過去の死後
オーガスクレメン王国の王都から随分離れた村外れの小屋で私の遺体が発見された。
「既に死後一週間は経過していそうですね」
いつ崩れるのか分からない小屋から遺体が丁重に運び出される。
陽の光の元で確認すると、私は頬は痩せ数週間前まで貴族令嬢だったとは信じられない姿だったらしい。
私なんかを発見したのは、ルディル。
そして、面倒にも遺体を埋葬してくれたのが私の祖父。
本当のお母様である、公爵の前夫人の生家であるヨシュアルト侯爵。
「侯爵は不穏な報せを受け取り、外交を切り上げニルヴァーナさんの行方を捜索した。そして、発見したニルヴァーナの遺体を埋葬してくれたんだ」
「ヨシュアルト…侯爵が…」
私は過去を含めても、侯爵と一度も対面したことはない。
ヨシュアルト侯爵と次期侯爵となる祖父は共に隣国ウェルトンリンブライド王国との外交を勅命され、何年もオーガスクレメン王国を離れていた。
「結婚後の娘の様子は手紙でのやり取りで把握していて、娘が亡くなった後はキャステン公爵からの孫の様子の手紙の内容を鵜呑みにし外交に専念していたそうだ。書かれていた『孫』とはニルヴァーナのことではなく、義妹の方だったと調査で分かった。調査結果を報告され事実を知った侯爵は、ニルヴァーナの遺体に懺悔していたよ」
「そう……ですか」
「侯爵に手紙の内容を疑うことは無かったのか尋ねると、ヨシュアルト侯爵から見てキャステン公爵のクリスティアナ夫人への思いは婚約を申し込む段階から本物に見え、彼なら娘を何があっても守る…『誠実な男』と認識していたんだとか」
「へぇ……そうですか」
侯爵も完全に公爵に騙されていたのだろう。
アイツは周囲と私達に見せる顔を完全に使い分けている。
誰も気づかないだろう。
「…埋葬が終わると、侯爵はニルヴァーナさんの身辺調査の過程で耳にした学園での調査も開始した。そちらについて真実を確かめるべく外交官を辞任して調査に乗り出したんだ。その結果、悪評を率先して広めた人物はニルヴァーナさんの義妹のローレル嬢、そしてローレル嬢を婚約者にと推す側近候補達だったと分かった。その後、彼らに便乗するように婚約者候補に名が上がっていた令嬢達も噂を口にしたと自供したよ。これらの調査結果を王子に報告をし、噂はこの者達による捏造だと明らかにされた。ニルヴァーナさんか冤罪をかけられた、試験での不正や芸術祭参加者の作品の破損、婚約者候補達が乗った馬車の破損や襲撃された事件の疑いも侯爵によりローレル嬢と側近によるものだと判明された。何かしら関わっていた婚約者や側近に選ばれなかった者達は公爵令嬢を故意に陥れたとして修道院や鉱山送りとなり貴族籍を失い、そんな輩を排出した家門は降格などの処罰を受けた。婚約者となったローレル嬢と側近となった者達は、王宮で徹底的に教育が施されたが、最低限の基準さえ満たすことが出来ず。その後彼らの罪を公表しない引き換えに王国を追放された。ラルフリードはというと、元々王妃には側室の子として疎まれていたのでニルヴァーナさんの件を持ち出され『真実を見極める事が出来ず、虚偽の情報で我が国の重要な公爵家の令嬢を死に追いやったとして王位継承権を剥奪する』と宣言された。頃合いを見計らったようにウェルトンリンブライド王国で治療していた義弟のギディオン王子が病を完治させ、オーガスクレメン王国に戻ったよ。それからラルフリード王子は幽閉され…処分された」
処分…
「…そう…なんですか…」
私の死後、私の望む復讐は果たされていた。
私が右往左往しなくても、私さえいなくなれば綺麗に物事が片付いていたことを知る。
今回も私が無駄な動きをしなければ、私の望む彼らへの報復が得られていたのだろう。
私が生きたい。
彼らに…あの男に復讐がしたいなんて思わなければ、私が望む人達全員に罰を与えることが出来ていた。
私さえ何もやらなければ…
彼らの不幸が見たいなんて思わなければ今回も彼らに相応しい罰が…
私は今どうして過去と同じにならないよう抗っていたのか。
何の為に…
私が復讐を望む、最大の男はどうなった?
「ぁっあの…キャステン公爵は…」
私の死後、あの男がどうなったのか気になる。
私が死んだくらいであの男が悲しむなんて思ってない…
思ってないけど、何かを期待してしまっている自分がいる。
「公爵は…ニルヴァーナさんの死の原因を知ったヨシュアルト侯爵との関係が悪化し、クリスティアナ様との婚姻が無効とされた事で気力を失い…亡くなった」
「亡…く…なった…?」
気力を失い…
亡くなる?
信じられない。
「あぁ。侯爵は二人が夫婦であった事を証明する書類全てを訂正させ、繋がりを完全に断った。本来なら裁判などしてかなり時間を要するところだが、そこは以前から目障りに思っていた側室の子であるラルフリード王子を幽閉する事が出来た王妃が口添えし裁判することなく二人の婚姻を無効とされた。それだけでは終わらずクリスティアナ様の柩をキャステン公爵の領地ではなくヨシュアルト侯爵家に移しニルヴァーナさんの柩と共に埋葬したよ。侯爵は二人の墓にキャステン公爵が近付くことを決して許さなかった。クリスティアナ様との関係を絶たれた事で公爵は数週間後に亡くなられた」
あの男はローレルの母親を愛している。
お母様との縁が断たれただけで亡くなるなんて…
理解できない。
「因みにだが、王宮に上がったローレル嬢は婚約者失格・兄のベネディクトも能力不足と指摘され側近から離脱となった事は王族が公表せずとも貴族社会に知れ渡り、キャステン公爵も亡くなったのでローレルとベネディクトだけでなく夫人も王国を追放され…その後の三人の行方は…誰も知らない」
「…そう…なんだ…」
彼らの結末が呆気ないというか、私が苦しめられた割にはあっさりな気がして脱力してしまった。




