卒業パーティー用のドレス
卒業まで半年を切り、パーティーに必要なドレスの注文時期となる。
優秀なデザイナーは争奪戦となるので、大体の貴族は一年前にデザイナーを予約し半年前にデザイン等を相談し始める。
半年の間に流行が変わるかもしれないし、他国の珍しい生地が手に入る可能性もある。
様々な事を考慮し、半年前にはデザイナーを確保しドレスのデザインを話し合う。
その時期よりも早すぎると奇抜なデザインは盗作される可能性もある。
盗作されたとしてもドレスを着替えさせられるのは爵位の低い者と決まっている。
高位貴族は様々なところに情報網を持っているので、ドレスのデザインを盗むこともあれば色味を合わせ難癖を付け相手に着替えさせることもある。
社交界では良くあることなので、目を付けられないように貴族達はドレスについて当日まで口にしないのが暗黙の了解だ。
「どうしてあの者にドレスを依頼できないの?」
事前に予約するというのを知らなかったローレルは屋敷中に聞こえるのではないかと思う程声を荒げ不満を口にしていた。
盗み聞きするわけではないが、窓を開けて空気の入れ替えをしていた所聞こえてきた。
「仕方ないわ、一年前から予約されていたらしいのよ」
「なら、どうして予約しておいてくれなかったの?」
公爵夫人に不満をぶつけるローレル。
「……半年前で間に合うと思ったのよ……」
「もうっ。相手は私が公爵家だと話したの?」
「えぇ。だけど、あのデザイナーに断られてしまったのよ」
「どうして? 公爵家の私を優先させるべきでしょっ」
本当にローレルの金切り声は別の階にいてもよく聞こえる。
「あのデザイナーは王妃様御用達でもあるから私達には難しいのよ」
貴族が相手であれば色々とやりようはあったかもしれないが、王妃様の後ろ楯があれば引き下がるしかない。
「あぁもうっ私が王子様の婚約者になれるかどうか大事な日なのに……」
そう考えるのはローレルだけではないだろう。
その為、例年より早くデザイナーの争奪戦が行われたに違いない。
そこに乗り遅れたのはローレルの判断ミス。
なのに、予約をし損ねた人が『公爵家の自分を優先しろ』と言うのは如何なものかと……
「大丈夫よ。ドレスに頼らなくてもローレルは可愛いんだもの安心しなさい」
夫人はローレルの報告を信じ、実際の学園でのローレルの評価や噂を知らないのでこのままでも充分王子の婚約者に選ばれると思っている。
ローレルもお母様に「本当は良くない噂が広まっている」と言えないので、もどかしい気持ちを使用人にぶつけ発散。
そんな日が続けばローレルの屋敷での評判も悪くなる一方だ。
「ローレル、ようやく見つかったの」
「本当? 良かった」
夫人はあれから何人かのデザイナーに連絡を取り、第四候補のデザイナーと契約する事に成功し本日デザインについての話し合いが行われる。
私には
「お仕事のお客様がいらっしゃるから騒がしくしないよう応接室には近寄らないこと」
私としてもドレスが欲しいと思ってはいないので、何も気付いていないフリをして部屋に閉じ籠っていた。
そして今日も階下のローレルの声は私の部屋まで響いてくる。
ローレルは不満を隠すことなく自身の要望を口にするが相手の返事はよく聞こえず。
正確に聞き取れた訳ではないが、ローレルの要望はというと
「私の為だけのドレスで、誰もか羨むような真新しく美しいドレスをお願い」
ドレスの依頼の仕方を知らない私でも、ローレルの注文は無理難題だと分かる。
このまま盗み聞きしているのは精神衛生上宜しくないと感じたのでそっと窓を閉めた。
そして、学園が休みの日には毎週のようにデザイナーが訪れ三人で打合せしている。
そこにローレルと共に卒業予定の私が呼ばれることはない。
「今回もまたローレルの引き立て役のようなドレスを着せられるのね……」
あのドレスからどう逃げきるべきか……