王子視点
ニルヴァーナ・キャステンが相手だと思うと、普通が出来ない。
令嬢達が好むという人気のケーキも調べ、この日のためにかなり前から準備していた。
「令嬢はケーキが好きだと聞いた。喜んでもらえたら嬉しい」
「……ありがとうございます」
ケーキを前にしても令嬢は一切手を付けない。
それどころか紅茶にも触れない。
大抵、苦手であっても主催者である王族の私に勧められたとなれば口にするのが礼儀。
令嬢が最低限の礼儀知らずな無知とは思えない。
……まさか、過去に食べ物に何かされた経験があるのか?
そうに違いない。
「そんなに警戒しなくても紅茶やケーキに何も入っていない」
「……いえ、そのような心配はしていません」
「そうか」
安心させるように言葉にしたが、令嬢の反応はやはり過去に辛い経験があったのではないかと思わされる。
紅茶やケーキの手配は王族か雇った身元調査が行われ問題ないとされた使用人。
それでも不信感は拭えないのは、令嬢が複雑な立場で育ってきたからだろう。
本来毒味は使用人がするものだが、今回は私が先に紅茶を口にした。
私の行動に驚いたのか食い入るように見ている。
令嬢のそんな姿に笑みが溢れてしまう。
「試験での不正疑惑が晴れ、令嬢と同じクラスになることを期待していたが残念だ」
掲示板に張り出されていた試験結果が回収されるも、その後何の説明もなかったので学園長まで向かい確認した。
再試験で優秀な結果だったと聞いたので、同じクラスになると期待したが令嬢の希望により変更しないと……
諦めきれず、本人にもそれとなく話題にした。
「私のような人間がAクラスだなんて烏滸がましいです」
「そんな事はないっクラスは実力で……決まるもの……だ……本来は……」
「例外はあります……何事も」
以前私がどんな『例外』か? と知りもしないで尋ねたのを思い出す。
令嬢は常に理不尽さの中で育っていた。
Fクラスなのを受け入れたのは寛大で度量が大きいのではなく、既に学園や周囲の不当な扱いに諦めていたのだと今なら分かる。
「……私も知らなかった……令嬢の件があって現状を知った……」
王族が認定した学園でそのような不正が長年に渡り横行していた事に驚きと共に落胆した。
「光あれば影が出来るように、どこにでも犯罪は有ります」
達観したように語る令嬢に自身が何も知らないお子様だと思い知らされる。
「……なくならないと?」
令嬢との時間を浮かれたように待ち望み、令嬢の喜ぶ表情を見たくて準備したケーキ。
それを漸く口にしてくれたのに喜びはなかった。
令嬢に頼りになる男と見られたかったのに、情けない姿しか晒せていない。
残された私に出来ることは……
「令嬢は……今の立場を変えたいとは思わないのか? 令嬢の母は決して娼婦などでは……私と婚約すれば……」
自身の能力で令嬢を守ることが出来ないと察し、権力を使ってでも令嬢を守りたいと思い卑怯だと分かりながら『婚約』という言葉で令嬢を振り向かせたかった。
「お断りいたします。王子にはどう見えているのか存知じませんが、これは私の戦いなのです。お関わりにならないよう願います」
令嬢にハッキリと拒絶された事で浅はかな私の考えは令嬢に見透かされていた。
私は令嬢にとって『必要ない存在』ではなく『邪魔な存在』なのだと……
令嬢の力になりたいという気持ちが先走り、令嬢の意思を無視している事に気付いた。
これからは令嬢が困っている時、助けを求めている時に頼られる男になろう。