番外編 ーただ1人の居場所ー
リディアは、恋愛を恐れていた。過去の傷が、心に深く残っていた。「恋なんて……もう、二度としない。」そう思っていたはずなのに、ラヴァンナで出会ったアレクシス王子は、ただ静かに隣に立ち続けてくれた。彼は決して急かさず、ただ、同じ歩幅で歩いてくれた。時には仕事で衝突することもあった。でも彼は、いつもリディアの決断を尊重し、支えてくれた。「俺は君に恋をしているわけじゃない。君の人生そのものを、愛しているんだ。」リディアは、心のどこかでその言葉を信じたいと願っていた。──そんなある日、リディアの誕生日。彼女はその日も仕事に追われ、いつも通り忙しい一日を終えようとしていた。「……まあ、別に、祝ってもらうほどのことでもないし。」黒薔薇商会の仲間たちに軽くお祝いの言葉はもらったが、リディア自身はあまり気に留めていなかった。夕方、静かな商会のオフィス。ふと、扉がノックされた。「失礼する。」アレクシスが入ってきた。彼の手には、たった一本の赤い薔薇が握られていた。「……どうしたの?」「今日が、君の誕生日だろう。」そう言って、彼は薔薇を差し出した。「高価な贈り物は用意していない。けど……たった一人、大切な君に、これを。」リディアは驚き、言葉を失った。「……どうして、そんなこと……」「君の人生は君が作るもの。でも、もし許されるなら、その隣に俺がいたい。」彼は、ただそう静かに微笑んだ。リディアは、ゆっくりと薔薇を受け取る。「……そんな顔で、言わないでよ。」「どんな顔だ?」「……ずるい人。」リディアは小さく微笑んだ。恋に怯えていた彼女の心に、ようやく柔らかな春が訪れた瞬間だった。「……ありがとう。アレクシス。」その日から、彼はただのビジネスパートナーではなく、リディアにとって『特別な人』になった。二人は恋人ではなく、人生の伴侶として、穏やかに歩き続けていく。