2話 謎の洞窟、崖の上のレストラン
薄暗い洞窟に負けず劣らずの薄暗い空。
洞窟の中から見る外の世界。
雨の海は漆黒の額縁の中にある憂鬱と癒しの混ざったような絵画だった。
どのくらいそうしていたか、わからないが、体がむずむずとしてくる。動きたいのだ。どこかに行きたい。
外には何もない。洞窟の中、目覚めた場所に向かうと、最初気づかなかったがまだ奥まで行けそうだった。
真っ暗な穴、人が余裕を持って通れそうな闇の廊下を見つめると、その不気味な見た目とは反して希望が沸いた。
何もすることもない。行くに決まっていた。
足を踏み入れると、すぐに目が闇に慣れた、微かにだがちゃんと見えている。
途中で行き止まりになっていて壁に半身になれば通れそうなほどの隙間が空いていた。
進んでいくとすぐに右手に灯り、左手は崖になっている。
崖は底が真っ暗で見えなかった。
灯りがある右手には___
丸テーブルが8席。白いテーブルクロスがかけられている。
四人がけソファと一人がけソファ。
テーブルの向こうの壁だけがレンガ調になっていて壁に取り付けられたように一直線に木の棚。
腰の高さにあるので、カウンターかもしれない。
壁際のカウンターの上には一定の間隔でランプがあり、ベージュのレンガ調の壁を柔らかにクリーム色に照らしていた。
「なんだ、これは…」
思わず声に出すと、その声が洞窟内に反響する。低くいい声で少し驚く。
自分で自分の声を初めて聞いたような感覚。この場所だからだろう。
しかしそれ以上に奇妙なのは、やはりこの場所だった。誰がこんなものを作ったんだ、あきらかな人工物。
ここはおかしい。
テーブルの隙間を縫うように歩いて行く。周囲には人の気配はない。
テーブルの上には小さなテーブルランプが置いてある。つまみで明るさが調節できるようになっているが、炎のように光が揺れている。こういうランプは見たことがない。シンプルだが凝っているな、と思った。
奥の影になっている灯りの当たらない場所に違和感。
崖っぷちの方だがロッカーがあった。中を開けると黒いエプロン、カバンに、服。デニムに下着類、革靴にセーター、チェックのシャツ。
ロッカーからさらに壁際に行ったところに洗面所がある、シンクに蛇口、さらに隙間の奥に便器。トイレがあるのか。
服を脱いでトイレに入り、用を足した。手を洗って、ロッカーにある服に着替えてみる。サイズはぴたりとあっていた。靴もだ。
テーブルに着席して、ぼうっとしていると、崖の方の壁際で動くものがあった。
ブランデーグラスくらいの大きさの鳥が崖の壁で壁に開いた小さな穴に首の角度を頻繁に変えては嘴を突っ込んでいた。
鳥がいる……
……ここに生き物がいる。どこからきた?
壁のカウンター付近に腰の高さくらいの冷蔵庫を見つけた。冷えた水の入っているガラスのボトルが入っていたのでそれを飲む。ボトルは20個はあるだろうか。
一体誰がここでこんなものを用意したのか。
「奇をてらったレストランなどじゃ無いだろうな」
そう思えてきたが。どうやってこんな場所にそんなものを作るのか。なぜ自分がいるのか、そしてどこが入口なのかもわからない。
ボートでここまでくるのか?
電源は?
灯りを片っ端から調べるが、どこにも接続されていない。壁際のランプも。そもそもケーブルの端子を入れる場所すら見当たらない。スイッチすら!
どのランプも指の腹が丁度収まるような丸い凹みがある、そこへ指を当て自然と消えるように念じるとその通りになった。
俺の思念を読み取った?
もう一度触れてみるが。触るだけでは点灯しない……
明かりがつくように念じると点灯する。
___考えるのもバカらしくなり、出口を探すことに。
奥の壁をランプ片手に調べていると、隙間があった。奥に何かがありそうなのだが隙間に入れない。
そこから何時間もただテーブルに座ったり、下の場所へ戻って寝床からスプリングボックの毛皮の敷物を持ってきてその上に寝転んでふて寝したりした。
@@@
___翌日
スプリングボックの毛皮の敷物の上で、レストラン風の空間の隅で目が覚めた。
相変わらず洞窟内は暗いが、ランプは消えることなく空間の中であかりを保っていた。
まずは洞窟内の入り口に行く。
入り口であり、雨と海だけが絵画のように見える窓だった。
それから1日に2度以上はいつもこの場所に来ては数十分から数時間は雨と海の世界を眺めるのが日課となった。
雨の海を眺めた後は、洞窟内に他にも通れるような裂け目がないか探索した。結論から言えばそれは次の日に見つかるのだが。この日は見つけられず、「レストラン」に戻る。
戻ると暗闇がどこまでも続いていたはずの崖に水がたっぷりと満ちていた。
満潮?
おいおい、まさか洞窟全体まで上がってこないよな?
水はやはり、当たり前だが海水だった。思わぬ現象に内心動揺していた。海水が洞窟内全てを満たしこの洞窟の入り口から自分があの雨の海に押し流されてしまう想像をした。
雨の海で、あの陸地が一切見えない見渡す限り雨が降りしきる場所で漂流し、溺れ死ぬ自分までが脳がお節介にも生成してきた映像だった。
「……いや、そんなわけない」
仮にそこまで満潮時に海水が上がるなら、こんなテーブルやランプなど置いて置けるはずがない。この洞窟はメチャクチャではあるが、この場所に住んでいる、もしくはこの場所を利用している存在がいるのなら……
物が設置されている場所は安全なはずだった。
そして幸いなことにそれはその通りだった。
満潮になっても海水はこの崖を超えて水位が上がることはなかった。せいぜいが崖まであと10センチとかその程度まででそれ以上にはまず上がらない。
満潮時に洞窟内にやってくる海水自体も穏やかなものででおおよそ波というものも感じずらいほどであった。
ただ静かに水位が上がるのだ。
数時間すると海水は引いていって崖の下は再び暗闇で見えなくなった。
その日は一応、初めてきた日に寝ていた漂流者が作ったような寝床で寝た。
___3日目
ふと筋トレをした。
そこで自分の身体能力が異常なことに気がついた。体が軽いようには確かに思っていたが、常識的な範囲を超えているのには困惑した。内心、心の奥深くには喜びと希望が湧き出ていた。
まず、片腕で腕立て伏せが百回はできる。百回やってもほとんど疲れない。ただそろそろやめとくか、という気分になるだけだ。片足でスクワットしながら、コサックダンスのように垂直ジャンプを連続して行う。
片足で血を蹴るたびに、体が普通の人間が両足で跳躍した時ほどに浮かぶ。
宙返りをすると、2、3度失敗。しかしすぐにコツが掴めて成功するようになった。
バック宙を助走もなしに2回転することもできた!
洞窟の壁に指の先を引っ掛けると、片手で懸垂ができる。
「すごい、ロッククライマーみたいだ。いや下手したらそれ以上?」
うっすらと全身に汗はかいているものの、息はさして上がっていない。
レストランのテーブルについて、椅子に背を預けてぼうっと天井を見上げて休んだ。
ふと洞窟を見れば干潮時で、崖の下は真っ暗闇。
(こんなに易々と壁に指を引っ掛けて懸垂できるなら…)
頭に浮かんできた案を実行するまでに、たいした時間はかけなかった。