歪んでいく心
制服が届き着々と準備が整えられ学園の入学が近付く。
二度目の入学になんの期待もない。
ローレルは届いたばかりの制服を着用し、期待に満ちた面持ちで家族三人談話室にいる。
公爵は仕事の為、現在屋敷にはいない。
『私がラルフリード王子様の婚約者になります』
夫人と兄に宣言する姿は微笑ましく、控えている使用人も誇らしげ。
パーティーを途中退場した私には想像するしかないのだが……
「ローレルはいつの間にかラルフリード・オーガスクレメン第一王子を名前で呼べる程親密になったのだろう?」
私は一人呟く。
婚約者ならまだしも貴族令嬢が許可なく殿方の……
ましてや王子を名前で呼ぶ事は常識知らずとされる。
公爵令嬢になりまだ一年とはいえ、彼女達は元平民ではなく貴族であったのだから教養として知っているだろうに。
許可なく王子の名を呼んでいるとは思いたくない。
『えぇ、貴方こそ婚約者に相応しいわ』
娘を溺愛する母は私が考えている不敬について一切言及することなく、寧ろ喜ばしく思っている。
あれが親として正しい反応なのだろうか?
私はいつも一人で家族というものを知らない。
誰かに受け入れられた事もなければ認められた事もない。
『俺も、王子の側近に成れるように努力します』
妹につられ兄のベネディクトも希望を胸に宣言する。
未来を知っている私からすると、二人の願いは叶えられる。
王子の婚約者はローレルとなり、ベネディクトも王子の側近に選ばれ我が公爵家は磐石となる。
そんな素晴らしい彼らの家族構成には触れてはいけない真実があった……
それが私。
姿を見せず我が儘と噂される公爵令嬢に、突然現れたもう一人の公爵令嬢。
家柄だけをみれば二人が一番の有力候補なだけに、周囲は警戒し殺気だっていた。
一人でも王子の婚約者候補として厄介なのに二人となれば、誰もが候補者になり得る人物の不祥事を願っていた。
『あの方、義妹にとても酷い扱いをなさっていると聞いたわ』
ある時、私が義妹のローレルに酷い仕打ちをしているという噂が出回る。
何処から出た噂なのか過去の私に調べる術はなく、噂を収拾させる手腕もなく日々耐えるしかなかった。
私が何も出来ないでいた時、自身の婚約者候補として名前が上がっている二人の関係を王子自ら調査を開始し私達に近付いてきた。
「君が妹に嫌がらせをして、私と婚約すると吹聴している姉か? そのようなありもしない嘘を言いふらすのは迷惑だ」
何をどう調査されたのかは分からないが、結果は私がローレルを虐げ婚約者も私だと言いふらしていた事になっていた。
そして、卒業パーティーで公爵令嬢という立場を抹消され追放。
ローレルは王子の婚約者に収まったと風の噂で耳にした。
所謂、義姉の仕打ちに健気に耐える妹の構図で誰もが同情。
兄のベネディクトも妹を守る姿が称えられ、横暴な義妹から妹を守るためにも『王子の側近になるべきだ』と声が上がり望まれて王子の側近に。
二人は公爵家の誇りとなる。
「なんて素晴らしい話なのかしら……(皮肉)」
輝かしいキャステン公爵家の醜い不祥事は、二人の立場もあり箝口令とまではいかなくとも多くの者が口をつぐんだ。
その中には私の事を
『ニルヴァーナ様がローレル様に嫌がらせをしている姿を見たことはない』
擁護する人もいたが、そんな人達はその後肩身の狭い思いをし誰も私の名を口にすることはなくなったとか。
学園とはそんなところ。
真実は多数決で決まり、権力を持つ者が正義となる。
過去の私は否定しようと考えを倦ねいていたが、今の私は私の評価が下がるのを望んでいる。
私の評価が下がり、公爵家の評判が落ちれば落ちるほど……
愉快だ。