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ルディル

「大丈夫か?」


「はい」


 侯爵はニルヴァーナが公爵家でどんな待遇を受けているのか誤解していた事や娘との婚約を何度も頭を下げ懇願する男を信じきってしまった事を話した。

 話したからと言ってニルヴァーナが受けた仕打ちが消える訳ではない。


「ニルヴァーナの苦しみに気付くことが出来ず、申し訳なかった」


 口にする姿は演技ではないと見えた。

 ニルヴァーナも困惑しすぐに受け入れることは出来ないが、誠実な侯爵の対応に少しずつ態度が緩和していく。


「えっと、侯爵様はこちらに住むのですか? お仕事は?」


「外交官の仕事は既に息子に引き継ぎしてある。本来は、三年前に引退していたんだ」


「そうなんですね」


 侯爵はオーガスクレメン王国の外交官を辞任。

 ウェルトンリンブライド王国に移り住んだ。

 俺だけでなくニルヴァーナも一緒に住むことに反対は無かったが、侯爵は俺達が住んでいる屋敷から歩いて行き来できる距離に自身の屋敷を購入。

 侯爵はニルヴァーナとゆっくり距離を縮めるも、無理強いはせず見守れる距離を選択。

 ニルヴァーナの方も侯爵を知っていくうちに、緊張する姿を見せなくなった。

 まだ、『おじい様』とは言えないようだが、タイミングを見計らっているのが分かる。

 祖父と孫という関係には程遠いが、それは時間が解決していくだろうと見える。


「ルディル様、手紙が届いております」


「あぁ」


 無事に帰国し落ち着いたギディオンからオーガスクレメン王国のその後についての知らせの手紙が届く。


『卒業パーティーで明るみになった者達の処分が決定……王族から贈られた品を窃盗し手紙を破棄した事を皮切りにローレル・キャステンの調査は継続。調査段階ではあるが把握している以上の犯罪に関与も疑われている。分かっている事は、ラルフリードから贈られたドレスと手紙の窃盗、令嬢達が乗車する馬車の破損に御者への襲撃、側近候補と共同し試験の横流し、芸術祭での作品の損壊。これらはラルフリードが調査した通りローレルの犯行で確定。それら以外には、卒業パーティーの為に優秀なデザイナーを取られた腹いせに、令嬢達には似たような色のドレスになるようデザイナーを脅迫……』


「思い起こせばか過去、婚約者候補達は似た色でよりキャステン姉妹のドレスが目立つようになっていたな。その情熱や発想を別の所に使えば良かったものを……」

 

『話題の劇団を買収し、候補者達を連想させる観劇を行わせた。内容はというと王子に愛されたローレルを目の敵にした婚約者候補達が嫌がらせするも如何なる障害も真実の愛で乗り越える良くある恋愛もの。たが事実ではないとはいえ、連想させる貴族の存在がある為に観客は真実のように受け取っていた。そして他の候補者が婚約者に選ばれた時の為に、ローレルは民衆の心を鷲掴みにする計画を立てていた。卒業後には純潔を証明する為、教会入りの予定。既に教会に多額の寄付・援助をしており、教会にはローレル専用の豪華な部屋が準備されていた……』


「用意周到だな。観劇を利用するというのは、女性の発想。効果的ではある」


『先手先手の思考に行動力…正しい方向に向けば婚約者に選ばれる可能性はあっただろうな…大前提に性格を改めれば~だけどな』


「気になるのが、ローレル一人で計画実行できたのか? そこに公爵が関わっていないのか? デザイナー脅迫に劇団買収、更には教会へ多額の寄付…公爵の許可無しに出来たとは考えられない」


 手紙を読み進めていくとやはりその事が書かれていた。


『ローレル親子は公爵に内緒で宝石類を換金し、それを資金にしていた。キャステン公爵家を調査していくうちに、公爵は夫人に一切の権限を与えておらず、何をするにも公爵の許可が必要と。それらは婚姻証明書と同時に提出された誓約書にも記載されていた。内容としては第二夫人として振る舞う事。第一夫人の遺品に触れる事も侮辱する事は許されない。万が一反故があった場合、婚姻関係は即刻解消する書面にサインがされていた。その為、ローレル親子は自由に出来る資金を獲るために、表向きドレスや宝石を買い商人に正規の値段以上の金額を公爵に請求させ差額を懐にいれていた。それでも足りない時には古い物を換金し資金を遣り繰りしていたらしい。公爵はあの親子が裏で他家を陥れる計画を実行していたことに手を貸していない……か……』


「この事実だけを見て言うなら、公爵はあの親子に興味が無いようにも感じられるな」

 

『親子は王子の婚約者候補者達への犯行と王族の贈り物を窃盗した容疑で捕らえられていたが、彼らの余罪を知り貴族籍を剥奪し国外追放。キャステン公爵は夫人を一切庇わず躊躇することなく離縁を選択。被害を受けた貴族から許されることではなく、迷惑を掛けた家門全てに慰謝料を支払うことを同意。ローレルと協力関係にあった側近候補達も、同じように有力候補達への嫌がらせ、試験の横流し、学園内だけでなく観劇に感化された人間を利用しありもしない貴族の悪評を拡散させていた。酷い者は金で雇った者に候補者の令嬢を襲わせ傷物にし自身と婚約させた者もいた』


「クズだな」


『彼等は側近候補の資格を失い、事実を公表され家門から追放。彼らの被害にあった令嬢達への慰謝料を自ら働いて払う為に最も過酷な働き口である鉱山送りに。彼らを輩出させてしまった家門は社交界で腫れ物扱いと遠巻きにされている』


 当然だ、彼らはそれだけの事をしたんだ。


『ラルフリード義兄上は学園で過ごした三年間で婚約者・側近を決定することが出来ず、自らの意思で王位継承権を辞退。次期王には僕が有力となりました。義兄の行動に何か裏があるのではないと囁かれていますが、ニルヴァーナさんを追いかける為に身分を捨てたのではないかと推測できます』


「ニルヴァーナを追いかける? 前回とは関係が変わったが、自分本意に突っ走るのは変わらないな」


 これから二人が出会ったところで、過去の記憶があるニルヴァーナがあの男を選ぶとは思えない。

 今回、過去と違う結果になったのはニルヴァーナの努力であってラルフリードは関係ない。

 あいつは他人が用意した道を我が物顔で歩いているに過ぎない。

 

「そんな奴にニルヴァーナを奪われて堪るか…」


 ニルヴァーナは俺の傍にいる。


「なぁ、ニルヴァーナ」


「はい?」


 ニルヴァーナは学園に通っていた頃とは別人のように表情豊かになった。

 俺にだけ見せていた笑顔を侯爵にも見せる姿に少し複雑てあったが、笑顔からぎこちなさが消えたのは素直に嬉しいと思える。


「俺の事、どう思ってる?」


「えっと…とても優しくて、頼もしくて…」


 ニルヴァーナに好感を持って貰えているのは単純に嬉しいが、不安も拭えない。 

 彼女の言葉は友人を誉める時に使う常套句のようにも取れてしまう。

 俺はニルヴァーナから確かな言葉が欲しい。


「男としては?」


「おとっこ…」


 今まで俺を男と意識していなかったようなニルヴァーナの反応を見逃さない。

 俺よりもあの男の方が…


「俺と婚約してくれないか?」


 ニルヴァーナの気持ちを大切にしたい思いはあるが、俺はあの男が来ると思うと焦ってしまった。

 侯爵にも孫の気持ちを第一優先にと言われていたのに…


「…私…なんかと…」


 案の定ニルヴァーナを困惑させてしまった。


「無理に今答えを出さなくてもいい。ニルヴァーナに俺の気持ちを伝えたかったんだ」


 カッコ悪いな…

 振られると分かった途端、先伸ばしにして時間を掛けて俺の事を考えてほしいなんて…


「婚約…私は…その…周囲にあまり良い印象ではなく…商人であるルディルさんにご迷惑を…」


「迷惑なんてないっ…それに、ニルヴァーナを良く見れば悪い印象の方が嘘だって気付くさ」


 必死にニルヴァーナの印象は嘘だと説得するも、冷静に考えてニルヴァーナなりの断り文句だったのかもしれない…


「あの…本当に私…でも?」


「あぁ、ニルヴァーナが良いっ」


「…私も…その…ルディルさんの事を…」


「事を……なんだ? 」


 興奮して前のめりになってしまった。


「私も……その……ルディルさんとこれからも一緒にいられたらと……」


 ニルヴァーナの気持ちが俺に向いているのか? 

 後半から声が小さくなっていくので確信は持てないが、それは俺が婚約者でいいって事だよな?


「ニルヴァーナ本当かっ」


「…きゃっ」


 ニルヴァーナからの返事はないが、小さく頷いたのを確認し思わず抱き締めてしまった。


「婚約者で良いんだよな?」


「……はぃ……私なんかで良ければ……」


「俺は、ニルヴァーナがいい……ありがとう…」


「…はぃ……私も……嬉しく思います」


 抱き締めた腕の中で、ニルヴァーナが俺の服を控えめに握っているのが見えた。

 より一層、強く抱き締めていた。

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― 新着の感想 ―
ドレスが被るとかありえない。色を指定しない御令嬢がいるわけもなく、一度でも被ったなら情報収集できないデザイナーと判断して切るでしょう。恥をかかされたとして二度とデザイナーとしてやっていけないように潰す…
え、父何がしたいの????? 読み飛ばしちゃったのかと思ったけど、同じ感想の人もいるからやっぱりまだ明かされてないんだよね?
一貫して公爵は何がしたいのか分からない。
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