偶然が重なり…
私は屋敷に戻っても当然学園での事を公爵に報告することはない。
「お嬢様っ。今、執務室で……」
「どうしたの?」
帰って早々取り乱したローレルの姿を目撃した使用人が開け放たれた執務室の会話を聞いてしまい、私に報告に来た。
ローレルは学園で男子生徒に侮辱を受けたらしい。
「奥様を娼婦扱いされ、ローレル様自身も娼婦の娘とされ……その……」
急に使用人は言い淀む。
「どうしたの?」
「その……娼婦姉妹と侮辱されたと旦那様に訴えておりました」
使用人は報告はしたいが、私にも関わっていた事を気にして言葉を詰まらせてしまった。
「……そうなの。それでどうなった?」
「旦那様は抗議の手紙を送るそうです。侮辱した相手の家門が分かる者は抗議の手紙を書き、相手の家門が分からない者はその者の特徴とローレル様が被害を受けた日時と場所と事の詳細を書き記した手紙を学園に送り付けるそうです」
「……へぇ……そうなんだ……」
過去に私も同じことをされたが、あの男は何も動いてくれなかった。
愛する妻を死に追いやった娘なんかどうでもよく、新たに愛する人の娘の為にはそこまで動くのかと……
過去の私は悲しく思っていたが、今は何も感じなくなっていく。
数日後。
「今日はやたらと来客があるのね」
ローレルに暴言を吐いた令息と嫌みを言い放った令嬢達は学園に現れず、公爵家には頻繁に来客と贈り物が届く。
「ローレル嬢、今日も可愛らしいですね」
公爵が動いた事実が広まるとローレルのご機嫌とりが増えていき、付随して私も遠巻きにされ始めた。
私を呼び出した令嬢達はその後も学園には登校するものの噂を耳にする度に震え、私とは一切接触がないように振る舞っている。
今回の事もあり、一学年でキャステン家の姉妹を知らない生徒はいないほどに。
『娼婦の娘の姉』
『追放する妹』
『あの二人は、触るな危険姉妹』
私はFクラスの生徒の会話で噂については把握している。
ローレルの方はクラスで持て囃されて過ごしているので、義姉だけでなく自分にも悪い噂が存在しているというのを知らない。
周囲もローレルに悪評がある事を知られてしまえば、とばっちりで『追放』などされるのではないかと囁かれだし恐れるあまりローレルの耳に入らないようにクラス全員が徹底していた。
Dクラスは一見和やかに見えるも、誰もが神経をすり減らし疲弊し始めていた。
私の知っている過去とは似て非なる雰囲気を他人事のように眺めていた。
過去、問題を起こすのではないかと周囲に監視されていた私と違い、ローレルの周囲は沢山の人が集まり弾むような声で溢れていた。
今は光景は同じなのに、周囲に与える影響は全く違っていた。
「私には関係ないけどね。それより、もうすぐ試験かぁ」
ローレルのクラスの状況には興味はなく、私はもうすぐ始まる試験を意識していた。
あの頃はあの男に認めてもらおうと毎日必死に勉強していたのを思い出す。
今回は『なるようになれ、点数が悪くても今の私には関係ない』と開き直り、授業は真面目に受けるも特別に試験勉強はしていない。