不要とされた…
遅れて到着した学園卒業パーティー。
そこで突然、私でさえ知らない私の罪を公表された。
「身に……覚えがありません」
恐怖から心臓を庇うよう胸の前で手を組む。
無実を弱弱しく否定するも、周囲の視線は鋭く信じてもらえる雰囲気ではなかった。
「義姉からの嫌がらせに日々涙ながらに耐えているローレルの姿を、僕は何度も見掛けている」
学園在学中、婚約者候補として対面した事のある王子により始まった私への断罪。
「わ……私は……」
「証拠がある」
否定の言葉を口にする前に、証拠や証人をあげられていく。
「ちがっ……」
どれ一つ身に覚えがなく、震える声で否定するも誰にも届かない……
相手が王子だからだけではない。
証人が次々に証言し、周囲の生徒も
『私も見たわ』
『私も聞いたことがあります』
同意していく。
私はその状況が恐ろしくなり、卒業パーティーから逃げるように公爵家へと帰った。
「私……そんな事してない……」
震えながら何が起きたのか頭の中を整理するも、彼らの突き刺すような視線ばかりを思い出してしまう。
バンッ
「ひゃっ」
勢いよく扉が開く音に驚く。
大きな音を立てて入室する人を私は知らない。
普段、私の部屋を訪れるのは私の世話を任されている使用人だけ。
その使用人も、食事の準備の報告以外で私の部屋を訪れる事は無い。
私の部屋を訪れた相手を確認すると、公爵家の騎士。
彼は私の姿を捉えると、部屋の中まで入り私の腕を掴み強引に歩かせる。
「おらっ、ちゃんと歩け」
何が何だが分からないまま、強引に屋敷の外へ連れ出される。
その先には殺気だった表情の父の姿があり、私は瞬時に理解した。
「お前はどこまでも我が家の恥だ……」
父は卒業パーティーでの私の醜態を知り、怒りが収まらない様子。
「聞いてください、お父様……」
弁明さえ許されず、騎士によって荷馬車に押し込められる。
どのくらい走ったのか分からないが、王都から遠く離れた町に捨てられた。
「二度と姿を見せるな」
騎士に捨てられた。
それからの私の人生は過酷で、食事を手に入れる方法も寒さを凌ぐ手段も分からず町を行く宛もなく彷徨う。
ここは、他者を出し抜き蹴落としあい『騙される方が悪い』という考え方の町。
私は宿屋の店主に言われるがまま金貨一枚で硬いパンを手に入れた。
「飲み水は近くを流れる川を利用するんだよ」
何も知らない私は『なんて心優しい人なんだ』と疑わず、店主を信じた。
教えられた通り川の水を飲み、硬いパンで腹を満たす。
どんなに冷遇されていた貴族時代でもこれほどまでに硬いパンは初めてで、腹が満たされる前に顎が疲れを感じ食べきるのを諦めた。
こんな扱いを受けても『死にたくない』と思い、パンを食べる自分に呆れる。
「……ひっく……ひっく」
涙が溢れてくる。
見知らぬ町に捨てられた私がパンを買えたのは、屋敷を出る際に金貨を持ち出したからではない。
最初で最後の……父からの贈り物だった。
屋敷を追い出されたあの時、貴族が乗る馬車ではなく荷馬車が用意され騎士に引きずられていく。
助けを求めるように振り返れば、父と目が合った。
「……お前は最後まで不要だった」
久しぶりに向けられた父から私への言葉。
気付きたくなかったが、薄々感じていた。
いくら努力しても認められず、どうしてなのか悩む日々。
行きつく答えはいつも一緒で、必死にその言葉を頭から掻き消していた。
最後の父は私を憎しみの籠った目で睨み付け、ハッキリと『不要』と吐き捨てた。
視界の隅では、新しい家族が軽蔑するような目で私を見届けている。
「……いたっ」
父からあの家族に視線を移したところだったので、突然の顔への衝撃に地面に倒れていた。
何が起きたのかを確認すれば、小さな袋が地面に落ちている。
「いいか、それを持って消えろ。二度と私の前に姿を見せるなっ」
顔の痛みより父の言葉が胸に突き刺さり、私を動けなくさせた。
袋を拾わない私の代わりに、騎士が拾い上げる。
そして騎士は引き摺るよう乱暴に荷馬車へ私を押し込め、自身も乗り込み出発の合図を送る。
「おらっ公爵様に感謝しろっ」
騎士は先程拾った袋を私の膝元に投げ付ける。
袋を手にし中を確認すると数枚の金貨があった。
私はあの時、金貨の入った袋を父に投げつけられた事を知る。
これからどうなるのかも想像できず不安の中、命綱のような金貨の入った袋を握り締めていた。
ガタガタッ……ガタン……
とても揺れる馬車でどのくらい走ったのかも分からないが、泣く気力も眠ることも出来ずにいた。
夜が明けても走り続け、漸く到着した場所は今までの人生で見たことのない景色の場所。
今にも崩れそうな建物に、鼻を突くような匂い。
見掛ける人々は痩せ細り虚ろな瞳からは生気を感じられず、まるで幽霊のよう。
「おいっ、降りろ……たくっ、手間かけさせんなっ」
目撃した光景が恐ろしく、動けずにいる私を騎士は荷馬車に乗り込んだ時と同じよう強引に引きずり降ろす。
バランスを崩した私が倒れ込んでも、騎士に紳士的な仕草はなく威圧的に睨まれ見下される。
「お前ほど虫酸が走る貴族を見たことがない。二度とあの方達の所に戻ってくるな。いいか、二度と姿を見せるな」
騎士の彼は私の護衛ではなく、途中で逃げ出さないよう私の監視を任命されていた。
名誉ある公爵家の騎士として雇われたにも拘わらず、不名誉な仕事を押し付けられ苛立ちを隠す様子のない彼。
今まで会話もしたこともなければ会ったのかも曖昧な人にまで私は恨まれ嫌われていた。
「……出してくれ」
公爵の指示である、私を『遠くに捨てる』という任務を終えた彼は振り返ることなく早々に荷馬車に乗り込み去って行く。
置き去りにされた私はどうすれば良いのかも分からず宛もなく歩く。
初めての場所に恐怖を覚え、人目の少ない場所を探し歩き続ける。
町から離れ今にも壊れそうな小屋を見つけたので、人の気配が無いことを確認し隠れるよう中に入った。
小屋の隅で誰にも見つからないように身を潜めると、少しだけ気が休まり意識が途切れた。
「んんっ……」
再び目を開ければ、あの出来事は夢ではなく現実だと思い知らされる。
動く気にもなれず、私が潜り込んだ小屋を眺めていた。
至るところに穴が開いていてクモの巣が張り、姿は見えないがネズミの鳴き声もする。
普段なら『汚い』『恐ろしい』という感情が生まれただろうが、今はそんな感情すらない。
夜が明けて、たった一日で汚れた服は町に馴染んでいたが新参者は周囲に警戒された。
誰に助けを求めれば良いのか分からず、目についた宿に逃げ込む。
「あの……何か食べ物を……」
食べ物が欲しいことを店主に話すと、私を心配してくれパンと金貨を交換してくれた。
「……本当なら金貨五枚だが、嬢ちゃんには一枚で売ってやらぁ」
「良いんですか?」
「あぁ、ここら辺は危ないから気ぃ付けな。金を奪う奴もいるから、パンが欲しけりゃ俺んとこに来い」
「ありがとうございます」
見ず知らずの私にも優しい店主。
「それと、飲み水は店出て右に曲がって左側に脇道がある。その先に川がある。皆、その川の水を家まで汲んで使ってる」
「そうなんですね。教えてくださりありがとうございます」
持っていた金貨で食料を買い、心優しい店主が教えてくれた通り行くと川を発見し水を飲んで一日を乗り切る。
何も知らず、私は店主の言葉を信じ硬いパン一つと金貨一枚を交換し小屋に戻る。
「食べ物を分けて頂けませんか? 私、働きますから……」
父から貰った金貨もこのままでは尽きると感じ仕事を探す。
「仕事? うちにはない。他を当たれ」
この町には仕事という仕事もなく、歩き回った分余計空腹を感じるだけだった。
次第に仕事を探すのを諦め、小屋に閉じ籠るようになった。
そんな日が続くと慣れない環境で体調を崩したのか、咳が止まらなくなり熱も高いように感じ足元が覚束ない。
次第に咳をすることが多くなり、血が混じりだす。
感覚が鈍くなり立ち上がることも出来なくなると『死』を考えるようになった。
このまま目を閉じれは死ねるのでは? と期待して瞼を閉じる。
「もう苦しみたくない、早く死にたい……誰か……私を……殺して……」