剣術の授業でのこと
王立学園には最初の2年は専門科はなく3年目から専門科に入る。
専門科には薬学科、魔法科、文官科、騎士科、魔道具科、錬金術科、家政科、礼法科がある。
その専門科に進むための素養を試す意味でも最初の二年間は総てを経験できるようなカリキュラムを組んであるのだ。
もっともそれは最低一単位ほど受ければノルマは果たされる。
それ以外は自分に向いた科目を多めにとっておき,専門科に進む為の下準備にするのが普通である。
アンナ・ナウリーは入学案内書を見ながらサリーに言った。
「要するに最低の一単位ずつ取れば良いのよ」
「でもそれに合格しなかったらどうするんですか?」
「例えば魔法科の一単位がとれなくても、薬学の単位を二個取っていればそのうちの一つを代わりにできるの」
「それじゃあ、最初から魔法科の授業を受けなければ良いのでは?」
「それは駄目みたい。必ず一度は経験することに決められているから」
「落ちるのがわかってても受けなければいけないってことですね?」
「例えば貴族のお嬢様も一度は騎士科に入って剣の基本とか騎士の作法を覚えなければいけないってこと」
「自分の騎士を持った時に備えてですか?」
「それだけじゃなく、敵に襲われた時に無抵抗じゃ貴族として情けないからよ」
「一単位を受けただけで、貴族として誇り高く戦えるかどうかというと疑問ですね」
「まあ、騎士科の授業は騎士作法と剣術は別になるけれどね」
「薬学科って、わざわざ私たちが習う必要ってあるのですか?」
「初歩の授業なら必要ないでしょうね。でもまあ、薬学の専門書が読めるなら、色々学ぶこともあるかもしれないけれどね」
「騎士科の剣術って面倒そうですね」
「そうね、王国騎士の剣術の基本は教えてくれるかもしれないけれど、私たちの実戦の剣術は品がなくて型がないも同然だから単位が取れないかもよ」
「急に直せって言われても、体で覚えたものは難しいですよね」
「恐らく、言われる筈よ。私たちの剣術は傭兵か冒険者、ひどい時は盗賊の剣だってね。覚悟はしててね」
「アンナ様は誤魔化せるかもしれないけれど、私は頭で考える前に体が動いているからどうなるか」
「そうね。なるべく急所狙いだけはしないでね」
「あれは狙いが外れただけで、狙った訳では」
「うふふ、あなた二つ名がついてしまったからね」
「うわああ、やめてくださいよ」
その後でアンナ様は真剣な顔になった。
「サリー、ことによると案外早く私たちの目標が達成されるかもしれないわね」
「えっ、それはどういう?」
「試験受付の時と、入学式のときに私たちが騒ぎを起こしたでしょう? それでこういうことがもう少し重なれば、自主退学の形でここをやめることができるかもしれないじゃない?」
「ああ、なる……でも、それで良いんですか?」
「学園側から言い渡されるよりも、こっちの方でご迷惑をこれ以上おかけしたくないので…という形を取った方が聞こえは良いんじゃない? 辺境と王都での文化の違いで色々行き違いがあったってことになるから」
「ぶ……文化の違い……ですか?」
「そうよ、環境と文化の違いよ」
ところが授業が始まると早速文化の違いによるトラブルが起きた。
それは剣術の実技の時間だった。
剣術は多くの生徒が受講するので、学級別ではなく、能力別に振り分けられる。
辺境出身の者は日常的に剣を使っているという自己申告から上級者クラスに編成されたのだ。
王都の貴族で上級者クラスというと、幼い時から家庭教師について剣術を習っていたり、剣術の道場に通っていたり、または上級者の親から直接指導を受けたりしている者が殆どで、一部の者を除いては専門科は騎士科に進むと決めている者ばかりである。
または騎士への道に進まなくても、上級貴族や王族の中には素養として剣術を研鑽している者もいる。マイケル王子もその一人である。
そしてそういう彼らが身に付けている剣術は『王国騎士剣』という対人専門のしかも騎士同士の礼儀正しい剣術の流派なのだ。
一方辺境の貴族の子弟の剣術は対人の剣は密入国者や盗賊や敵国人に対する剣であり、相手を無力化もしくは殺し自分は生き延びることをモットーとしている、なんでもあれの剣であり、それ以外は魔物や魔獣に対する剣で、いかに弱点を攻めて、急所を撃ち、止めを刺すかという剣術なのだ。そこには騎士道とか礼儀作法とかはないのだ。
子爵令嬢のアンナはその違いをある程度理解し、いちおう騎士の剣は一通りはできるが、本気になったときは辺境の剣になってしまう。
だから猫を被っていれば実力は出し切れず、騎士爵の子弟たちに良いようにあしらわれてしまう。
だがサリーにそれを求めるのはどだい無理な話なのだ。
彼女はただの村娘で、日常的にラルクという護衛兼師匠について剣を振るっていたが、騎士の剣など習ったことはない。
ゴブリンを見れば向こうが反応する前に斬り殺していたし、盗賊や密入国者などは向こうが気づく前に何人斬り殺すかという素早い判断の作業なのだ。
作業に礼儀や作法もあったものではないのだ。
だから授業で『寸止め』とか言われても、何のことかは分かっても頭で理解する前に体が動いてしまうのだ。
それでも最初はサリーは驚いた。男女関係なく組み合わされる訳だが、騎士爵の子弟がどんどん申しこんで来る。そしてその剣の洗練された動きに舌を巻いて防戦一方になるのだが……。
なんだ、これって。隙だからけだよね。特に足元が。サリーはそれから猛反撃を開始した。
前半防御に徹して、相手の攻撃の型を覚えてしまうと今度は避けながら脛に一撃を入れる。
「ぎゃぁぁぁああ」
その後軽く頭頂をコンと叩く。寸止めの積りだがどうしても叩いてしまう。
次の人間は前に出た足の先を踏んづける。
動けなくなってバランスを崩した相手に一撃を入れる。
上背があって手足の長い相手には剣を受けながら滑らせて懐に入り込み肘を鳩尾に打ち込む。
剣を受ける振りをして、通り過ぎ背後から背中を切りつける。
いきなり剣を投げつけて、相手がそれに対応しようと構えを崩したところに飛び込んで頭突きを腹に入れる。
大上段に振り下ろした剣を上から踏んづけて地面に落とさせてから、打ち据える。
途中から王子のとりまきの上級貴族の息子たちもやって来たが、サリーは遠慮しなかった。
これが木剣でなかったら、何人殺したか分からないほど切り続けた。
相手は力のある男なのでまともに剣を合わせたら弾き飛ばされる。
剣がぶつかった瞬間に力を抜き、滑らせて回転し剣を持つ手を打つ。
「あいたっ」
手の甲を撃たれれば剣を落としてしまう。
相手が縦に剣を振っても真横に振っても、振り切った時に隙ができる。
だから剣の力を抜いて滑らせ回転し、振り切った反対側を撃つのだ。
辺境の者なら、すぐにも対応して防ぐのだが、王都の生徒は面白いようにひっかかる。
「僕が相手をする」
軒並み倒されている上級貴族の息子たちのていたらくを見て、マイケル王子が前に出て来た。
「本当に見栄も外聞も気にしない蛮族の剣だね。今までのやり方は僕には通用しないよ」
そう言ったマイケル王子の剣は確かに今までの者とは数段上の腕だった。
まともにやっていたら必ず負けるだろう。
まともでなければ勝てるが、それは王子様にはしてはいけない。
だとすれば、上手に負けなければいけない。
勝ってしまえば不敬になる。
サリーは慎重に剣を構えた。
王子の剣の構えには隙がない。
長い沈黙の後サリーが動いた。
二・三号打ち合った。少し押され気味になる。これが絶好のチャンスだ。
パシーン!と剣を打ち込んで来た時、力を抜かずに受けて剣を弾き飛ばされる。
「参った!」
すかさず言った時サリーの体はバランスを崩して斜めになっていた。
「まだだっ!」
「えっ?」
自分のとりまきが散々打ち据えられていたのが頭にあったのか、王子が追撃しようとしたのだ。
サリーはとっさに王子の軸足に足裏を当てて横に飛んだ。
ちょうど横跳びするにも足場になるものが他になかったからだ。
その後を追うように横薙ぎの剣が空を切ったが、サリーは地面を転がっていったものの、打撃は受けなかった。
「参りました、殿下!!」
もう追撃はなしだというばかりにサリーは再び声をあげた。
「おのれ、まだ勝負はーー」
そう言って一歩前に出た途端、王子は膝をガクンと折って地面に崩れた。
すぐに医師が来て現場で調べたが、膝関節が内側に外れてずれているとのこと。
「無理に動かすと関節の軟骨組織が潰れてしまうので、整復して正しい位置に戻してから安静にしてると一日ほどで治っている筈」
医師の診断では大過なかった。
サリーは地べたに伏せて言った。
「殿下、申し訳ありません。決してわざとではなく、咄嗟に逃げた結果そうなってしまって」
「良いっ、降参したのに追撃しようとした私が悪かったのだから」
だがサリーは今度こそ問題が起きたと早速アンナに相談した。
アンナはサリーと共に学長室に直行し、サリーの不始末は自分の不始末でもあると訴え、自主退学を申し出た。
この件だけでなく、入学試験受付時の不祥事、入学式での暴力事件と合わせて、これ以上学園に迷惑をかけることはできないと強調して、自ら学生寮の部屋に謹慎して裁可を待つと申し出た。
学園長もその場で結論は出さず、ダニエル王子及びマイケル王子の意見を聞いてからということになった。




