会話
「ニルヴァーナさんは大丈夫ですか?」
「えっ? はい……」
誰かに心配されたのは初めて。
私は何を心配されているの?
「作品の破損は義妹とはいえ、王子の婚約者候補であるニルヴァーナさんも色々言われているんじゃないですか?」
その事を心配してくれていたのか……
「いえ、私のところには何も。それに私は婚約者候補を継続するつもりはありませんので、なんと噂されても構わないんです」
「……継続しないんですか?」
あっ、まだ公表されていないことなので軽々しく話してはいけなかったのかもしれない。
人との会話に慣れていないので、どこまで話して良いのか判断を誤ってしまった。
きっと、ルディルさんとの会話に浮かれてしまっているのだろう。
「あのっ、まだ公表されていないのでこの事は……」
「あぁ……はいっ、それは勿論」
「えっと……ルディルさんは学園を卒業後は官僚試験を受けるんですか?」
「いやっ俺はウェルトンリンブライド王国に……」
「ウェルトンリンブライド王国?」
ウェルトンリンブライド王国は芸術祭が開催された国。
我が国よりも広さも、国民の人数も桁違い。
過去に戦争した記憶もあるが、平和条約を結んでいる。
とはいえ、いつどうなるかは分からないので交流は盛んに行っている。
「はい。俺……の父がウェルトンリンブライド王国で商人していて戻るつもりです」
……戻る。
彼の言葉に少しだけショックを受けていた。
「そう……なんですね」
「……ニルヴァーナさんはウェルトンリンブライド王国に興味は有りますか?」
「興味ですか? 今まで考えたこと無かったです」
私の人生で他国というものは頭に無かった。
あの屋敷と学園、それに捨てられたあの場所だけが私の人生の全て。
「一度観光でもどうですか? 俺が案内しますよ?」
あの屋敷から……この国から逃げ出して隣国に……
なんの情報もない知らない場所は『怖い』という気持ちがある。
それでもルディルさんがいるなら……と期待してしまう。
彼の優しさに甘えて良いのだろうか?
『案内しますよ』は、社交辞令という可能性も……
本当にお願いして『あれは冗談ですよ』『本気にしてしまったんですか? 』と困らせたくない。
「……観光……」
「……強要はしません。何かから『逃げたい』『自由になりたい』と思ったら俺に言ってください。俺がニルヴァーナさんを案内する」
「あの……本当にいいんですか?」
「本当です」
こんなにも私に優しくしてくれる人、本当にいるの?
私はルディルさんの微笑みを信じていいの?
「きょ……興味あります」
「そうですか。ウェルトンリンブライドは……」
ルディルさんは私の知らない隣国の話を教えてくれとても楽しい時間を過ごした。
私達は同じクラスなのでその日から会話することも増えたが、何となく互いに人目を避けなるべく周囲に人がいない時以外は挨拶のみに終えている。
今の私に、学園へ通う楽しみが出来た。
「これ、俺が居候させてもらっているところです」
居候をさせてもらっているという方の連絡先を教えてくれた。
ルディルさんと挨拶さえ出来ない日だとしても彼の連絡先をお守りのように常に持ち歩き、もう見なくても覚えてしまうほど事ある毎に読み返していた。