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あの日以降

 思い出す記憶全てが不愉快なもの。

 努力しても見向きもされず、否定される日々。

 最初から『お前が憎い』と言ってくれていたら無駄なことをしなかったのに。


「時間を返してほしい……だから、時間が巻き戻ったの?」


 これから過去と同じことが起きるとしたら……

 体調も完全とは言えない私に、追い討ちを掛ける出来事がやってくる。

 いつものように食堂へ行けば、誰の気配もなく一人での食事。

 気にすることなく食事を終え、部屋に戻り怪しまれないように以前の私の習慣を行う。

 確かこの時期は侍女に刺繍を習い、その後図書室で出来るだけ様々な分野の本に目を通し知識を入れ込んだ。

 いつか父が私を見てくれた時に


 『成長した』

 『優秀だな』


 褒めてもらえるのではないかと……

 こんなの、なんの意味もないのに……

 対価を払えば必ず報われると信じていた。


「……あっ」 


 あの出来事が起きるのはもうそろそろのはずと思い、外を眺めた。

 偶然にしては恐ろしいタイミング。

 邸の前で馬車が止まり、使用人が慌ただしく対応している。

 私の知る限り我が家にお客様が来るのは稀で、あのように使用人が出迎えたのはあの時だけ。


「マイヤ、お客様でも来ているの?」


「その様な事は聞いておりませんが、確認して参りましょうか?」


「あぁ……そこまでしなくても良いわ」


 経験上この後、使用人が訪れ『旦那様がお呼びです。今すぐ応接室に来るように、との事です』と現れるはず。

 記憶と同じことが起きるのか扉に視線を向けノックを待つ。


 コンコンコン


「はい」


 マイヤが対応するも、現れた使用人は慌てた様子を見せる。

 記憶と同じ使用人。


「……旦那様がお呼びです。今すぐ応接室に来るように、との事です」


 全く同じ。

 当時の私は使用人が発した言葉が頭の中で木霊していた。

 『旦那様がお呼びです』は、初めて聞く言葉。

 父に呼ばれたというのが信じられず、嬉しいという感情と困惑が入り交じり動揺していた。


「お嬢様っ」


「……はい」


 マイヤに呼ばれ使用人達の後を着いていく。

 今ではどんな内容の話か知っているので驚くことも衝撃を受けることもない。


 使用人が扉を開け今回は父の姿よりも、他三人の方が先に目に飛び込んでくる。

 三人も扉が開いたことで一斉に振り向き私を捉えた。

 父と似たような輝く金髪を持ち、吸い込まれそうな海を連想するようなダークブルーの瞳。


「……これも共に住んでいるが気にする必要はない」


 『これ』と言った瞬間の父と目があう。

 初めて聞いた時の私は、まさか私の事だと信じられずにいたが父の目が突き刺さり受け入れるしかなかった。


「初めまして。私の名前はミランダ、今日から貴方のお義母様よ」


「……お義母……様?」


 目の前の女性は私の目を見て『お義母様よ』と言う。

 父と二人だけの家族だった所に突然のお義母様と名乗る人物が加わり以前の私は『何? どういう事?』と疑問が頭を占めていた。

 意味が分からないという事ではなく、頭が理解するのを拒否している状態。


「ほら、貴方達も」


「……俺はベネディクト」


「……私は……ローレル」


 女性に促され私と同じくらいの男の子と女の子が名乗っていく。

 あの時は自分の事で精一杯だったが、今冷静に二人を観察するとベネディクトの方は緊張しつつも妹のために虚勢を張っているのが伺える。

 妹のローレルは兄の後ろに隠れながらか弱さを演じている。

 そして、この後名乗らない私に父が叱責する。


「……お前は名前も名乗れないのか?」


 以前の私は自身の失態と父の鋭い視線から『失敗して父に嫌われてしまった』と思っていた。


「……ニルヴァーナです」


 過去を思い出していたので、つい素っ気ない態度で返事をしてしまう。


「……ベネディクトはニルヴァーナ様の一つ上で、ローレルはニルヴァーナ様より数ヶ月誕生日が遅いけど同じ年齢なの。仲良くしてね」


 お義母様と名乗る人は膝を折り私と目線を合わせ、腹の内では何を考えているのか分からない笑みで私に優しく微笑む。

 この後私が何か返事をする前に父が……


「そんなモノと仲良くする必要はない」


 そうそう、この反応。

 父は私の事を見ようとせずソファへ座る。

 父が一人掛けのソファに座り、お義母様とベネディクトとローレルが三人掛けのソファに座る。

 普通であれば父の娘である私は彼らの対面にある誰も座っていない三人掛けのソファに座るものだが……


「話は終わりだ、お前は出……て……」


 バタン


 父の言葉を最後まで聞くことなく、私は部屋の扉を閉めていた。

 以前の私は父にこんな対応をされているのを周囲に知られるのが恥ずかしく急いで部屋を出たのだが、今回は父の言葉を聞く前に『部屋に居座るつもりはない』と態度で示した。

 過去は追い出されるように部屋を出たが、今回は自らの意思で出て行くことに成功した。

 せめてもの強がりは、部屋を出る時に『未練なんてありません』という精一杯の空威張りを見せるだけ。

 それでも相手に伝わったかは不明。

 私は心臓を激しくさせながら、やり切った自己満足で廊下を歩く。


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