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9話 透視、アキラ、迷い人


壁を越えてオフィスの外の廊下が見える。さらに壁をこえてシャワー室の中までも。


「……もっと遠くは? 」


いきなり視界が吹っ飛んで坂の上あたりのアスファルト、視線をあげると信号がドアップで目に映る。……だめだ、遠いほど制御が難しくなる。平衡感覚がおかしくなり目が回りそうになって具合が悪くなった。まるで船酔いにかかったみたいだった。気持ち悪い。あまり遠くは見ないようにするか……


少し休んでからもう一度透視のサングラスを試す。ハンバーガー屋の半地下のフロアの方に目をやって透視を試みるとやはり出来た。フロアにはあの老婆がいてちらちらと扉を見ては近づき、また席に戻っていく。


「……まだいたのか」


なぜそこまでこの空間に入りたいんだ?

何かおぞましいものを老婆から感じていた。最初からこの老婆には関わりたくないと思った、なぜかはうまく説明できない。ただこの老婆と関わらなければならない時は自身の芯から拒絶したくなるような感情が湧き立つのだ。


ドアを開けないように注意したり立ち去らせる時も居心地の悪く、正直目の見える範囲にすらいて欲しくなかった。顔を顰めながら廊下から外へ出ていく。


扉を開けると老婆がパッと顔をあげてこちらをチラチラとみてくる。なんとなく話しかけてここに入るためのきっかけを掴もうとしているような気がした。老婆には近づかずにさっさと店を出る。


こちらから接触する理由もないしさっさとどこかへ行こう。



__長い坂の町、2日目の朝



店の外のアーケードを抜けると快晴、澄み切った空気の濃い青空。ひんやりとした空気が顔や手のひらを通り過ぎていき心地良い。


駅前、ハンバーガー屋は坂の下の方。

さらに進んでみるとトンネルと高架橋。トンネルは50mほど続き向こう側は眩い光が差し込んできていて見えない。出口に近づくと聞き慣れた雨の音。



**



トンネルの向こうは雨の海だった。


いつの間にか手に持っていた蝙蝠傘を差して進んだ。道路は崖へと続く狭い車道、行き止まりの駐車場とロータリー。工事中の建物と雑木林に野山。


雨の中、土の歩道で崖を途中まで降りていける階段を進む。

しばらく雨の海を眺めていた。どのくらい経ったのかはわからない、ただ長いこと見つめていた。ひどく心が落ち着く眺めだった。ここが自分の家なんだと感じているように。


来た道を戻り、駅中のトイレに入り用をたす。

小便が出る前に隣にきて同じく用を足し始めた男がやたら自分の逸物を覗き込もうとしてきて不快になり、ジッパーを上げて個室に入る。座って用を足していると個室の仕切りに何かぶつかった音。


横を見ると仕切りの上に気配。

先ほどの男が興味深そうにこちらを覗き込んでいた。

中背中肉の少しガタイの良いアジア人だった。


不運を呪う、まだ小便が出ている最中だった。


「……」


小便を出し終わるまでこいつと会話する気はなかった。今は嫌でもトイレに集中する。


そろそろ出し終わる、という時に男が話しかけてきた。


「へぇ、あんた立派なもんだけど見られたくないんだ?」

「ぶち殺すぞ、お前誰だ」


「いやぁ、お構いなく。おたく随分男前だしモテるでしょ?」

「何をいっている」


「女に困ることないでしょ? 俺も女好きだからモテそうな男には興味あるんだ。研究っていうの?」」

「……俺に近寄るな、話しかけるな、覗き込むな」


立ち上がって逸物をしまう。


「フゥン、まぁまぁじゃん」

「ぶちのめすぞ、お前。失せろ」


それだけいって個室から出て、この変態のゲイかバイらしき不審者をぶちのめすか、放っておくか考えながら手を洗っている最中にふと疑問に思った。この街の住人は俺をほとんどまともに認識しない、会話すらままならないが、こいつはしている? 同時にハリーの言っていたことを思い出してあることに気づく。


が、考え事を始める前に先ほどの男がやってきて握手しようとするように手を挙げる。


「近寄るんじゃない、手を洗え」

「そんなのいいじゃん、硬いこと言いっこなし!」


汚い手で触ろうとしてきたので、腕を掴み捻りあげる。「痛い!痛い! ごめんって!」今度はふざけずに多少真剣そうな雰囲気で焦って謝る男。



「触るな、俺の質問に答えろ、お前ここの住人か?」

「わかったって! ……そうだよ、なんで?」


「なぜ俺のことに興味を持った」

「それは言ったじゃん…… モテそうな男は研究対象だって……」


「他の連中はなぜ意識が希薄なんだ?」

「……え? 考えたことなかった……」


「名前は?」

「アキラ…… アキラ・ザ・スペード」


「……お前ふざけてるのか? 本名を名乗れ。お前は既に俺の中で不審者のフォルダに入っているからぶちのめされる一歩手前だってことを理解しろよ?」

「またまたぁ、ふざけてなんかないってぇー」


首根っこを掴むと、ふざけてないって! その名前が浮かぶんだよ! と答える。変態が何言ってやがる、と思った。



「この街からの出方は?」

「え、知らないけど…」


「坂の上には何がある?」

「ええと学校だよ。いいとこのお嬢達が通う学校……」


「女子校か?」

「あ、共学だっけな、ごめん忘れちゃった……」


「……他には?」

「ええと、眼医者かな、そのクリニックと… あれ耳鼻科だったかもしれない。あとは… ガスステーションと… 忘れちゃった」


「その向こうには?」

「ええとわかんない……」



アキラは薄気味悪い変質者ではあったが、ほとんど有用な情報は持っていないかった。2度とトイレで不審な真似をするなよ、と言って解放した。最後はなぜかわかったよ、アニキ。となぜか兄貴扱いしてきたが、こんなやつにかまってられない。


公衆トイレを出て自分で坂の上に歩き出す。横を見ると雨の海だった。トンネルを抜けると雨が止むことを期待したが降ったままだった。


駅前を通り過ぎる、途中でまた下宿と化している店とは別のハンバーガー屋を見た。直感的にここは別の店だと感じ取れる。それが当たり前なのだが。


何か違和感を感じた。駅前はもう通り過ぎた気がするが……

まぁいい。


さらに進むと眼科のクリニック。向かいには大きな格式高そうな学校校舎。前に過ごした日本風の校舎じゃない、ハリーポッターに出てきてもおかしくないような校舎だった。


その私立高校の手前にアジトのハンバーガー屋があった。最初に那由多に連れてこられた店だ。立地が違う…… 確か駅前にあったんだ、ここは。店内に入るとやはり最初の店。関係者以外立ち入り禁止の張り紙のドアがない。正確にはあるが、あの張り紙じゃない。


扉を開けようとすると、店員が咳をわざとらしくして暗に「やめとけ、お前」という感じを出してくる。

ハリーのサングラスの透視で扉の奥を見るとあの廊下やオフィスには続いていなかった。


ちょっと待て。

昨日は駅前の店から出て坂を下って、そうして駅前のハンバーガー屋に着いたんだ。同じ駅の…… さっきもだ。おかしなことが起きている。アキラとは便所は駅中の便所に入って、その時に出会った。しかし出たあとは駅前じゃなくもう一度雨の海付近の崖近の公衆便所から出てとトンネルを再度通ってきていた……


目が回りそうな、なんとも言えない気分になる。この坂の街を堂々巡りしているのでは? 自分が認識しているよりもずっと小さな世界で鳥籠の迷路に入れられたような、世界で自分だけが囚われの身になったような感覚になった。


眩暈を覚えながら店を出て坂上に上がっていく。坂を上り切って一本道を200mほど進むと交差点。交差点をまっすぐに進むと狭い路地。両脇の壁にグラフィティがずーと描かれている。片側がレンガ調の外壁でもう片側がトタン外壁。


雨の中傘を差しながら30mほどそれが続いて路地を出ると崖の上に出た。


雨の海……


先ほど見たはずのトンネルがある。

坂の下のトンネルだったはず。トンネルから出るといつの間にか坂の上の方の学校校舎付近を歩いていた。


「……意味がわからないが、なるほどという感じだ」



あの時の保健室が場所を移動した、ハンバーガー屋の場所が変わったとか、それだけではない。自分の居場所までが不安定なのだ。


ハリーの言っていた意味がようやく実感として現れ始めた。


「これは確かに迷い人だ……」






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