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8話 長い坂の街



はぁ… ため息しかない。


「ここを拠点としたところで一体何するんだよ、ここで…」


チッ、ハンバーガーを食べる気にもならない。そもそも腹など減ってない…… 独りごちながら廊下を戻ろうとすると、白髪の老婆が関係者以外のドアを半ばまで開けてこちらを覗いていた。


目が合うと__


「あらぁ! スイマセン!」


扉が閉められる。

扉の前に立つとノックを何度かしてきて扉越しに話しかけてくる。


「スイマセン、スイマセン! トイレを探していたのよぉ」


答えずにいると、また扉が空いた。恐る恐るというような速度で開いていき俺を出目金のような目の老女が見つけて「あらぁ! ごめんなさい! スイマセン、スイマセン!」


また扉が閉まる。


「私ったらドジだからぁ!」


気持ち悪い。なんだこいつは…… この空間に入り込みたいのか?


その後、数分扉越しに気配を感じ続けて今度はこちらから扉を開ける。


ガチャ…


扉の前には老女。

出目金のような目は少し外側に向いていて俺の腹あたりを見ながらあたふたしていた。


「どいてくれ、それとこの扉の前にいるんじゃない……」

「で、でも、でもぉ……」


「……関係者じゃないだろう」

「で、でも、でも…… あなたもでしょぉ?」


一瞬、ぎくりとする。


「とにかく、行くんだ」


去るように告げると老婆は恨めしそうにこちらを見ながら店を出ていく。


あなたもでしょ、と言われたのが気になった。俺のことを知っている? 何か他の客や店員とは違うようによりきちんと認識しているのか? 薄気味悪い婆さんだが、もっと質問した方が良かったかも知れない。それに那由多は何処いった?


店を出ると、いつの間にか陽が落ちていた。

人通りは少なく、大通りには路面電車が走っている。ポケットを探ると、いつの間にか財布が入っている。近くの店でカードが使えるか試しに缶ジュースを購入。普通に使える。


店前の歩道でジュースを飲んでいると10歳くらいの女児が自転車に乗って通り過ぎていって___


___数秒後、ガシャん! と音がした。


自転車が倒れていた、車輪が回っているが女児は見えない。すぐ脇の路地で男に羽交締めにされ奥の方へと連れ込まれそうになっている。


通行人がちょうど目の前を通り過ぎるが、完全に無視して通り過ぎていく。


おいおい……


走り出す、と体が軽い。

身体能力が増したのはわかっていたが、さらに増している! 一息で20mの距離を詰めて誘拐犯の顔面に拳を叩き込む。男は女児を離してもんどりうって転がっていく。


路地にトラックが止まっていて荷台部分のコンテナの扉が開いていた。


「この中に入れて連れて行こうとしていたのか?」


回り込んで荷台の扉から中を覗くと__

そこには夥しい数の蝙蝠人間の化け物がひしめいていた。20以上はいて皆一様に目が爛々と暗がりの中で輝いていた。


「……なんだ、この化け物どもは」


こちらを見て牙をむき出しにして飛び出してくる。


ーキィィィィ!


甲高い声は人間というよりも小動物が出しそうな鳴き声だった。


路地の中で取り囲まれて乱闘状態になる、蝙蝠人間どもは引っ掻きや打撃を繰り出す。もみくちゃにされそうになりながらも顔面に拳を放ると顔と首の骨が折れた音、手応え。自身の膂力が異常なのかそれともこの存在が貧弱なのかもわからないままに徒手空拳で戦う、ほとんどの蝙蝠人間は一撃ないしは二撃で瀕死、もしくは絶命して倒れ伏した。


先ほどの少女が大丈夫か、確認しようと振り返るともうどこにもいない。

最初に伸した男に駆け寄ると泡を吹いて失神していた。こいつがトラックの運転手だと思うが……


免許証で確認しようとするもポケットの中を探っても財布も何もない。思わず舌打ちする。


通行人に話しかけると反応が薄い、通りにはもう倒れていた自転車もなかった。



「……どうなってるんだ、この場所は」


ー場所や世界以外にも原因はあるかもしれんぜ?


横の店前でホットドッグを立ち食いしているサングラスの男が突然話しかけてきてそう言った。


「誰だ、お前は…… それにどういう意味だ?」

「ここの市民よりかはお前に近いものだよ、迷い人くん」


「迷い人?」

「俺はそう呼ぶ、いろんな呼び名があるが、どう呼ぶかは自由だ…… 人生と一緒さ、誰が本当の答えをくれるんだ

? そうだろ?」


「……何をいってる」

「俺やお前は不安定なのさ、この世界と同じように、そして俺らはここの住人じゃない。よそ者だ」


「それがどうした」

「だから定着しない、それが迷い人だ」


「どうしてそれが迷い人になる」

「お前な、違うというなら目的地を言ってみろ、ねぇだろうが」


「……」


「ダンマリか? 俺もお前もいつ消えるかもわからん物同士だ。仲良くしようぜ、互いにいきなり消えてしまうような存在なんだから」


(那由多はいつも消える、あいつもこいつの言う迷いびと?)


「……何が言いたいんだ?」

「俺はハリー。ハリー・O・マイゴッドだ。自分でつけた、オメェは?」


「エルム・L・エルメス、それかジョン・ジョンソン」

「ふふ、いいねぇ。ふざけた名前は共感できるぜ、この世界そのものがふざけてんだからよ」


そういった後ハリーはサングラスを取って「……受け取れ、大事なもんだ」と渡してきて__


ーこれ以上いつまで邂逅してられるかわからねぇ、俺の名を覚えとけ。俺もそうする、エルムでジョン・ジョンソンだな、二つ名があるのはいい考えかもしれねぇ。


「いい考え?」


「……気にすんな、それより一つのアドバイスと交渉だ。アドバイスを一つ、全てテメェで決めろ、それだけだ。交渉は欲しいものを言え、俺の欲しいものと交換だ、情報交換って意味でもだが、……できるかもしれねぇからな。ちなみに俺が欲しいのは金髪の美しい女の情報、襟足にピンクのエクステをつけてる女。その女を見つけたら教えて欲しい、探してるんだ。見つけたらなんでもいいから情報をよこせ。さて、お前は?」



いや、このサングラスはなんだよ、それにそんなこと言われても戸惑うしかない。


俺が欲しいもの?

何があるんだ、洞窟から脱出? もう半ば出来たようなものだが、また戻ったり同じく変な世界へ来てしまうなら本末転倒だ。それに死ぬほど脱出したいわけじゃない。なぜかはわからないが別に元の日常に戻りたいなどとは思っていない自分がいる。


「……」

「時間切れだな、考えておけ……」


ハリー・O・マイゴッドは信号の方を見ながら言った。

つられて信号を見て、再度ハリーを見るともうやつはどこにもいなかった。


「本当に消えた……」


この奇妙な世界から脱出したい、そう言ってたらどうなっていた? ハリーはその方法を知っていたのだろうか。元の世界を想像して見ても浮かんでくるのは波の飛沫と岩、暗い海の底だけだった。


「こんなところには戻りたくないな、モチベが湧くはずない。ハリーが言ってた女はなんだっけ」


……すっかり名前を忘れてしまっていた。


特徴は金髪にエクステだっけか。





***



それから長い坂道を下っていった。


道路標識を見るとどうやらこの通りの名は「ボーエン通り」と言うらしい。


ボーエン通りの坂の下には駅と映画館。

駅前はアーケードになっており興味本位で進んでいくとレゲエがかかっているハンバーガー屋。チェーン店ではない、店のテラス席がアーケードの通りの隅に小さなフェンスに囲まれるようにあって、まばらだが客がいてモヒートを飲んでいた。


駅の入り口の方からあの出目金の老婆が出てきて、こちらをチラと見てからそそくさと逃げるようにハンバーガー屋に入っていく。こっちも無視すべきか? 関わりたくないしな。


ハンバーガー屋をあらためてみて違和感。


なんだ?


これは俺が出てきた店だ…


いや、店構えと立地が違う、内装も…… 坂を下ってきたらあった店なのに、来た道を引き返してもいない。見た目だって違う。じゃあ何故そう思ったんだ。店に入っていくと右側に階段、階段を登ると支払いと注文のカウンター。狭いスペースにテーブル席が4つほど。こんなスペースもカウンターも那由多と来た時にはなかった。


階段を降りて左側に進むともう少し広いスペースにテーブルが6つほど。そして半地下に降りる階段と吹き抜けの広い半地下のフロア。こんな場所はあそこではなかった。確かに見た目は違う店だが……


左側の半地下のフロアは薄暗く、大きめの革のソファがいくつかに席数も多い。老婆がプラスチックの容器からストローで飲み物を飲んでいる。俺の方を見ないようにしているのか、床を見ながら大人しくしている……


壁に関係者以外立ち入り禁止の張り紙の扉。


「……これは見たことがあるぞ」


ドアに手をかけて開けると、中は白い床に壁の長い廊下。

閉める前にフロアを見ると老婆がこちらを覗き見するように見ていた。そして目が合うと苛立ったように一瞬目を細めて蛇のような目で睨みそしてすぐに目を逸らした。


「……邪悪なクソババアめ」


ドアを閉めて鍵を内側からかけておく。廊下を進むとシャワー室とオフィス。


「ここも知っている、やはりあの那由多が教えてくれた場所だ……」


どうなってるんだ、そういえば学校校舎でも保健室が移動したりとかあったな。この奇妙な世界…… 目で見えているものだけ信じていてもダメかもしれない、直感も使わなければ……



**



まどろんでいると、そう思った時に自分が夢を見ていることに気がついた。夢の中では那由多が出てきてサングラスをかけて嬉しそうにおどけてポーズをとっていた。


何やってんだ、あいつは……

そんな場合じゃないだろ、今度は変な街みたいな世界へ来て…… 住民ともあまり意思疎通もできなくて… どう帰るのかも、どこへ帰ればいいのかもわからないんだぞ。


ぼんやりとそう思っているうちに目が覚めた。

ハンバーガー屋のオフィスで少し休んでいる間に寝落ちしてしまったようだった。寝違えたらしい首の痛みを感じながらオフィスチェアから立ち上がる。


机の上にはハリーが置いてったサングラスがあった。なかなかいい感じのサングラス。

とってつけてみると、悪くない、というか暗くない……


なんだ、これは?

世界が暗くない。むしろより鮮明に見えるような、そう思った瞬間いきなり半透明な絵の具がレンズに塗りつけられたように見づらくなった。不意打ちをくらい驚きながらも凝視すると視界が戻ってまた鮮明に見えるように。


「なんだ、このサングラス… 自分の持つ青銅の剣のようにこれも不思議なアイテムなのか?」


時折半透明な絵の具を塗りたくられたような視界になるストレスと格闘しながら遊んでいるとだんだんと扱いになれ始めた。そして不意に壁の向こうが見えた。


……透視?








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