満足
私は一人。
来た時同様の揺れの激しい馬車に乗り屋敷を目指していた。
「……はぁ、疲れた」
疲れを口にするも本番はこれからだというのを分かっている。
この後、父はどんな対応をするのか。
きっと酷く罵られるに違いない。
それだけでは飽きたらず暴力を振るわれる……までは行かずとも食事抜きや離れに閉じ込められるなどは考えられる。
屋敷に到着すると私は先手必勝とばかりに、ドレスを脱ぎお風呂も済ませ寝ることにした。
過去の私では考えられないような大胆なことをしたので興奮して眠れないかと思ったが、神経も図太くなったのかすぐに眠ってしまった。
ドカドカドカ……バタン
「貴様っ…起きろっ…」
「ん゛っ……んんん……」
勢いよく布団を捲られ乱暴に起こされる。
「起きろっ」
「んっん……何です? もう朝ですか?」
寝ぼけたように起き上がるも、本当は扉が勢いよく開かれた時には確りと脳が覚醒していた。
「ふざけるなっ、なんであんな事を言った?」
「公爵様……あんな事って何ですか?」
「クリスティアナを娼婦呼ばわりした事だっ」
わざと分からないフリをして聞けば、男は更に苛立ちを増す。
その姿を見て笑いそうになるも、表情に出さないよう努める。
「……それは……事実じゃないですか?」
「そんな事実ありはしないっ」
「そうですか? そのような噂、私の耳には届いていますけどね」
正確には、今はまだ無いが過去の今日のパーティーで新しい家族と私の対応の差を目の当たりにした貴族達は私を『不貞の子』と陰で呼んでいた。
そして、それは他家の使用人から公爵家の使用人の耳にも入り次第に私の耳にも届くようになる。
きっと今回の今頃も、どの貴族も私の事を前妻が不義理を働いて出来た子と噂している頃だろう。
「誰だっそんな事を言ったのはっ」
「騎士や使用人に、おかぁ……」
「なにっ」
お義母様と呼ぶ前に激怒した父に遮られてしまった。
前妻を『娼婦』だと妻も口にしていたと信じたくなかったのか、それとも感情が先走り遮ってしまったのかは分からない。
私は嘘を発言したわけではない。
今はまだ口にしていないだけで、過去の人生で私にそんな話を持ち出した人間の顔を思い出しながら口にしたに過ぎない。
普段、父は私の言葉など一切耳を貸さないのにこういう時だけは確りと信じるのが不思議。
「お前付きの使用人か?」
私の言葉で公爵は周囲にいた使用人を睨み付け犯人捜しをすれば、皆が震えながら首を振る。
「私の側にいる使用人はそのような発言はしませんよ」
「……なら……」
「……もう良いですか? 眠いんで」
「……お前、今後あのような発言はするなよ」
「どうしてです?」
「当たり前の事だっ。家族を陥れる発言をする人間がいるかっ」
「家族? 私は私の家族の真実を口にしましたが、それを何故公爵様が激怒なさるんですか?」
「私の妻だからだ」
「公爵様の妻はミランダ様ですよね? 間違っていらっしゃいますよ?」
「私の妻はクリスティアナだ」
「……過去にそうだったかもしれませんが、今の妻はミランダ様なのですからミランダ様だけを見るべきですよ?」
「煩いっお前には関係ない。いいか、今後あのような発言は二度とするな」
男は勢いよく扉を閉めて出ていく。
あの人は過去と今回を合わせても、私の部屋に入ったのが今日が初めてだと気付いただろうか?
それに、こんなに長く会話したのも……
あの男を充分怒らせる事が出来たので、私は満足して再び眠る。