離れたい
聞けばウェルトンリンブライド王国まで数週間掛かる。
馬車は少なくとも後三回は乗り換えが必要らしい。
隣町に入る毎に乗客か入れ替わり、長旅となるので乗客達は初対面でも楽しそうに会話している。
私が彼らの会話に交ざることはなかった。
初対面の人と話せるような私ではないし、顔を覚えられたくない。
一人静かに今日の出来事を振り返る。
卒業式を迎え過去とは違い卒業生代表として挨拶を行い、その後のパーティーでは制服で参加すると私宛に王子から贈られたドレスの存在を知る。
それをローレルが着用していた。
制服での参加で悪目立ちしてしまったが断罪されることはなく、それでも私は過去と同じように屋敷を出て今に至る。
その後のパーティーや公爵家の反応などは知る事は出来ないが、誰も私の存在なんて気にしていないだろうと予想できる。
振り返っていた『つまらない私の人生』は、暇な時間を潰せる程の内容はなく呆気なく終わってしまった…
乗り合い馬車の終点に到着し下車すると、空腹に襲われる。
自然と食べ物の香りに引き寄せられ、定食屋の前に佇んでいた。
「ちょっと、そこにいると邪魔だよ。中に入るか、どっかに行くかしておくれ」
威勢の良い女性に窘められ私はお店に入る決心。
お店がどういうシステムなのか分からず店内でも立ち尽くしてしまっていた。
「ほら、あそこの空いてる席に座んな」
私が困惑していると先程の女性が空席を指示。
女性が指した場所に座りこの次はどうするべきなのか周囲を見渡す。
お客さん達は聞いたこともない料理名を手を挙げながら叫んでいる。
同じようにするべきなんだが、私はどうしても彼らの注文の波に乗れず店員の女性に助けを求めようにも、忙しく厨房へと消えてしまう。
「あんた、食わないのか?」
落ち込んで下を向いていた私にいつの間にか先程の女性が隣にいた。
店内は騒がしく女性が側に来ていたことにも気が付かなかった。
「あっあの…初めてで…その…お…オススメを…お願いします」
「こっちで勝手に決めて良いのかい?」
「はい」
「あいよっ」
何を頼んだのか分からないが、女性は厨房に消えていく。
何が出されるのか分からないまま待ち続けると見たこともない料理が置かれる。
「うちの看板メニュー、美味しいよっ」
出された店主おすすめの食べ物は見たこともない料理だが、空腹の私にはそそられる香り。
一口食べるととてもおいしくフォークが止まらない。
卒業式を終えてパーティーに参加するため食事せずにいた。
ドレスを着る際綺麗に見せるためにウエストをきつく締め上げるので食事しないのが基本。
私はドレスを着なかったが、使用人が不在だった為何も食べていない。
パーティーでも会場にいるのが気まずく王子とダンスを終えると逃げるように去った。
それから屋敷に戻っても誰にも見つからないように行動したので食事をしたのは朝食ぶり。
賑やかな場所で他人を感じながらの食事に戸惑ってはいたが、食事の美味しさにそんなことなどすぐにわすれ夢中で食べる。
こんなにおいしい料理は生まれて初めてかもしれない。
美味しさに満足していたが、支払うのに困惑する。
こんな美味しい食事。
金貨一枚では足りないかもしれない。
手持ちで足りるのか恐る恐る金貨一枚を出した。
「あんた、こんな大金で払うなんて…」
そう言って店主は奥に消えるので私は店を出る準備をする。
「はい、お釣」
店主は『お釣り』と言って、何枚もの銀貨と銅貨を手渡す。
何故こんなにもお釣りと言われて渡されたのか分からなかった。
死に際の時に食べたパンよりも美味しいのに『お釣り』が渡されるなんて信じられない。
こんなに美味しいものがこんなに手軽に食べられるなんて…
場所が変われば貨幣価値も変わる。
やはり、ウェルトンリンブライド王国を目指して正解だ。
「あの……」
「なんだい?」
「この近くに宿はありますか?」
「宿なら……」
店主に宿を尋ねると二軒隣に安くて安心の宿があると紹介され向かった。
前払いで宿代を払うも、この町は全ての物が安く生活しやすい。
ここで暮らすのも良いかな? とは思ったが、王都に近い為あまり安心できない。
「もっと…離れないと…」