呼び出し
「キャステン様、少し宜しいかしら?」
「……私……ですか?」
今回の人生で誰かに呼ばれる事は珍しく、自分が呼ばれたことに気が付かず無視してしまうところだった。
振り向けば挨拶もしたことのない令嬢が自信あり気な表情で待ち構えている。
私の記憶では過去でさえ彼女を知らない。
どの爵位の令嬢かは分からないが公爵令嬢の私を『キャステン令嬢』と爵位を付けずに呼ぶ彼女は快感に浸っているのが分かる。
「えぇ、そうです。一緒に来て頂けます?」
彼女の誘い方は『生粋の貴族の私と、爵位が高いだけの紛い物の貴方とは違うのよ』と言葉や態度から伝わる。
貴族令嬢の誘いを『面倒』と感じ、断りたいと思ったがそこは一度耐え『娼婦の娘』の私を演じる。
「……分かりました」
彼女は颯爽と歩きだし私がこのまま立ち去ることなど無いと思っているのか、一度も確認することなく歩き続ける。
行く先を推測するに、令嬢達がよく使用するサロンが目的地ではないかと。
生徒の使用は自由だが、暗黙の了解で貴族のみとなっている。
平等を謳う学園だが、そんな細かい所まで学園は関与せず『生徒の自主性を重んじている』という言葉で逃げている。
平民は貴族の言葉には逆らえず、貴族に呼ばれた時は自身の都合は後回しで優先しなければならない。
貴族も爵位の高い者には逆らえない。
だが、例外もある。
それは……妾の子供・当主に蔑ろにされている者・家族に必要とされていない者。
そんな人間は家族に助けを求められない。
そんな相手には『何をしても問題ない』と、貴族達は見下した態度で対応する。
令嬢もその一人だと分かる。
「こちらです」
到着したのは予想通り、令嬢達が権力を示すのに好むサロン。
過去の私は一度誘われたのだが都合が付かず断ってしまい、それから呼ばれることはなくなった。
その後、私の良からぬ噂が出回るようになり腫れ物のように扱われ、この部屋がどんな作りなのかどんな雰囲気なのかも知らない。
コンコンコン
「タリベルです。キャステン様をお連れいたしました」
部屋に誰がいるのか想像しながら、私を案内したのがタリベル令嬢だと知る。
タリベルという名は聞いたことはある。
確か子爵家であり、当主は芸術への関心が深く新人を発掘するので有名な方。
だが一年後には学園を去り誰の記憶にも残らない人物になる。
それは、優秀な人材を囲い込み贋作を作らせていたことが明るみに出たからだ。
貴族達へ売買される作品の中に自身の贋作が高値で取引されている事実に、贋作を作らされていた青年が良心の呵責に苛まれ絵画に本物にはないモノを描き加えていた。
作品を購入した貴族が別の鑑定士に確認を求めたところ贋作だと分かり調査され、タリベル子爵は犯罪者として牢に入り爵位も当然ながら没収され残された家族は平民に。
そんな未来が待ち受けているとは知らない彼女。