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もう、そろそろなんだけどな…

 あの人達からどんな光景を見せられても私の心が傷付く事はない。

 彼らに対しての興味もなくなれば、心も鈍感になっていく。

 優雅に一人で食事をしていると、次に起こる事を思い返していた。


「もう、そろそろ来そうなんだけどな……」


 のんびり過ごしていると、慌てた様子でマイヤがドレスを手にしながら数人の使用人を引き連れてやってきた。


「お嬢様っ、すぐにご準備をっ」


 私は状況を知っていたので、言われるがまま彼女達に従い抵抗せずに受け入れる。

 彼女達は急いで準備をしながら


「たった今、王族から招待状が届きパーティーが開催されるのでお嬢様も急いで準備を……」


 使用人は説明しながら、私の身支度を整える。

 過去の私は、王族が貴族を緊急に召集することはよく有ることなんだろうと受け入れた。

 状況に惑わされず冷静になれば、王族主催のパーティーの招待状が当日に届くことはない。

 どんなに遅くともパーティーであれば半年前には招待状が送られ、出欠席の返事を一ヶ月前にはしなければならないのは貴族の常識。

 パーティーの招待状を受け取ったことのない以前の私はそんな常識を知らず、使用人の言葉を信じた。

 急いで『用意された』というドレスは、初めて見る豪華なもの。

 部屋着のような簡素なドレスしか持っていなかった過去の私は


『わぁ、とっても素敵ね』


 素直に喜んでいたのを思い出す。

 少しサイズが大きいと感じていたドレスに対し、私の為に父が用意してくれたのものだと思い込み、喜んでいた過去。 

 同じドレスを見て、自分の愚かさを自嘲する。


「ドレスのサイズが不安ですので、少し背中で布を絞りその部分にはリボンを花のようにして目立たぬようにしましょう」


 マイヤの機転により私の体のサイズにあっていないドレスは目立たなくなる。

 過去、絵本のお姫様になった気分で鏡の前の自分をいつまでも眺めていたが、準備が整うと


「急いでください」


 急かされ馬車に促される。


「旦那様は先に出発しております。向こうでお待ちとのことです」


 マイヤと数人の使用人に見送られながら先に向かったという父と家族の待つ王宮へ。

 冷めた気持ちで外を眺めながら王宮へ向かう。

 あの頃は屋敷から出るのも父と一緒に出掛けられるのも全てが初めてで喜んでいた。

 誕生日でさえ私は一人。

 『おめでとう』もなければ贈り物も受け取ったこともない。

 そんな私に突然訪れた幸福に、夢ではないかと信じられないくらいだった。

 私だけの馬車も父が用意してくれたのかと思うと、激しく揺れる事さえ楽しくて仕方がないと感じていた。

 実際は整備の行き届いていない財源の乏しい貴族が乗るような馬車であるのを今なら分かる。

 愚かな自分は初めての王宮より、初めての父の贈り物の方が私の心を占めていたのを呆れてしまう。

 馬車が停車し扉をノックされたので施錠を解き扉が開くのを待った。

 過去の私はノックされた事で慌ててしまい、自ら扉を開け馬車の傍にいた人を驚かせた。


「お、お嬢様?」


 過去の失敗を思い出すも、私は決めていた計画の為にマナーなど気にせず差し出す御者の手を取らず一人馬車を降りた。

 到着すると招待客の多さで父だけでなく家族さえ探すのも一苦労。

 過去と同じ場所にいるのだろうが、別に発見できなければ遅刻して登場すれば良いだけ。

 人生二度目ともなると、かなり神経も図太くなる。

 あの時は初めての王宮、初めてのパーティーで私の遅刻のせいで父を困らせてしまうと思い必死に探していた。

 そして、周囲の視線を集めている箇所に気が付き引き寄せられるように進むと光輝く人達の姿に圧倒されながらも私の存在に気が付いてほしかった。


『ぉ…お父…様…』


 屋敷で父の姿を見付けて声を掛けても忙しい父は足を止めることなく私の視界から消えていくので、この時には父に声を掛けるのを躊躇うようになっていた。

 期待と不安の入り交じった感情で父を求めれば、私の言葉に反応を見せたのはお義母様とベネディクト、ローレル。

 肝心の父は私に見向きもしない。

 今思えばパーティー当日に王宮から招待されていることを私に知らせたのは、遅刻するように仕向け私の意志で何処かに存在を消すよう隠れていろ……という事だったのかもしれない。

 父の思惑とは違い私は間に合ってしまい、不服に思っていたのだろう。


 過去を振り返りながら一人順番を待ち続けた。

 今では、どうせ下位貴族から呼ばれるので時間が経てば嫌でもあの集団を発見してしまうだろう。

 少しでも一人でいたかった。

 半数の貴族が会場へ入ると、一角だけ優雅に待っている集団に気が付く。


「ニルヴァーナ様っ」


 私の方が先に気が付いていたが、声を掛けるのが嫌で隠れるわけではないが柱に寄り掛かっていたのをお義母様に発見されてしまった。

 お義母様の私を呼ぶ声でベネディクトとローレルも振り向くが、父はほんの少し首を動かし視線で私を確認すると再び父の視界から私が消えたのが分かる。


「待っていたのよ。さぁ、こちらに」


 お義母様がわざわざ私の側まで来て父の下へ促すので行くしかなかった。


「ニルヴァーナ様。良かった、間に合って。ドレスも……ローレルので問題ないみたいですね」


 お義母様は心配しながら私の全身を確認。

 内心では前妻の娘が自身の娘のお古を着用していることにほくそ笑んでいるのだろう。

 何も知らないローレルは母の後ろで自分のドレスが奪われたことを口を尖らせ不機嫌な様子を隠しもせず私を睨み続ける。

 その姿は過去も現在も変わらぬ反応。

 過去の私は、私の為に用意されたドレスではない真実を知り父を見上げる。

 私の視線は届く事なくショックを受けたのを思い出した。

 だが、今回は違う。


「申し訳ありません。私はパーティー用のドレスを一着も持っておりませんでしたのでローレル様の大切な一着をお借りしご迷惑をお掛け致しました」


 私はわざと大きな声で会場に入るための順番待ちをしている高位貴族に聞こえるよう謝罪した。

 周囲も、公爵家の娘がドレスも買えない内情に驚き興味を引かれている。


「なっ、大きな声を出すなっ」


 父は、私の発言が公爵家の信頼を陥れるものと判断し私を制す。


「……ニ……ニルヴァーナ様……あんまり我が儘はダメよ? 他のパーティーはともかく、王宮主催のパーティーも『行きたくない』だなんてお父様もお困りだったんだから」


 お義母様は予想外に注目されてしまい、周囲に非は私にあるかのように話す。

 私が一人遅れて登場したのは、私の我が儘が原因。

 私にパーティー用のドレスが無いことは『気に入るものがない』と変換され、一人遅刻したことは『パーティーに行きたくない』と駄々をこねた事にされた。

 それは父がお義母様に愚痴ったのか、彼女がでっち上げたのか、それとも使用人が新たな女主人に気に入られる為に私を陥れようと嘘を吐いたのかは分からない。

 だが、言えるのは私は今までパーティーに招待されていたことも知らないので『行きたくない』なんて言ったことはない。

 それを分かってもらおうと必死になっても拒絶されていた。


「それは誤解です。私にはドレスが無く……」


「いい加減にしろっ。お前は黙っていろ」


 しおらしく訂正しようとするも、父は私の言葉など端から聞く耳を持っていなかった。


「……公爵様、誤解です。私はパーティーやお茶会の招待状を頂いたことはありませんし、本日のパーティーもつい先ほど知り急いで準備して参りました」


「黙っていろと言ったはずだ」


 今まで父の顔色ばかり伺っていた私がお義母様だけでなく父にも反論するとは思っていなかったのか、父は分かりやすく苛立ってみえる。

 周囲も私達家族に注目。

 お義母様も、私を陥れるべく話題を変えたのに余計公爵家の醜態を曝してしまった結果に戸惑う。

 私が何を言うのか分からないと恐れ、お義母様は口を閉じ父も腕を組み苛立ちを言葉にしないよう我慢していた。

 お義母様が父から私が見えないように隠し、宥めている。

 今の私は彼らを冷ややかな気持ちで眺める。

 過去の私は、いつも俯いていたので知らなかった。

 二人を冷静に見ると、私が羨んでいた幸せな家族はお義母様による父のご機嫌とりにしか見えない。

 険悪な空気にさせた私をベネディクトとローレルは静かに気配を消しながらも私を睨むが私には効かない。


「あんた達なんて、どうでもいいわ」


 過去の私はこの日から自身の置かれた状況を目の当たりし、惨めな日々が始まった。

 この時も父は私の言葉に一切聞く耳を持たず、お義母様も旦那のご機嫌とりと共に私など存在しないように隠す。

 父が作り上げた険悪な空気をベネディクトとローレルは私がそうさせたんだと睨みつける。

 私は父を困らせるような我が儘なんて言った事はないし、パーティーに行きたくないなんて思ったこともない。

 誤解だと知ってほしいのに、誰も私の言葉を聞いてくれなかった。

 それが悲しくて、涙を堪えていた。

 どうしたら良いのか分からず、ずっと下を向いて静かにするしか出来なかった前回。

 入場すら、お義母様をエスコートする父とベネディクトとローレルが家族のように歩き私はまるでお付きの使用人のように存在を消していた。


 次々に貴族が呼ばれ、既に半数以上が入場。

 キャステン公爵家の番も近付く。

 お義母様をエスコートする父とベネディクトとローレルが並び、私は四人の後ろを歩く。

 既に会場入りした貴族により公爵家の入場には盛大な拍手が送られる。

 前回の私は会場入りする前の父の叱責に落ち込み涙を堪えている表情を見られないようにひっそり気付かれないよう会場に紛れ込んだ。

 だが、今回はあえて彼らとは距離を置き私に注目が行くように歩く。

 光輝く髪色の集団にパステルブルーの髪色の私が異色で注目されているのが分かる。

 多くの人の記憶に残すことが私の今日の目的。

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