことない人間が想像で書いているんだよ。最初はスライムで次は角兎という風に弱いモンスターから順番に出て来てそれを討伐して主人公は強くなって行くんだね。そんなご都合主義な大森林なんてないよ」
「表紙の裏を見てみな、お嬢」
「げげげ、王室図書館の印鑑が押してあるよ」
「大臣か王族でなきゃ閲覧できないところだ。ましてこのように持ち出しできるのは」
「お…王子様ってこと?」
「もしここで怪我をしたり死んだってことになったらえらいことになるぞ」
「もしかしてトロット村のみんなも連帯責任?」
「だんだん呼吸が弱くなって来たようだ。なんんとかしなくちゃな」
「どうしようどうしよう?」
「息が止まったみたいだぞ。息を吹き込めば生き返るって聞いたことがある。おれがやろうか?」
「駄目だよ、私がやるよ」
そして少年、いや『男装の君』が自分の口に口を当てて息を吹き込む。少しは息をするがまた止まってしまう。
「そうだ、これをかければ」
彼女が自分の首に何かをかける。ネックレスか?
すると体中に力が湧いて元気になって来る。なにかの魔道具?
その後で彼女はまた唇を押し付け息を吹き込んで来た。何故かなまめかしい感じだ。
「息を吹き返したよ。大丈夫だよ」
「それじゃあ、体に熱が戻ればぶつけたところが痛み出すはずだ。お嬢は湿布薬を作ってくれ」
「わかった。布はシャツを破いて作るよ」
なにかモゾモゾと服を脱ぐ音が聞こえて、ビリビリ塗んを裂く音も。
そして何かをクチャクチャ噛む音を立てながら少年は男に話しかける。
「ねえ、何作ってんの、ラルク?」
「痛み止めだよ」
「あっ、じゃあ」
「そうだ。この辺じゃこの薬草しかないからな。言い訳はできるだろう」
「それにわたしらのことも忘れてくれた方が都合が良いものね」
「よし今のうちに体を調べておけ。王族の体はやたら肌を見たり触っただけで打ち首になるんだからな」
「わかった。えーと」
自分の体が調べられたり触られたりしている。
「場所は確認したよ。左わき腹とその背中側。あと後頭部だよ。傷はないけど、内出血だね」
「その後はまず起きてからだ。それから絶対名乗っちゃ駄目だぞ。名を聞かれて言わないのは不敬になるからそういう余裕を与えたら駄目だ、良いな、お嬢?」
そして目が覚めたときにマイケルは記憶の中の『男装の君』の顔を見た。
「大丈夫ですか? どこか痛い所はありますか?」
それを言った少女は……サリー・トロットだった。
あの山猫娘のサリー・トロットだ。
僕に唇をつけて息を吹き込んだのはサリー・トロットで、彼女こそ『男装の君』で、きっと僕の又従姉妹で……いけない! 彼女は彼女は!
「目が覚めたのかい、殿下?」
なんともう明け方で、バンピールはずっとそばで仮眠をとりながら見守っていてくれたという。
「いや、『男装の君』が誰なのか早く結果を知りたくてね」
「サリー・トロットだった。彼女は今朝毒杯を飲まされることになっている!」
「そ……そうか。聞いたところによると刑の執行は割と早めに行うらしい」
「それじゃあ、間に合わないかも」
「いくらなんでもまだ未明だ。そうだ! 錬金術部に行って毒杯の解毒ポーションを貰って来るから先に行っててくれ。すぐに追いつく。刑の執行を止めることができるのは王族である殿下しかいない」
「わかった! 場所は地下牢の筈だ」
マイケル王子は自分の目を疑った。
間に合わなかったのだ。 既に二人は心の臓が止まっていて息をしていなかった。
そばには空になった毒杯の器が転がっていた。
「殿下、自死の刑は私が見届けました。二人ともご立派な態度でした」
刑の執行官という役人がマイケル王子に言った。
「最後に何か言葉を遺していなかったか?」
「はい、アンナ嬢は『狙ったのは退学だけでしたけど、やり過ぎたようですね』と」
「そしてサリー・トロット嬢は?」
「サリー嬢はおどけた調子で『常在戦場、勝敗は時の采配、誰をも恨んでいません』と舌を出して言いました」
「随分、刑の執行が早かったようだが」
「上からの指示で夜明けとともに執行するようにと」
「上とは?」
「それ以上は私にも分かりかねます」
「この遺体はどうするのだ」
「遺族が引き取りに来る前にこちらの方で遺体が傷まないように保管庫で保存しておきます」
「…………そうか」
マイケル王子は冷え冷えとした保管庫の台の上に横たわる死体の前で泣きぬれていた。
「ああ、僕が君たちの無罪を証明していたら。君が僕の命の恩人でしかも遠縁の又従姉妹だと知っていたら、死なすことはなかったのに。僕はこの審判を覆すこともできたのに。申し訳ない。ああ、僕は君たちの後を追って死んでしまいたいくらいだ」
「そこまでする必要はないですぜ、王子様」
背後を振りかえると見覚えのある男が立っていた。
そうだ。失われた記憶の中でラルクと呼ばれていた男だ。
「お前はラルクと呼ばれていた……サリー嬢の護衛の……」
「ほう……記憶が戻っていたようですな。いかにも。今日は両家の代理で遺体を引き取りに来ました」
そして遺体引き取りの許可書を広げて見せた。
「おい、運ぶんだ。そっと傷つけないようにな」
すると数人の男たちが入って来て、そっと二人の遺体を抱きかかえて運んで行った。
もう少し後になるかと思ったら随分引き取りに来るのが早かったなと、マイケルは驚いた。
「ラルクとやら、少し聞きたいことがある」
「へい、なんでございましょう? 殿下」
「お前とサリー嬢は僕の命の恩人で間違いないな」
「……記憶が戻ってしまったのなら、隠しようがありませんな。確かにそういうことになりますな。
そうそう。お嬢に返していなかった護身のペンダント、まだお持ちでしょうか?」
言われてマイケルは肌身離さずつけていたペンダントを首から外しラルクに手渡す。
「これは確か僕の大叔母のシャルロッテ様のものだった筈だが」
「へえ、その通りで」
「だが子爵領にはシャルロッテの名を持つご婦人は過去にも現在にもいなかった筈」
「恐らく現在の子爵領の領民名簿をお調べになったと思いますが、今はトロット村はトロット騎士爵領なので子爵領に含まれていないのですぜ」
「だがトロット村は子爵領に含まれるはずだが」
「それは古い資料で、新しい資料は王室に届けている筈ですがまだ書き直されていないのでしょうな、きっと」
「お前はシャルロッテ様を知っているのか?」
「へい、孤児だったあっしを引き取って鍛えて頂いたので、あっしの恩人で師匠に当たる人です。
死ぬときにあっしにお嬢を守ってくれと頼まれまして。王都に来てからも陰ながら見守っていました」
「そうだったか……。その使命を貫かせることができなかったのは僕のせいでもある。申し訳なかった」
「お気になさってはいけません。王子殿下様、お嬢はあなた様を恨んではいない筈です」
「どうしてそのことを? 彼女の最後にたちあってもいないのに?」
「ふふふふ。なんとなくわかるのでさ。お嬢とは付き合いが長いもんでね」
「そうか。手厚く弔ってあげてくれ」
「へいその通りに遺族にも本人にも伝えておきます」
ラルクが立ち去った後、バンピールが解毒剤を持って駆け付けて来たが時は既に遅かった。
バンピールはその解毒剤を床に零した。
「多分、間に合わないだろうから、そのときはこの解毒剤を捨ててくれと言っていた」
「役に立たない解毒剤……まるで僕自身のようじゃないか。笑ってくれ、バンピール。いっそ僕自身も床に捨ててしまいたい思いだよ」
そう言って泣き崩れる。
バンピールが王子に手を引いて門の上に連れて行き、そこから外を指さした。
遠ざかる粗末な馬車が小さく見えた。
「せめてここから見送ってやろうよ、殿下。殿下の命を救ってくれ自ら死んでいった者たちを」
「いうなっ!この後、僕はあの理不尽な判決を覆すように働きかける」
だが何を言ったところで、サリー・トロットと子爵令嬢のアンナ・ナウリーがこの世にもどってくることはなかったのだ。
完
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