ミランダ
ミランダ……元キャステン夫人
「…公爵夫人」
私からしたら公爵夫人は夢のまた夢。
男爵令嬢の次女として生まれ、周囲の令嬢達に蔑まれながらも貴族である事に誇りを持っていた。
二つ上の姉が婿を取り男爵家を継ぐので、私は婚約者を探さなければならず学園に入学し貴族令息を物色する。
お姉様は運が良く年の近い男爵家の次男と婚約が決定した。
私からすれば何が運が良いのか分からない。
「結局、男爵家としか繋がりがないじゃない。私はお姉様より可愛い顔をしている……子爵、いや伯爵とお近づきになれるはず」
綺麗に磨きを掛けながら学園を過ごすと、当然と言って良い程男子が私を取り合うように。
令嬢たちの嫉妬の視線を感じるのも心地いい。
目立つ私を爵位の高い令息まで気にするようになり、私の選び放題となり楽しむ毎日を過ごしていた。
だが、よく観察すると私に言い寄る彼らは次男や三男。
爵位を継ぐ者ではなかった。
「爵位のない彼らでは意味がない」
周囲を更に観察していると、婚約者と良好とは思えない伯爵家嫡男を発見。
「……彼にしよう」
見た目もよくて少し堅物だったけど、条件がよかった。
その日から私は彼を気にかけ優しく話してあげた。
婚約者ともまともに話せない男が私のようか可愛い子と話せて舞い上がらないわけがない。
彼を見付けては笑顔で話し掛けた。
彼の感情はよく分からないが拒絶されないのは、彼も私を受け入れている証拠。
現に私と彼の関係を噂する生徒が多数いる。
「これなら、婚約者と婚約を破棄して私と婚約するのも時間の問題ねっ」
卒業パーティー。
「どうして……」
彼は婚約者をエスコートしていた……
私と視線が合ったような気がしたが、視線は逸らされる。
あの時は私も幼く、どうして自分がパートナーでないのか後先考えず彼に責め寄る。
「ねぇ、私の事好きなんじゃないの? 婚約者と不仲で私と婚約って…」
「…君は誰だ?」
「へっ?」
「誰かと勘違いしていないか? 俺は君の事を知らない」
「知らないって…いつも一緒に…」
「あぁ、纏わりついていたのは君か…今後は迷惑だから止めてくれ」
そんなことを言われるとは想像しておらず、私だけでなく周囲も唖然としていた。
学園ではそんな素振り一度も見せなかったのに…
「どうして今頃言うの? だったら、私だって他の男に乗り換えてたわよ…」
私を置き去りにする男は無関心。
婚約者の方は勝ち誇った表情で通りすぎていく。
その後、無駄な時間を過ごしてしまったのを取り返すように令息に微笑み掛けるも、先程のやり取りを知らない者はいないので皆そそくさと離れていく。
卒業パーティー終了後。
誰とも婚約話がないまま屋敷に戻り、数日を過ごすとお父様から縁談を持ちかけられた。
「相手は何方っ?」
卒業パーティーは少々目立ちすぎてしまい、私に話掛けたそうに見つめられるも動けずにいた男性は沢山いた。
婚約はきっとその内の誰かだろう。
私の可愛さがあれば、あの程度何て事無いわっ。
「この方だ。言っておくが、お前に拒否権はない」
渡された釣書は愕然とする相手。
「お父様…この方って…」
次男でも三男でもなく、男爵家の当主ではあるが…既に五十を超えた男性。
夫人は何年も前に亡くなり子供も居ない。
悪い人ではないが…
私と年齢が違いすぎる。
「お前には勿体ない人だ。卒業パーティーでの失態が社交界で広まっているにも関わらずお前でも構わないと仰ってくださった方だ。つべこべ言わずに黙って嫁ぎなさい」
そこで私の卒業パーティーでの行動は、既に社交界で広まっている事を知る。
であれば、私が貴族で居る為には…
「…はぃ」
私は大人しく後妻として男爵夫人として嫁いだ。
あの日屋敷を出る時、お姉様は『幸せになりなさい』と言って私を見送った。
嫁いだ先の彼はとても優しい人で無理強いはしない。
子を成さなくとも追い出すことはしないと……
その代わり、愛人を仄めかされた。
その後私は無事男の子と女の子を出産。
何かに怯えることなく平穏を手に入れ毎日を過ごす。
徐々にお茶会などに呼ばれるように。
パーティーに参加する頃には私が卒業パーティーで犯した失態は忘れ去られ、他の方の失態で社交界は盛り上がっていた。
私の人生が穏やかになると別の問題が浮き上がった。
「あなた…大丈夫?」
三十も年上の夫は最近咳き込むようになった。
子供二人はまだ幼いというのに……
先の事を考える不安からくる心配だった。
夫に先立たれたどう生きれば良いの?
私が夫の代わりに働く?
そんな事出来ると思えない。
今まで男爵の仕事なんて見てきてないもの。
夫の様子を見ながら残された後の事を想像してしまう。
気分転換に町に出て今後の不安を振り払う為に歩くも、仕事斡旋所の前で立ち止まる。
使用人や料理人、庭師など必要な時に訪れるが、仕事を貰う側として訪れた事はない。
今後は…どうなるか分からない…
不安を隠しきれないまま一人でパーティーに参加している。
夫の具合は悪かったが相手が伯爵家と格上で更には既に出席の返事を出していた為に断れず私だけの参加となった。
あの頃とは違い社交というものを理解している。
相手を立て適度に謙遜しながら情報を入手。
私は男爵家なので出過ぎてはいけない。
それが苦しくなる時は一人空気を吸いにバルコニーに逃げ込む。
「キャステン公爵は今もお一人でしょ?クリスティアナ様が逝去されて随分経つのに…」
「今でも忘れられないのね…」
「学生の転がら二人は理想的な方達でしたものね」
「…だけど、新しい夫人を迎えられても良いのに…」
「子供もまだ幼いですものね」
「確か女の子…でしたよね?」
「えぇ、外に出さない程大切になさっているのでしょう」
夫人達の心配という名のプライベートに踏み込んだ会話が聞こえるも、それは私には有益な情報だった。
「キャステン公爵…」
そのパーティーの直後、夫が亡くなった。
葬儀や埋葬などをして目まぐるしい日が終わると一気に絶望が押し寄せる。
多少の遺産はあるも果たしてこれで足りるのかすら分からない。
これなら、誰かと結婚して…
「ぁっ…」
あの時の会話を思い出し、あの方の後妻に入ればと考えた。
集めた情報によると、あの方にはローレルと同じ年の令嬢がいる。
やはり女の子の事は女親が必要。私が優しくしてあげれば…
それからすぐに手紙を書く。
期待はしつつも、相手は公爵家で会ったこともない雲の上のような人。
殆ど無理だとは分かっていた。
「奥様、手紙が届きました」
誰からの?
公爵様?
それでもお断りの手紙だろうと期待しないように手紙を読み進める。
「えっ?一度お会い…したい?…これって…」
まさか後妻になれるのか?
期待するも、不快な手紙を送った事で不愉快だという抗議の手紙かもしれないと今なら冷静に考えられる。
不安のあまり衝動的にあのような手紙を書いてしまった事を反省する。
「一度直接話を……」
『公爵家に訪れるように』という内容の手紙だった。
「もしかしたら後妻にはなれなくとも多少の援助をしていただけたり?」
ありもしない事を想像する。
訪れたキャステン公爵家は、今まで住んでいた…いやお茶会などで呼ばれたことのあるどの屋敷よりも大きく圧倒される。
緊張しながら訪れた公爵家で私はそこでキャステン公爵に一度もお会いしていないことを知る。
男爵家と公爵家ではお茶会や呼ばれるパーティーも違いすぎる。
それに、相手は奥様を逝去されてから華やかな場からは遠ざかり王族主催のパーティーにのみ参加していると聞く。
公爵家当主とはどんな人物なのかも想像つかない。
学生の時に公爵令息を拝見したことはあるがそれは学生。
こちらも大人になったが貴族の頂点に君臨するような相手だと思うと緊張してしまう。
平民が貴族を前にして震えるように男爵夫人が公爵に顔を会わせると思うと呼吸さえままならない。
応接室へ案内され見たこともない公爵を想像する。
学園を卒業して直ぐに結婚した相手が五十過ぎの男だったので、今更素敵な人と再婚を~なんて相手に期待する年齢でもない。
今までのようにお金の心配のない生活さえ送る事ができれば多少は我慢するつもりだ。
「貴方が……公爵……」
だけど、初めて出会った公爵は私とそう変わらない年齢で私が生きてきた人生で一・二を争うとても美しい方だった。
学生の頃素敵な男性はいたが、今も素敵とは限らない。
きっと、思いでのままの方がいいと分かっている。
だけど、目の前の彼は学生の頃から変わらぬ美しさだったのだろう。
こんな人と再婚できたらと夢見てしまう。
「再婚の件だが…」
早い。
これは断られると直感する。
「子供がいると聞く」
「はいっ、ベネディクトとローレルです。二人共拙い部分はあります努力家で愛想もよく閣下のお嬢様とも仲良く出来るかと…」
「…それよりも男爵が逝去されてからまだ一ヶ月だと聞くが、喪に服すべき時だと失礼ながら思うが?」
「はぃ…夫の死を悲しみたいのですが、私には守るべき二人の子が居ます。あの子達も今後の不安を抱え、夫の死を悲しむ事さえ出来ずにいます」
「…今後の予定は決まっているのか?」
「いえ…まだですが…爵位は返上しようと考えております」
「なら、ここへ住むと良い」
「…それは…」
「条件はある」
「はっはいっ、なんでしょう」
「亡き妻の遺品は触るな、侮辱することも許さない。次に公爵夫人として最低限の品位は保つこと。ある程度の支出であれば私の許可なく判断して構わない。最後に私を煩わせず問題は起こさない事。この条件さえ守れるのであれば再婚は構わない」
「はいっ。守ります。子供達にも言い聞かせます」
再婚できるなら「どんな条件でも~」と意気込むも、好条件過ぎる。
本当に良いのだろうがと不安だったが、公爵家に移り住み分かった。
公爵様が実の娘を受け入れていないことを。
使用人からの話では公爵は逝去された奥様を今でも愛していらっしゃる分、死に追いやった娘を許せずにいるんだとか。
女の私から言わせれば、出産は命懸けなので死は覚悟の、子供に罪はない。
だけど、私は公爵が娘を恨んでいるのを慰めることはなかった。
その方が私には都合が良い。
本来であれば公爵の実の娘が婚約しその相手が公爵を継ぐのだが、公爵と不仲であれば私の息子のベネディクトが公爵を継ぐ可能性がある。
公爵とニルヴァーナの仲が良好であれば、ベネディクトにニルヴァーナを口説けと焚き付けただろうがそんなことしなくてもベネディクトの方が公爵を継ぐ可能性が高い。
「ニルヴァーナさん、貴方も一緒にどう?」
私は優しい母親の演技をする。
私がニルヴァーナに優しくすればするほど、公爵は冷酷な態度を見せる。
分かっていて、私はニルヴァーナに話しかけていた。
公爵は約束通り、私達家族を招き入れてから最低限の家族を演じるが愛されている実感はなかった。
私にはそれで充分だった。
男爵夫人であった頃よりも贅沢が許され充実している。
パーティーやお茶会でも「公爵夫人」と扱われ過去私を貶していた人間達が私のご機嫌とりになったのが気持ちいい。
今までのようにへりくだることも顔色を伺う事もなく、この幸せに浸っていた。
男爵家の次女として生まれ、不当と感じる事が多い人生だった。
それが漸く報われ、この幸せは一生続くものと思っていた…
「今すぐ、出て行け」
だが、終わりは呆気ない。
王子との仲を良好と話すローレルを信じて疑わなかった。
運良く公爵夫人になれた事で、ローレルもまた私のように幸せを掴み取ったのだと浮かれていた。
「壊れるのは一瞬ね…」
テーブルに置かれた抗議の手紙や王族の印が押された調査報告書。
言い逃れが出来ない程の量。
既に離婚証明書が用意され、サインを求められた。
拒否した所でもうあの方の瞳に私は映っていない。
ごねた所で時間の無駄だというのは人生で学んだ。
長い時間一緒にいて私が公爵を「愛した」ように公爵も私に絆されたと思っていた。
実の娘には辛く当たるのに私の娘や息子の我が儘には全て対応してくれ「愛されている」と勘違いした。
それはただ単に私達家族に興味がなく、公爵家の財力では私達の我が儘など取るに足らない微々たる物だったのだろう。
あの方は私達家族を受け入れてはいなかった。
「あの方にとって家族は亡きクリスティアナ様と…結局あの子だけだったってことね……」
私達はあの子への当て付けの為の存在で、あの子が居なくなってしまえば価値がない存在だった。
公爵に捨てられ私達に行く宛などなく、婿を取った姉を頼るもローレルの件は知れ渡っているので数日の滞在のみ許された。
「数日だけよ。必ず出て行って頂戴ね」
長期滞在は許されなかった。
私達は当然、客扱い。
私達の子供と姉の子供は「一切接触するな」と厳重な警戒体勢。
王族の贈り物を窃盗したという噂は卒業パーティーに参加していなかった者にまで広まり、私達に罰は下らなかったが後ろ指を指されている。
数日とはいえ身内の男爵家に滞在しているのは王族も把握していてお目こぼしを頂いているが、貴族に復帰しようと画策していると疑われれば即刻王家から何らかの処罰が下るだろう。
それは私達家族だけじゃなく手助け・匿ったとされる男爵家にも被害が及ぼす。
そうならない為には、私達は数日で男爵家だけでなく国を出るしかなかった…




