私の復讐の仕方
「キャステン公爵様、お久しぶりですな」
「あぁ、これは……」
父が貴族と会話を始めると、皆も各々談笑し始めた。
私は過去にパーティーを経験していたが、あの三人はどうなのだろうかと確認する。
特に義妹のローレルを探せば彼女は萎縮することなく同い年くらいの令嬢と楽しそうに会話中。
王族主催のパーティーで緊張というよりも、私達と同じ年齢の婚約者がまだ決定していない王子の登場を今か今かと待ちわびているように見える。
「今の私より場に馴染み、慣れているのね」
過去の記憶がある私は、この日から王子の婚約者候補が絞られるのを知っている。
彼女達もどこからか情報を得たのか、浮き足立っているように。
もしかしたら、パーティーやお茶会では既にそのような話が持ち上がり、ローレルもお茶会などに参加し情報を手にしているのかもしれない。
公爵家にどのような経緯で縁組みしたのか知らないが、元々貴族だと聞く。
私よりも社交的なのかもしれない。
「あっ」
ふとある光景を思い出した。
あれは学園に通っていた時、突然見知らぬ令嬢に呼び止められ
『公爵令嬢とはいえ理由もなく当日にお茶会を欠席なさるだなんて失礼ですわ』
と言われたことがあった。
なんの事なのか詳しく聞きたかったが彼女はそれ以上私と会話をしてくれず、周囲もその話を信じ私に鋭い視線を向けていた。
もしかして今まで私にも招待状は来ていたが、誰かの陰謀で私に招待状が届かないようにしていた……とか?
あの家族が来たのはここ最近。
私は既に十四歳。
本来であればどこかの貴族のお茶会に呼ばれてもおかしくない。
なのに、私は一度も招待状の存在を知らなかった。
「あぁ、そう言うことか……」
私が学園入学時には周囲から厳しい視線に晒されていたのは、既に父が裏で動いていたから……
「過去の私って、何にも知らなかったのね…」
十八歳の記憶をもった今だから自分がどんな扱いを受けていたのかが分かった。
「キャステン公爵、ご家族を紹介していただいても?」
「そうですね」
父が新たな家族を迎え入れて一ヶ月も経っていない。
再婚した事は伝えても、貴族への紹介はまだだった。
「ミランダ、ベネディクト、ローレル……ニルヴァーナ」
父は近くにいた家族を呼び寄せ、不本意であることを隠しているのか分からない態度で私の名前を呼ぶ。
「挨拶を」
父はお義母様の肩を抱き、ベネディクトとローレルには視線で合図をする。
「妻のミランダです」
「息子のベネディクトです」
「娘のローレルです」
新たな家族が次々に挨拶していくも、残った私は黙っていた。
「…おいっ」
父に促され、家族だけでなく周囲の視線も集めた。
「…私も名乗って宜しいのですか?」
わざとらしく尋ねると、父の顔がたちまちにして歪む。
「早くしなさい」
私と会話するのも不愉快で、『さっさと終わらせろ』と表情が言っている。
「はい。娼婦の娘のニルヴァーナ・キャステンと申します」
笑顔で私が自己紹介すると会場の時間が止まり、その後ざわめきが起きた。
「おまっ……何……言って……」
私の突拍子のない発言に父は驚愕。
周囲もあまりの事に思考を止めたがその後苦笑いで誤魔化し私の言葉を冗談にし始める。
『いやぁ、令嬢は面白いですね』
『ははは、全くです』
『そう言えば、前公爵夫人に似てきましたね』
『お美しくなられて……』
社交に長けている当主達は、貴族の中で爵位の高い公爵の娘の失態を無かったように話題を変えるが私はそうはさせない。
「はい、娼婦の母が誰の子が分からない子を生んだのです。それが私です。公爵様の善意により、邸に置いていただいております」
追い討ちを掛けるように私は笑顔で『娼婦の母』と宣言した。
「いい加減にしろっ、何を言っているんだっ」
衝撃から立ち直り、父が私に激怒する。
「私は本当の事を告げただけです、今更隠す必要はないかと?」
とぼけたように受け答えをすると、父は貴族に似つかわしくない程声を荒げていく。
「何が本当の事だっいい加減にしろっ」
「皆さん薄々お気付きですよ? 私が娼婦の娘だと。直接公爵に尋ねないだけで」
「クリスティアナは娼婦ではないっ」
「あっ、正確には娼婦のように誰とでも関係を持ってしまうはしたない貴族でしたねっ。私はそんな汚らわしい女の娘……ですよね」
私は自信満々に宣言すると、ちょっと気持ちよかった。
「ふざけるなっ」
「ふざけてなどおりません。相手は騎士や使用人、出入りの業者まであげればきりがないです。その中に本当の父がいるのかも不明というのは公爵家や公爵家に出入りしている業者の間では有名な話ではありませんか」
私は説明口調で話すが、どの話も全てでっち上げで真実は知らない。
だけど、公爵家に居候している前妻の娘の私が自信満々に口にすれば『もしかしたら本当なのかも?』と疑う貴族はいる。
彼らに疑心暗鬼を植え付けるのが私の目的であり復讐。
「……さっきから何を言っているんだ。お前の本当の父は私だっ」
「私は公爵様の事を父だと思ったことは一度もありません」
挑発するように私は今の気持ちを父にぶつけた。
「私だってお前が娘だと思ったことは一度もないっ」
父の言葉に心臓が激しくなるも、口許が緩む。
誘導した訳ではないが、父が私の望んでいた言葉以上を宣言。
私が黙り込んだので、周囲も父の言葉を頭の中で反芻したに違いない。
父の『お前を娘だと思ったことは一度もない』という言葉は、私の宣言が正しいと思わせるには十分。
「……えぇ、知っております……それでは、汚らわしい娼婦の娘はこのような華やかな場に相応しくありませんので失礼させていただきます」
私は嫌みのように貴族女性の挨拶の基本であるカーテシーを優雅に振る舞い会場を去って行く。
「あっ」
白熱する父との攻防に存在を忘れていたが、新しい家族もこの場にいたのを思い出す。
前妻の子である私が失態を犯すのを望んでいたお義母様もこの展開は予想しておらず混乱している。
ベネディクトもローレルも何が起きたのか分かっていない。
「ローレル様、パーティー用のドレスを所持していない私にこのような豪華なドレスをお貸しくださりありがとうございます。洗ってお返しいたしますが、私にはサイズが大きくリボンで目立たぬよう絞ってしまいました。シワが気になったり娼婦の娘が着用したのが不愉快であれば、公爵様があなた様の優しさに感銘を受け新たなドレスを何十着も購入してくださると思います。ですので、そんなに悲しまないでください」
「……はい」
あまりの出来事に私の言葉を理解する前にローレルは返事をしてしまう。
ローレルの返事で私がドレスを持っておらず、義妹に借りたことが事実であるということが証明されてしまった。
予想も出来なかったパーティーの始まりに貴族達は完全に翻弄され、私という存在と公爵の前妻は娼婦のように男を誘う女だったというのが記憶に残ったことだろう。
「ふふっ」
私は時間が戻った事を受け入れてから、あの男への復讐を考えていた。
あの男に最も効果のある復讐。
悩みに悩み辿り着いたのが
『愛してやまない妻を汚すこと』
妻の命を奪った娘をあれだけ恨んでいたんだ。
あの男の前妻への愛は本物だったに違いない。
その思いを利用して男に復讐することを決めていた。
だが復讐するにも、その女は既にこの世に存在しない。
死んだ人間を汚すのは難しいので、名誉を汚すことにした。
元侯爵令嬢で社交界の花と呼ばれ誰もがその高嶺の花を手に入れようと躍起になっていたと聞く。
そんな女をどんな風に陥れてやろうか考え思い浮かんだのが
『妻は娼婦』
『私は誰の子供か分からない』
下らないことかもしれない。
死んだ人間を陥れたとしても、誰も傷付かない。
傷付くとしたら娘の……公爵令嬢という肩書きの私くらい。
「公爵令嬢なんて肩書、私には必要ない」
あの男は一度だって私を娘だと受け入れた事はなく、否定し続けてきた。
そんなに言うなら私はその男の願いを叶えてやる事にする。
母を侮辱すれば私にも害が被るのは承知の上で実行した。
貴族であれば強制参加が暗黙の了解の王族主催のパーティーで私は決行を決めていた。
この日に問題を起こせば知らない者の方が少ないと考え私の望む結果に。
「私の名誉なんてどうでも良い」
必死に頑張っていた過去でさえ無駄死にで終わったんだ、今世ではどんな末路を迎えたって構わない。
寧ろ悲惨な死を迎えた方が後世に名が残る。
過去どんなに真面目に頑張っていても、誰にも気付かれず誰にも知られずあんな人生で幕を終えた。
だったら、今回は……
「やりたいことをやってあの男の大切なものをぶち壊してやる」