キャステン公爵
離縁したとはいえ娘だった者が犯した罪を贖うべく、睡眠時間を削り対応。
それらが終わり一段落だと思っていた所にクリスティアナと私の婚姻が無効とされていた。
それからヨシュアルト侯爵に何度も手紙を送り屋敷に赴くも取り合ってはもらえず。
墓を訪れたくてもクリスティアナが今、何処に眠っているのかも分からない。
「クリスティアナ……会いたい……会いたい……あぃ……」
「旦那様っ……」
執事に呼ばれたような気がしたが、気のせいだったか……
『……もうっカルヴァンったら、聞いてる?』
『……ふぇっ?』
久しぶりのクリスティアナの声だ。
『だぁからっ、もし女の子なら名前はニルヴァーナが良いわっ』
『ニルヴァーナ?』
『そう、良い名前でしょ?ねえ、ニルヴァーナ』
お腹を擦りながらクリスティアナは幸せそうに微笑んでいる。
これは夢なのか?
クリスティアナはもう……
夢だったとしても、それでも良い。
クリスティアナが亡くなってから夢でも会えなかった。
会いたかった、クリスティアナ。
『公爵様、大事な話がございます』
場面が変わり、深刻な表情で医師から良くない話だと察した。
『どうした?』
『奥様ですが、元々丈夫な方ではないので…出産の際どちらかを選ばなければならない事もあるかと…』
『どちらか?』
『奥様かお子様か…私も最善を尽くしますが、状況次第では決断していただかなくてはならないかと。奥様と決めるか旦那様が決めるかはお任せいたします』
愛おしげにお腹に話しかけるクリスティアナに、なかなか言い出せずにいた。
『ねぇ、カルヴァン』
『どうした?』
『…もしもの時の話なんだけどね?』
『えっ?』
私はまだクリスティアナにあの話しをしていない。
「もしも」とはなんの「もしも」だ?
『私に万が一の事があったら、迷わずこの子を優先してね』
もしもは私の予想したもしもだった。
『クリスティアナ……子供は……』
『お願い。この子を守ってねっ』
そうだ。
あの時、私はクリスティアナに『子供は諦めてくれ』と言うはずだった。
『……っ……クリスティアナ、それだと君が…君がいないと私は生きていけない』
こんな事言って情けないと思われても構わない。
クリスティアナのいない人生の方が私には辛くまるで地獄だ。
『何言ってるのよ、この子がいたらきっと毎日楽しいわよ』
『君がいてくれないと……』
『えぇ。勿論、そのつもりよ……』
『クリスティアナ……』
『だけど、もしもの時は、この子を優先してね』
『それは……』
『この子は、とっても大事な私の宝物よ』
『宝物……』
『この子さえ生きていてくれたら……ニルヴァーナは私が生きていた証。貴方には辛いお願いだけど、この子を守ってくれるのは貴方だけだもの。信じてるわ』
そうだ。
彼女は娘を……ニルヴァーナを生きた証と言った。
クリスティアナが生きた証。
私はどうしてクリスティアナとの会話を忘れてしまったんだろう……ニルヴァーナ……
『う゛ーんんっ……はぁ……はぁ……はぁ……』
再び場面が代わり出産間近。
初めての出産の事でクリスティアナの陣痛の苦しみ、一般的なのかそうでないのか私には判断できず不安で胸が締め付けられていた。
『大丈夫か? 医者を呼んでいる。もうすぐ来るはずだから……』
彼女を落ち着かせるための言葉だったが、内心は早く医師が到着してくれと願う。
焦る自分を彼女に見せまいと必死だった。
この時に往生際悪く『子供は諦めてくれ』と言えていれば、クリスティアナが生きている未来に変わっていたかもしれない。
『ニル……ヴァーナの事……沢山……愛してね』
私を見つめるクリスティアナの目は、私の意思を確認しているようだった。
『勿論』
それから医師が到着し、彼女の手を握り続けた。
何時間も掛かり無事とはいえない出産だったが、クリスティアナもニルヴァーナも生きている。
『今は安静が必要』という医師の言葉で私は部屋を出た。
時間と共に回復するという医師の話だったが、クリスティアナは体力が戻るどころか日に日に弱り咳き込むようになった。
『感染症ですね』
クリスティアナは免疫力が低下していた所、感染症を発症。
「クリスティアナッ……クリスティアナ……クリスティアナ……そんな……」
寝ずの看病するも数日後にクリスティアナは亡くなってしまった。
私を残して……
『愛なんかいらない、幸せになれなくてもいい。お母様、悪いけど私の為に悪者になって』の書籍化が決まりました。
三月一日に発売予定です。
一人でも多くの方に手に取っていただけたら嬉しく思います。
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