表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この遺跡ダンジョンはミミックで溢れている〜Sランク斥候はミミックの真の価値を知っている〜

作者: 夢幻の翼

ダンジョンの宝箱には夢がある。だが現実はミミックばかりだ。

 ここはナンイード国にあるダンジョンのうちのひとつ、ワナガー遺跡。この遺跡は他の遺跡ダンジョンに比べて宝箱が発見される率が格段に多いというものだったがしかし……。


「くそっ! コイツもミミックかよ!」


 そう文句を言われている俺は遺跡から一番近い街を拠点にフリーの冒険者をしていた。職種は『斥候(スカウト)』でランクはSだ。今はギルドを通した依頼の途中で後ろで怒鳴っている2人は今回の依頼者だ。


「こんな低階層に本物の宝箱はそうあるものでは無いですよ。まあ10個調べて1つ本物があれば上出来じゃないですか?」


 口の悪い依頼者に当たってしまったなと思いながらも依頼なので程々に相手をしてやっているのだが。


「さっさと本物を見つけないと報酬は払えないぜ?」


 依頼者の片割れのガンスがそんな事を言うのを聞いて俺は貼り付けた笑顔を引きつらせながら軽く殺気を交えてそれに答える。


「今回の依頼内容は二人をダンジョンの5階層のボス部屋まで連れて行くことだったと思いましたが違いましたか? それに途中の宝箱については偶々見つけたから確認をしただけで今回の依頼には必須ではないと思うのですが?」


 報酬はギルドへ預託金として前もって預けてあるので支払いを拒否することは出来ないがあまりの横柄さに少々不機嫌になり圧をかけてしまい、それを受けてふたりは冷や汗をかいて弁解をする。


「じ、冗談だからそう怒らないでくれよな。預託金は前払いで預けてあるんだから未払いが無い事は分かっているだろ?」


「でしたら余計なことは考えずボスを倒すことだけに集中して欲しいものですね」


「お、おう。わかってるよ」


 俺はその返事を聞くとため息をついてからふたりを連れて目的地である5階層のボス部屋の前まて送り届けた。


「この中にボスが居ますので気を引き締めて行かれてください。最悪でも死亡さえしなければ再度挑戦できますから無理と思ったら撤退をしてください」


 俺はふたりの肩をポンポンと叩いてそう告げる。


「なんだよ、手伝ってはくれねぇのかよ!?」


「今回の依頼は5階層のボス部屋前までの案内でしたのでそれは無理な相談です。それに自分が介入して倒したとなるとふたりだけの討伐実績とはならないので今後の探索許可に影響が出ますが良いのですか?」


 俺は最初から依頼された内容はきっちり守るが依頼者の都合で急に変更とされたものは基本的には受け付けていない。ただし依頼者の生命に直結する事案になった時はその都度判断して動くようにはしているが……。


「ちっ。報酬額がぼったくりのくせに融通のきかない奴め」


 俺が討伐に協力をするつもりが無い旨を伝えるとガンスはそう悪態をついてボス部屋へと足を向けた。


(そう思うならば初めからそう依頼を出せば良かっただけなんだがな。もっともふたりで倒さなければふたりの実績にはならないんだが……)


 俺はそう思いながら彼らの後ろについて行った。


 部屋に入ると扉が勝手に閉まり奥から大きな熊が現れる。この階層のボスであるグレートベアである。


「出やがったな。うらっ!」


 グレートベアがまだ臨戦態勢をとっていないのを見てガンスは大剣を大きく振り降ろして前足を斬りつける。


「グオー」


 ガンスの斬撃を受けて斬り落とされはしていないがざっくりと前足を斬られてベアーは怒りをあらわにしてその場に立ち上がる。


 その隙にガンスの片割れであるザンスは槍をグレートベアの右後ろから鋭く突き出し確実にダメージを与えていく。


(ふうん。このふたり、口は悪いが腕はそこそこやれるみたいだ。この調子ならば俺が手を出さなくても何とか倒せるかもしれないな)


 少し離れた場所でガンスたちとボスとの戦闘を見ていた俺は無事に仕事が終わりそうで安心していた。


「はん! 5階層のボスってのはこの程度か! たいしたことねぇな!」


 順調にダメージを与えられている状況にガンスが余裕を見せる。


「そろそろトドメだ!」


 ガンスはそう叫んで馬鹿正直にグレートベアの眼前に飛び込んで剣を振り降ろす。


「もらった!」


 勝ちを確信したガンスだったが、仮にもボスと呼ばれる獣がその程度な筈もなくその巨体を急に屈め前へと突進して来たのだ。


「な、なんだとぉ!?」


 空中に跳び上がっていたガンスはその体当たりを避ける術も無くまともにくらってその身体がさらに高く舞い上がった。


「ガンス!!」


 反対側に居たザンスは反射的にガンスの名を呼ぶが何も出来ることは無く彼が地面に叩きつけられるのをただ見るしか無かった。


「――だから油断するなって言ったのに」


 跳ね飛ばされたガンスが落ちる場所を予測して俺が素早く走ると手負いのグレートベアはそれに反応してこちらへと方向転換をした。


(うへぇ。こっちは戦うつもりはゼロなのに向こうさんは殺る気まんまんだなぁ。とりあえずあんなのでも依頼者だからな死んでしまうと少々困るんだよ)


 俺はガンスが落ちてくるタイミングにあわせて風魔法を展開する。


「風の網」


 ガンスが地面に叩きつけられる直前に下から一瞬だけ強風がふき彼の身体を持ち上げて落下速度が急激に緩んだ。


 ――ふわり


 驚くことに高く跳ね飛ばされたガンスの身体はほとんど落下スピードがゼロの状態で地面に接地した。


(傷は跳ね飛ばされた時の打ち身だな。命に別状はないが暫くは戦闘は無理だろう。今回のボス討伐は失敗だな)


 俺はそう判断するとザンスに向かって叫んだ。


「今回は諦めて撤退しますよ。このまま戦っていてはふたりとも帰れなくなる可能性が高いですからね。コイツは自分が背負って行きますからあなたはボスの動きを牽制しながら入口へと向かってください!」


「なっ!? 本当に討伐を手伝わないのかよ!! 介入するって言っただろう!」


「ええ、ですから撤退のお手伝いをしているではないですか。それともあなたはここで死にたいのですか? 自殺願望があるならば止めはしませんがこちらは連れて帰りますよ」


 俺はザンスの返事を待たずにさっさとガンスを背負って入口へと走る。斥候のスキルで負傷者を抱えても普段通りに走れるものがありとても重宝しているものだ。


「ま、待ってくれ〜」


 後ろから悲鳴に似た情けない声をあげながらザンスも必死について来るのが視界の隅に見えた。


 ――バタン


 ボス部屋へと繋がる扉を抜けるとすぐさまその重い扉を閉める。ボスはその部屋から他には出ることが出来ないらしく撤退するときはとにかく部屋から出て扉を閉めれば直前の危機からは脱することが出来るのだった。


「どうでしたか? 初めてボスと戦った感想は?」


 周りの気配を確認してすぐに戦闘にならないことを確認した俺はひいひい言っているザンスにそう聞く。


「と、途中までは順調だったんだ。ガンスの剣は確実に奴にダメージを与えていたし、俺の槍もそれなりに刺さっていた。どうして急にあんなことになったのか?」


「油断と連携不足ですね。それと経験が圧倒的に足りていませんね」


 俺はそう言うと再びカエンを背負うと遺跡の入口へ向かってゆっくりと歩き出した。


「よう、どうだった?」


 ギルドに帰った俺はその足でまず冒険者ギルドへと向かう。


 ドサッ――。


 気絶をしているカエンをソファに降ろしてからギルドマスターに報告をする。相方のザンスには街の治癒士を呼びに行かせてあるのでこの場には不在だ。


「――ご覧の通りさ。命に別状は無いがまだまだ実力が足りてない。5階層のボスを倒すにはもう二人程度、できれば斥候と魔術師をメンバーにした方が良いだろう」


「相変わらず厳しい評価だな。まあ実力が足りないのに下層に行きたがる奴が多いのも事実だから仕方ない。なんといっても下層になると宝箱の出現率が跳ね上がるからな」


「だからと言って俺にガイドを押し付けるのはやめてもらえないか? 実力の足りない奴ほど仕事に文句をいう奴が多いんだよ」


「まあ、そう言うな。コイツらはお前がランクSの斥候(スカウト)とは知らないんだからな。それに、周りに対して黙っていてくれと言ってきたのはお前の方だろ? ガナッシュ」


 ギルドマスターのアモンドはそう言って俺に笑いかける。


「まあ、そうなんだがな。日頃は個人的に一人で下層に潜っているからな。だが、時々はギルドの依頼も受けないとペナルティを課すとか職権乱用じゃないのか?」


 俺がそう言った時、ギルドのドアが開きザンスが治癒士を連れて来た。


「ああ、すみませんね。またうちの冒険者が無理を言いまして」


 ギルドマスターが治癒士に対してそう言うと「いつもの事ですので」と答えてガンスに治癒魔法をかけてくれた。


「――これで大丈夫でしょう。それ程の大怪我では無かったようですので一日休めば動けるようにはなりますが無理は禁物にてお願いします」


 治癒士はそう言って軽く頭を下げてから帰って行く。


「ほれ、さっさと隣の宿へ運んでやらないか。それと明日で良いから今日の報告とこれからの話があるから顔をだすようにな」


 アモンドにそう言われたザンスは頷くと目を覚ましたガンスを宿へと連れてギルドを出て行った。


 ――がらがらん。


 その直後、乱暴に開かれたギルドのドアから慌てた様子の冒険者がギルドへ飛び込んで来る。


「ギルマス助けてくれ! アリアが喰われたんだ!」


「バラン! 何階層(どこで)だ!?」


 アモンドは飛び込んで来た冒険者に詳細を求める。


「下層の7階層の行き止まりでアリアが宝箱の解錠に失敗した瞬間に喰われたんだ。助けようとしたが直後に魔獣に囲まれて退避するので精一杯だった。すまねぇ!」


 バランが言っていたのは呪いの宝箱の事で奴に喰われた者は宝箱の魔物『ミミック』となる。この遺跡の下層(6階層より下)で見つかる宝箱の大半が呪いの宝箱か既に喰われたミミックなのだが稀に激レアな装備品や大量の宝石、貴重な鉱石が見つかるとの事で危険を承知で探す冒険者が急増しているのだ。


「よりによって7階層か。あの馬鹿、無茶しやがって……」


 こういった事はよくあることだ。実力不足の冒険者がリスクを承知で一攫千金を狙ってのことだが当然ながらその大半が今回のような事になる。


「それでどうするんだ? 遺品の回収でもするつもりか?」


 その冒険者に面識の無い俺は通常の依頼と同じ目線でアモンドの言葉を待つ。

 

「そうだ……と言いたいが今回はそれよりも難易度が高い救助依頼を要請したい」


「は? そいつは本気で言っているのか? 呪いの宝箱に喰われた人間は3時間以内に助け出さないとミミックになるのは知っているだろ?」


 俺の言葉に苦悶の表情を見せたアモンドは冒険者に問いかける。


「バラン。アリアが喰われてからどのくらい経った?」


「――正確には分からないが2時間くらいだと思う」


「そうか……。かなり厳しい状況なのは承知の上だが引き受けてくれないか?」


 アモンドの言葉に俺は救助は無理だと判断して断ろうとする。


「第7階層まで降りるとなると普通の進み方だと1時間では難しい場所だぞ。そいつは無理……」


「――無理は承知で頼むが最悪の時は遺品の回収だけでもいい」


「理由があるんだな?」


「……アリアは俺の姪なんだよ」


「なんだって? アンタの姪が冒険者をしているなんて今まで聞いた事なかったぞ」


「当然だ。言ったことが無いのだからな。……身内の事を優先させるのはギルドを預かる者としては失格だがそこを曲げて頼む」


「アモンドは苦悶の表情をしながらそう話す」


「おい。他のメンバーはどうした? まさか二人だけで7階層まで潜っていたわけじゃないだろう?」


 俺はこの場に一人しか居ない事に不安を募らせ彼にそう聞く。


「俺たちは5人パーティーで進んでいたんだがアリアが喰われた直後の魔獣の襲撃でバラバラに分断され各自必死に出口を目指したんだ。その後3人は怪我はしていたが何とか帰り着いていた。だが思ったよりも怪我の状態が良くなくて今は治癒士の治療を受けてる」


(ならば救助対象は彼女ひとりだけか。それなら急げば間に合うか?)


 そう思った俺は直ぐに行動にうつした。


「バランとか言ったな。あんたはまだ動けるのか?」


「あ、ああ。俺は軽症だから動けはするが後衛職だからあまり戦力にはならないかもしれないぞ」


「それは構わない。彼女が喰われた場所までの案内があれば十分だ」


「案内だけならば喜んで協力をさせてもらうよ」


「ならば直ぐに出るぞ。この薬を飲んでおけ。少なくとも走って俺についてこれる程度にはなるはずだ」


 俺は懐から薬の入った瓶を取り出してバランに渡す。


「すまない。戻って来たらこの礼は最大限に返させてもらうつもりだ。アリアを宜しく頼む」


 アモンドが深々と頭を下げて俺に依頼をする。


「……身内が心配だろうが出来る限りの事はしてくるさ。よし、行くぞバラン」


「はい!」


 こうして俺は案内役のバランを連れてダンジョンの7階層へと向かった。


「時間がないから最短ルートで進むぞ。死ぬ気でついてこい!」


 俺は後ろから必死の形相で走るバランにそう言って上層のダンジョンを駆け抜ける。


 途中で何度か敵と遭遇したが相手を斥候のスキルで先制攻撃をかけ、全て一撃で沈めて進んだ。


「そう言えばバランは後衛職だと言っていたな? 魔術師なのか?」


 どんどん歩を進めながら階層を攻略していく傍らで俺はバランにそう問いかける。


「あ、ああ。火と水の魔術が使えるがボスを倒すだけの火力は無いぞ」


 俺の言葉にバランはそう答える。


「流石にそこまでを期待をしているわけじゃない。ただ、戦闘が始まったら奴の顔面に向かって一発『火球』を放って欲しい」


「顔に一発だな? だが、腕で防がれたらほとんどダメージは与えられないぞ」


「ああ、それで構わない」


 俺の言葉にバランは怪訝な顔をするが「わかった」と言って頷いた。


「着いたぞ、ボス部屋だ。このまま突っ込むから奴が立ち上がったら頼むぞ」


 俺はバランが頷くのを確認するとボス部屋の扉を開く。


 ギギー


 扉が開く音が響くと中から強い殺気がこちらに向かって漂ってくる。


「行くぞ。1分以内で片付ける」


「1分以内!?」


 俺の言葉にバランは驚いたが魔術の詠唱中だったため必死に制御をして火球をボスの顔に向けて放った。


 グオー


 戦闘態勢になるため大きく立ち上がったグレートベアの目の前にバランの放った火球が迫るが奴はそれを前足で軽く防ぐ。


「やはりあの程度では防がれるか。だが予想通りだ」


 俺はそう呟くとグレートベアに向かってスキルを使った。


「瞬歩……抜刀一線」


 目にとまらぬ速さでベアーの懐に入った俺は腰から抜いた刀で胴体を薙いだ。


 ――ズシン


 次の瞬間、俺の目の前でグレートベアは上半身と下半身に分かれその場に崩れ落ちる。


「な、なんだと!?」


 バランが目の前で起こった事に驚いて固まるがそれにつきあう暇は無い。


「素材の回収はしなくてもいい!」


 俺はそう叫ぶと6階層への階段を駆け下りた。


「いいか。7階層に降りたら真っすぐに彼女が喰われた場所へ案内するんだ」


 そう言いながら走る俺は神経を研ぎ澄まして前方から現れる敵の急所を的確に捕らえながらダンジョンを踏破していく。


「よし、見えたぞ! 7階層の入口だ!」


「どのくらいかかった?」


「さ、30分くらいです」


「よし! まだ可能性はあるな。残りの距離は?」


「降りて分かれ道を右に行ってその次を左に行った所の行き止まりにあった宝箱です」


「わかった。最初が右で次が左だな」


 俺はバランの言葉を聞くと直ぐに飛び出して行く。


「分かれ道を右に……その次を左に行って行き止まりに……あれか!」


 バランに言われたとおりの場所に銀色に輝く宝箱が鎮座している。


 俺はすぐに確認しようと宝箱に手をのばすが俺の危険察知スキルが反応したためその手を止める。


「残念だが間に合わなかったかも知れない。宝箱の中からミミックの気配が漂ってきている」


「そ、そんな!?」


 ミミック化していなければ宝箱を開けて中の人を引きずり出してから箱を破壊すればミミック化は止まる。その後浄化薬でスライムを溶かして回復薬で治す事が出来るのだがミミック化が始まっていればそういうわけにはいかない。


「どうにかならないのか?」


 バランは俺の顔を覗き込んで答えを待つ。


「無くはないが……」


「何か方法があるのか!?」


「だが、この方法は俺の斥候としての秘伝。他人に見せる事は出来ない」


「俺が見なければアリアを助けられるのならば簡単な事だ。7階層の入口で待てばいいか?」


「ああ、すまない」


 俺がそう言うとバランは来た道を引き返した。


 彼の背中が見えなくなるのを確認した俺はふうと一息ついて鞄から銀のピックを取り出す。


「さて、うまくいくか……」


 俺は銀の宝箱に手をかけてピックを鍵穴にグッと差し込む。


 ミミック化した宝箱は鍵穴の部分に痛覚がありそこを突かれるとミミックは驚いて蓋を一気に開ける習性があるのだが、目の前の宝箱も同様に勢いよく跳ね上がるように蓋が開いた。


「今だ!」


 開いた宝箱からは無数の触手が伸びてきて俺を絡め取ろうとする。


「おっと」


 俺はその触手を左手で跳ね除けて宝箱の中身へと右手を潜り込ませると肉の塊の感触と共に核が手に当たる。


「思ったよりもまだミミック化は進行していないようだ。これならば何とかなるかもしれない」


 俺はミミックの核を握りしめて一気に持ち上げて見ると真っ黒に染まった核が現れた。


「コイツを壊せば……」


 俺が手に持っていた銀のピックを突き刺すと核は粉々に砕けて落ちる。


「これで宝箱に縛り付ける呪いは解けた筈だ!」


 俺はそう叫んでもう一度宝箱の中に手を突っ込んで中身を引っ張り出した。


 ――ズルリ。べしゃ


 中からスライムに覆われた物体が現れて床に転がる。


「よし!」


 俺はそう言うと剣を振りかぶって宝箱を叩き壊した。


「あとは、蘇生が間に合うかどうかだが……」


 俺は魔法鞄からスライムの浄化薬と回復薬を取り出すと浄化薬をまず全体にかける。するとアリアを包みこんでいたスライムがドロドロになって流れ落ちていく。


「やはり、まだ完全には取り込まれていなかったか。後はこの回復薬を飲ませれば……」


 俺はそう呟いてアリアを抱き起こして薬を飲ませようとするが意識のない彼女は自ら薬を飲もうとはしない。


「仕方ない。緊急事態だ悪く思うなよ」


 俺は意識のない彼女にそう呟くと自らの口に回復薬を含んだ。


「――ここは? 確か宝箱を開けた瞬間に目の前が真っ暗になって……」


 アリアが目を覚ましたのを確認すると俺は魔法鞄に入れていた外套を取り出して彼女にかけてやる。


「とりあえずこれを着ておけ。急いで来たから着替えまでは手が回らなかった」


 そう俺に言われてアリアは自分が服を着ていない事に気づき顔を真っ赤にして口をぱくぱくさせる。


「憶えてないのか? 君は呪いの宝箱に喰われてもう少しでミミックになるところだったんだ。服と装備を溶かされただけで済んだのは超絶運が良かったと思うんだな」


 俺がそう言うと全てを思い出したようにアリアがお礼を言った。


「助けてくれて本当にありがとうございます」


「分かってくれたらそれでいい。でなければ俺がアモンドに責められるからな」


 俺はそう言うと彼女を連れて上階段へと向かう。


「アリア!」


 バランが俺と一緒に歩いてくるアリアに気がつきそう叫んで駆け寄って来た。


「良かった。無事だったか」


「応急処置はしたが念のためギルドに帰ったら治癒士に見てもらえ。バラン、彼女を頼んでもいいか?」


「アンタはどうするんだ?」


「少し第7階層の調査をしてから戻るつもりだ」


 俺が現場に残ろうとするとバランは同行を諦めずに交渉をしてくる。


「いや、俺だけでこんな状態のアリアを守りながら地上まで向かうのは無理だ。出来れば一緒に来て欲しい」


「むう。ならば10分程待っていてくれるか?」


「そのくらいならば大丈夫だ。階段で待っていれば最悪でも襲われる事はないだろう」


「わかった。少しだけ確認したら戻ってくる」


 俺はそう言って第7階層の奥へと向かった。


「――見つけた」


 俺は走り出してから数分後には目的の物を見つける事が出来ていた。


「コイツはどっちかな?」


 俺はそう呟いてピックを取り出して鍵穴に差し込んだ。


 バカッ!


「宝箱は勢い良く開き中から数多の触手が伸びてくる」


「良し! 当りだ!」


 俺はそう叫ぶと銀のピックを宝箱の中の小さく光る核に突き立てた。


 ――ピッ


 ミミックは悲鳴のようなものを発したと思うとぐったりと動かなくなる。


「良し!」


 俺はそう呟くとおもむろに宝箱からミミックを引きずり出した。


 ずるり――


 死体となったミミックはスライムのようにブヨブヨの塊となり床に広がる。


「さて、なにがあるかな?」


 俺はミミックの居なくなった宝箱の中を覗き込むとニヤリと笑う。


 宝箱の中からはミスリルの塊が現れ持ち上げる。ずっしりと重い感触に満足しながら魔法鞄に仕舞い込むと急いでふたりの元へ駆けていった。


「持たせたな」


 俺はアリアをバランに任せて先行しながら敵を瞬殺して行き数十分後には地上までたどり着いていた。


 ――からんからん。


 ギルドのドアを開けた音が響き、同時に多くの視線がこちらに向かう。


「戻ったぞ! アリアも無事だ!」


 バランの第一声に受付嬢が涙ながらに駆け寄ってくる。


「すまないがアリアのために風呂と治癒士の手配を頼む」


 バランがそう言って受付嬢にアリアを引き渡す。


「分かりました。さあ、アリアさん。こちらへどうぞ」


 同じタイミングで奥の部屋からアモンドが飛び出して来るのが見えた。


「アリア! 無事で良かった!」


 ギルドマスターはそう叫んでアリアに抱きつこうとしたが外套に身を包んだ彼女を見てぐっと思いとどまる。


「ガナッシュ! やはりお前に頼んで良かったぞ!」


 アリアを見送った後、アモンドは俺の背をバンバン叩きながらそうお礼を言ってくる。


「当然だ。それにこちらも収穫があったからな」


 俺がそう告げるとギルドマスターは笑いながら答える。


「はっはっは、それは良かった。よし、執務室へ来て報告も聞かせてくれ。バランは仲間の所へ行ってやれ報告は明日にでも聞く」


 アモンドの言葉に俺とバランは頷いた。


「――あれからどうなったのか報告をしてくれるか?」


 アモンドの問に俺はあったことをそのまま伝える。


「時間との戦いだったから最短ルートで第7階層まで向かい、現場でミミック化しかかっていた彼女を引きずり出して蘇生させた。本当にギリギリだったぞ」


「ああ、そのようだな。アリアの様子からすると装備はおろか服さえも溶かされていたようだったからな。で、見たのか?」


「おい、まさかあの状態で見たことに対して責任をとれと言わないだろうな?」


「それに、《《蘇生措置をした》》と言ったな? それは回復薬を《《口移しで飲ませた》》ということだろう?」


「人命救助措置だ。分かっていて言うんじゃない」


「まあ、そうなんだが大切な姪だからなぁ」


 アモンドはそう言うと「少し待っててくれ」と席を立つ。


 10分も過ぎた頃、彼はアリアを連れて部屋へと戻ってくる。


「もう動いて大丈夫なのか?」


「はい。おかげさまで助かりました。本当にありがとうございました」


 アリアは俺に微笑みながらお礼を言うとアモンドの横に座る。


「さて、ここからは俺からの頼みとなるのだがアリアを鍛えてやってはくれないか?」


「彼女を?」


「ああ、アリアはあんたと同じ斥候だがまだまだ未熟だ。今のままではきっとまた宝箱に喰われてしまうだろう。そこであんたに鍛えてもらえれば俺も安心出来るってわけだ」


 ギルドマスターは笑みを見せながら俺にそう言った。


「君はそれで良いのか?」


「今回のことで自分の未熟さのために迷惑をかけてしまいました。出来れば私からもお願いしたいです」


「分かった。助けてすぐにまた喰われて貰ってはかなわないからな。斥候の基礎を叩き込んでやろう」


「すまないな、恩に着る。ではアリアはもう休みなさい」


 アモンドはアリアにそう言って退室させる。


 アリアが部屋から出たのを確認するとギルドマスターは書類をテーブルに置いた。


「報酬は明日にでも払われることになるが、ひとつ聞いてもいいか?」


「なんだ?」


「アリアを助けてバランに預けた後でもう一度7階層の奥へと走って行ったそうじゃないか。何があった?」


「いつものやつだよ」


 俺はそう言ってミスリルの塊をテーブルに置いた。


「……仕事熱心なのは結構だが気をつけろよ。まあ、ミミックを無傷で狩れるのはお前くらいだから止めはしないがくれぐれも狩っているところを他の冒険者に見せるなよ。真似をされて喰われたら洒落にもならん。それと、暫くはアリアにも秘密にしておいてくれ。あいつは教えると止めてもやりそうだからな」


「分かっているよ。だが俺が鍛えるならば出来るようになるのがベストなんだがな」


「もし、そうなれば責任をとって嫁に貰ってくれるとありがたいがな」


「まだ言うか」

 

 俺はアモンドの言葉に呆れたがそれも良いかもしれないと笑みを浮かべた。


 ――ランクS斥候ガナッシュ。彼の裏の顔はミミック化した宝箱から希少な鉱物を回収するミミックハンターだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ