あの日…
「今思い返せば、王族主催のパーティーが私の社交界デビューだったのよね……」
あの日はバカみたいに喜んだのよね……
パーティーへの招待。
初めて見る豪華なドレス。
髪や化粧をされたのもあの日が初めて。
初めてずくしで胸が高鳴っていた。
ドレスが大きいのは父が用意してくれたからだと思い込み、パーティー会場は夢に見た王宮。
まるで絵本のお姫様になった気分で鏡の前の自分を眺めていた。
初めて乗る馬車の揺れさえ楽しんで……
「だけど私の幸せな時間はそこまでだったのよね」
一人遅刻して初めてみる沢山の人に驚き、こんな人混みで父に会えるのか不安でいた。
彷徨いながから漸く見つけた時、嬉しい気持ちと共に父の周囲には似た髪色の新たな家族がいて哀しみもあった。
「ぉ……お父……様……」
不安を掻き消すように、父に縋るも反応を示してはくれなかった。
代わりにあの女が私の心臓を抉るような真実を話す。
ドレスは義妹のお古で、私は我が儘娘として社交界に広まっていた事。
否定しようにもあの男がそれを許さなかった。
入場は公爵家として呼ばれるも私は一人で入場したようなものだった。
その後も存在を消し、ずっと下を向いて静かにするしか出来なかった。
パーティーを楽しむローレルを眺め、あの男とあの女は貴族と楽しげに会話をする姿に打ちのめされる。
そしてそんな私に追い討ちを掛けたのが、あいつ……
「お前、我が儘過ぎるんだよ」
「へっ?」
父ばかり目で追っていたので、隣にベネディクトが来ていたことに気が付かなかった。
「パーティーやお茶会に行きたくないとか、ドレスも気に入らねぇとか、馬車も俺達と一緒は嫌だとか、元男爵家の俺達はあんたにとって同じ貴族と思いたくねぇとか。母さんの事も娼婦のように近付いた下品な女って言ってんだろ? 母さんはそんな事しねぇよ。公爵夫人が亡くなったのを受け入れられないあんたが可哀想だからって……それなのになんだよお前。お前がそんなんだから皆に嫌われてんだろっ、少しは自覚しろよ」
ベネディクトの言葉はなんの事か理解できなかったが、否定しなきゃいけないと頭が警告していた。
「わ……私、パーティーに行きたくないなんて言ってない……ドレスも馬車もそんなこと知らない」
「……はぁ。義父さんが言ってた通り、お前嘘つきだな。まぁいいや、ローレルや母さんに何かしたらただじゃおかねぇからなっ」
彼は言うだけ言って去って行き、残された私は呆然としていた。
その後もベネディクトの言葉が頭から離れず、初めてのパーティーは最悪な思いででしかなかった。
彼には本当のことしか言っていないのに『嘘つき』と罵られ、それだけでなく彼は『父さんの言ったとおり』と口にしていた。
私はこの時初めて、父に『嘘つき』と思われていたのを知ったのだ。
「嘘つき……」
私はいつそんな事をしてしまったんだろう。
今までの人生で父との接点なんて数える程しかなく、その中で振る舞いには気を付けていたので嘘なんて吐いた事はない。
私はいつ『父の信頼』を裏切るようなことをしてしまったんだろうと自問自答するも、いくら記憶を辿っても思い当たることがなかった。
そもそも、父とまともに会話なんてしたことがないのに思い当たる節なんてありはしないんだ。
だけど、この時の私は『全部私が悪いんだ』と思っていた。
長い時間を考え事に費やしているとパーティーが終わりを迎えていた。
父や家族の姿を探すも、参加者皆が出口を目指すので見つけられず私も流れに任せ馬車乗り場まで辿り着く。
一組また一組と馬車に乗り込み帰っていく姿を眺めていた。
招待客の人数が減り探しやすくなるも、家族の姿を見付からないでいた。
「……令嬢、どうしました?」
声を掛けられ振り向くと、王宮の騎士数名が不思議そうに私を見つめていた。
「ぁっあの……家族が……見つからなくて」
迷子だと思われるのは恥ずかしいが、このような場合どうすれば良いのか分からず正直に応えた。
「見付からない? お名前を伺っても宜しいですか?」
「……ニ……ルヴァーナ・キャ……ステンです」
「キャステン公爵?」
「はぃ」
私が応えると騎士達は顔を見合わせる。
「キャステン公爵ならずいぶん前に家族と帰……られたよな?」
一人の騎士が記憶を辿りながらもう一人に確認すると、他の騎士も頷く。
騎士達も状況が掴めず困惑している様子に不安が募る。
「そうですか……」
「では、私が送りましょう」
騎士様に送らせたと知られたら父に嫌われてしまうと思い怖かった。
「そんな……」
「いえ、王族主催のパーティーに参加されたお客様に何かあっては困ります。我々はその為の騎士です」
騎士に押しきられる形で馬車に乗り込み屋敷に到着するまでの間、皆は一つの馬車で帰ったのかと考えていた。
四人は一つの馬車で帰り、私は一人取り残されてしまった。
もしかしたら、王宮に来る時も皆は同じ馬車で来ていたのだろうか?
私だけ一人……
来る時は私の準備が戸惑ってしまい、遅刻するわけにはいかないから別々になってしまったんだ。
何度も自分に言い聞かせ、心を守った。
本当はそんなわけないと気付いていた……
屋敷に到着すると、騎士に馬車の扉を開けられ手を差し出される。
「……手を……」
手の意味が分からず眺めていると、騎士の手の上に手を置くよう促されようやく『エスコート』の事だと理解した。
侍女に言葉で聞いていたが、実際にされたことはなく忘れていた。
「あっはい」
騎士の手に触れ馬車を降りていく。
「ありがとうございます」
頭を下げ送っていただいた事への感謝を伝え、騎士の見送りをする。
「いえ、当主にご挨拶したく存じます」
わざわざ私を送ってくださった騎士が父に挨拶したいと願うので、断るのも出来ず共に屋敷へと向かう。
扉を叩き執事が対応するのを眺めていたが、エントランス部分で父が現れるのを待った。
執事から詳細を聞かされ、現れた父は私を睨み付けながら叱責する。
「お前はどこまで人様に迷惑を掛ければ気が済むんだ」
私の常識を知らずが原因で、気付かぬうちに父に迷惑を掛けていたのではと反省し頭を下げた。
「す……すみません……」
やはり、王宮の騎士に送っていただく事はしてはいけなかった。
「いや、キャステン公爵。令嬢は家族が見付からないと探していた。何故娘を置いて先に帰られたのです?」
「恥ずかしながら娘は私が目を離した隙にいなくなってしまい……普段からパーティーに参加するのを嫌がる子で、今日も無理矢理参加させたので帰ったものと……王宮の騎士様に迷惑を掛けて申し訳ありません」
騎士は父の言葉を信じたのかは分からないが、私がキャステン公爵の娘であるのを確認し王宮へ戻っていった。
「……人様にまで迷惑を掛けやがって……」
それだけ言い残して父は去り、執事は私を気にするも何も語らず私は一人取り残された。
私は何処で何を間違えたんだろうと悩み、より一層部屋から出られなくなる日々。
全て、あの男の嘘だとは知らず……