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第一話『魔王、限界の兆し』

正直、今日もクソみてぇな一日だった。


「魔王様ァァァ! 第三戦区の拠点がまた焼け落ちましたァァ! 自分らが不死身だからって調子に乗って火遊びしたみたいですゥゥ!」


第一声がそれだ。

バルメザ。俺の側近、戦務官。見た目は筋骨隆々のゴリラみたいな悪魔だが、声だけは異様に甲高い。朝からそれはやめろ。


「……それ、俺に報告する必要ある? 現場で締めとけよ」


「魔王様のご命令がないと、現地の連中が“またか”って笑って終わるんですよ! せめて何かこう……威厳ある一言を!」


「じゃあ……“次やったら魂ごとバラす”でいいか」


「はっ! それでまいります!」


ああもう、朝から血圧が上がる。

俺は玉座に腰掛けたまま、ぶっちゃけた話、もう三時間は一歩も動いてない。


「グリオ、次の報告」


「はい、王よ。第四階層の墓地区域にて、棺の奪い合いで戦争が勃発。死体供給権を巡って三族が血戦中です」


「勝手にやらせとけ。死体同士で死合ってんだろ?」


「……正確には“まだ死んでない生者の死体を取り合っている”ようです。要するにまだ生きてます」


「じゃあそれ、死んでから呼べ」


グリオはうっすら溜息をついた。こいつは書記長官。論理至上主義で、俺の命令を全部データで処理したがる男だ。


「我が王。問題は山積しています。次元裂け目の不安定化、魂供給の偏り、上位魔族の階級闘争、儀式の失敗、婚姻の破綻……」


「うん。俺が全部見なきゃいけないのか?」


「現状、あなたが判断しないと魔界が止まります」


「止めていい?」


「……冗談として処理します」


あー、だめだ。笑えねぇ。


玉座の間には、常に数十体の部下が控えてる。

みんな優秀だ。問題を持ち込むスピードは一流。だが解決する能力は、なぜか俺に投げてくる方向でしか働かない。


「ユルア。お前、俺のスケジュール管理してたよな」


「はい。ちなみに本日の未処理案件はあと百九十七件、明日予定分を加えると三百六十二件です」


ユルアは監察官。冷徹無感情、会話は全部事務報告のようなやつ。俺の健康状態も数値で把握してる。


「俺の脳って何個あるんだっけ?」


「一つです。今のところは」


「一つで三百件裁くって、どんなブラック企業だよ……」


魔王って、もっと自由で孤高で、ドーンと構えてるだけで良いもんだと思ってた。

実際は、事務・軍事・外交・宗教・婚姻・魂管理・異次元対応・人事・財政……クソほど雑務が舞い込む。


「てか、俺、何やってんだろうな……」


誰にも聞かれてないけど、ぽつりと呟いた。

でも俺の声はよく通るらしく、部下たちが一瞬止まった。怖がるな。そういう意味じゃねぇ。


「バルメザ。俺の楽しみって、何があったっけ?」


「え? 楽しみ……? いやぁ、戦とか? 拷問? 処刑? 覇道? あと女っスか?」


「戦は飽きた。拷問は仕事。処刑は義務。覇道は疲れる。女は……うん、興味はあるけど、暇がねぇ」


「暇がないって、王よ……あっ、いえ、王ッ! それは我らの責任でありましてッ!」


「違ぇよ。俺が勝手に全部背負い込んでるだけだ」


そう。俺がやれば早い。俺が判断すれば間違いがない。

最初はそれでいいと思ってた。でも、気づいたんだよ。それって、俺が死ぬまで終わらないってことだろ?


「なあ、グリオ。俺が一日中黙ってたら、魔界ってどうなる?」


「混乱、暴動、階級崩壊、内戦、最悪次元崩壊まであります」


「……マジで俺がいないとダメな世界なのな」


「ええ。王が“魔王”である限りは」


ああ、もうだめだ。笑えてきた。


戦って勝って、統一して、魔王になった。

でも“なった後”って、こんなに……退屈で、面倒で、孤独で、つまらないのか。


「……やっぱ、間違ってたのかな」


玉座の肘掛けにあごを乗せたまま、俺は誰にともなく呟いた。

周囲の部下たちは息を潜めている。怒っているとでも思っているのだろう。違う。怒る気力すら、今はない。


ユルアが口を開く。「王よ、精神圧が低下しています。数値上、燃え尽き症候群の初期症状かと」


「うるせぇな、それもうちょっとマイルドな言い方ないの?」


「“限界が近い”でも可です」


「あ、うん、それならまだギリ……って、やっぱだめだろ」


ここ最近、感じてた。

眠っても疲れが取れない。

戦っても高揚しない。

勝っても、意味がない。


強くなりすぎた。

敵がいない。挑戦もない。俺を本気にさせる相手なんて、もういない。

戦いが仕事になった時点で、戦は“楽しみ”じゃなくなった。


「王。私からも、進言があります」


グリオが慎重な口調で口を開く。珍しいな。こいつが“進言”なんて言葉を使うのは。


「一度、ご休息を。あまりに負荷が集中しすぎております。少しでも王が崩れれば、魔界全土が揺らぎます」


「その魔界を、俺が支えてるのが問題なんじゃねぇの?」


「……否定できません」


バルメザがポンと拳を打ち鳴らす。


「じゃあ代わりに自分が王やります! どうっすか!」


「てめぇにやらせたら一週間で国が燃えるわ」


「三日じゃなくてよかったッス!」


……元気だけは取り柄だな、お前は。


「でもなあ……俺がいなくなったら、どうなるんだろうな」


「魔界は混乱に陥り、七大領主は再び群雄割拠を始め、魂供給網が遮断され、儀式は不安定になり、異次元からの侵攻も受けやすく——」


「グリオ、黙れ。俺、今“余韻”で喋ってるから」


「失礼しました」


もういい。全員、退室。

このあとも報告は山ほどあるが、知らねぇ。今だけは、誰も俺に話しかけるな。


部下たちが恐る恐る退出するのを待ち、俺は玉座からゆっくりと立ち上がった。


足が重い。身体がだるい。

でも、今夜こそは、一人になりたかった。


俺は魔王城の最上階、星の見える天守に足を運んだ。

とはいえ、魔界の空には星なんてない。赤黒く濁った空と、雷と、叫び声だけ。

それでも、俺にとってはここが唯一の“静寂”だった。


「はあ……」


何度目だろう、この溜息。


一人で、誰にも縛られず、何も考えずに飯を食って、寝て、遊んで、喋って……

そんな人生、送ってみたかった。


「でも俺がそれをしたら、魔界が崩れるってんだもんな」


笑えてくる。


気付けば、魔王であることに、俺は心底飽きていた。


「なあ、魔王って……誰が決めたんだろうな」


俺じゃねぇ。

戦って、勝って、成り上がって、気付いたら誰も俺に逆らえなくなってた。

だから、座ったんだよ。王の座に。

でもその瞬間から、俺は“自由”を失った。


「俺の人生、誰のもんだっけ……」


誰にも答えられない問いだった。


でも、心の奥にある小さな声だけが、確かに囁いていた。


——もういいんじゃねぇか?


俺は、ふと笑った。


「……そっか。もういいのか。マジで、もう……疲れたもんな」


玉座を去る。

それが許されるのかは知らない。

でも、許されようが許されまいが、俺の人生は俺のもんだ。


「“俺のことを誰も知らない世界”……とか、あったら最高だな」


この瞬間、初めて本気で“逃げたい”と思った。


けど、それはまだ決断じゃない。ただの願望だ。

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