観光
あんなに泣いたのは久しぶりだった。
泣いても誰も慰めてはくれないし、目を腫らした状態で誰かの前に出れば『みっともない』と叱責を受けてからは泣かないように堪えていた。
目覚めた時、案の定不憫な顔になっていたのを隠すように俯いていると使用人が温かいタオルを差し出してくれた。
「…これは?」
初めての事なので、タオルを何に使用すれば良いのか分からず尋ねた。
「瞼を暖めると腫れが落ち着きます」
そんな方法は初めて知った事であり、使用人からの優しさも久しぶりだ。
「あっりがとうございます」
使用人の助言通り暖かいタオルを瞼に当てると、とても気持ちいい。
「ニルヴァーナさん、今日は街に行こう」
あれから『幸せになっても良いんだ』というルディルに誘われるように街に出向いた。
人生初めての街。
初めての観光。
胸が高鳴るのを悪いことなんではないかと、自らを諌めながら歩くも始めてづくしで周囲を見渡してしまう。
「ふっ…あれ…食べてみるか?」
ルディルが指差したのはお肉屋さんの屋台に見える。
私にはどういう店なのか分からなくて、『食べてみたいです』と応えるべきなのか悩む。
食べたいと言い、ルディルにはしたないと思われるのは嫌だ。
だけど『食べたくありません』と言えばルディルに嫌な思いをさせてしまう。
こんな場合の正しい返事なんて習っていない。
なんて応えればいいの?
「ぁっと…ぃえっ私は…」
「食べて良いか? 腹へったわ」
そっか、ルディルはお腹が空いていたから私を誘ったのね。
あの返事は失敗した。
ルディルは機嫌を損ねただろうか?
「おいで」
ルディルが屋台に近付き並ぶので、その間私はどうするべきか迷っているとルディルが手で招いてくれる。
周囲の人に気を使いながら彼の隣に立ち彼が買うまでの店主とのやり取りを間近で観察してしまう。
「はい、お待ちっ」
「ありがとう。はいっどーぞ」
ルディルは串に刺さったお肉を二本買い、そのうちの一本を私に差し出す。
「…はぃ」
差し出されたので受け取るも、色々考えてしまう。
今、私達がいるの場所は屋外で立ったまま、ナイフやフォークも無い状況。
これは屋敷まで持って帰るのか、何処かのお店の席を借りるのか私が今まで学んだ食事の作法の中でも難易度が高く正しい作法が分からない。
「…あむっ…旨いな…んっ」
ルディルの食べ方に衝撃を受け、失礼とは頭の片隅にあるものの彼が食べる姿をまじまじと見てしまう。
目で合図され食べるように促され、私もゆっくり一欠片の半分を食べた。
「…んっ…美味しい…です」
初めて出来た友人と一緒に出掛け、初めて外で作法も気にせず立ったままの食事。
初めて食べる味に感動する。
それからも初めての事が沢山起こり、いつの間にか今まで経験したことのない事に夢中になっていた。
街を観光したりだけでなく滞在先の庭を散歩するだけでも楽しく感じる。
隣にルディルがいるだけで見るもの全てが輝いて見えた。
誰かと会話する事がこんなにも楽しいなんて、ルディルがいなければ私はずっと知らずにいただろう。
過去とは違い、学園を無事に卒業。
屋敷を出てルディルと出会ってから過ごした日々は、私の人生に無縁だと思っていた平穏。