13話 伝説の戦艦「洞窟島」
長い坂の街、城や宮殿にも見える校舎の半分が損壊していた。
見るも無惨な破壊の跡は学校昇降口から正門、向かいの通りの眼科のさらに奥の住宅地に集中的にミサイルでも撃ち込まれたような有様だった。学校敷地内も通りにも夥しい数の瓦礫がオブジェのように転がっている。
それは何かとてつもない災害か、もしくはこの世ならざるものがここで争った形跡にも見えた。校舎正門と昇降口の間の大地に開いた谷のように深い亀裂に至っては駆けつけたハリー・O・マイゴットが共に来た赤毛の女に「おい、姉ちゃん。これはきっと地獄の入り口に違いないぜ」となどと言うほどだった。
ハリーと赤毛の女の迷い人は倒れている那由多を発見し救助した。
那由多は薬局に運び込まれ、アメリアと共に簡易的に作られたベッドで休んだが、ハリーが看病している間に二人とも受けた傷が綺麗に消えてしまった。最初は脱脂粉乳のような白い粉が傷口を覆い、次に傷口を確認したときには傷も粉もなくなっていたのだ。ハリーは驚いたが、それ以上に喜んだ。しかし二人が目を覚ます前に彼は消えてしまうのだが……
なんにせよ、二人は助かった。
一方。
エルム・エル・エルメスことジョン・ジョンソンはというと__
* * *
目が覚めると、那由多の横にいて彼女を抱きしめていた。
起きてすぐにハリーと赤毛の女がやってきた。しかし俺に気づかない。
「おーい、助けてくれって…… 俺も…」
声をかけても、目の前に立ってもいないものとして扱われる。なぜか不思議には思わなかった。別にこの街の住人だって似たようなものなのだから。
那由多を連れていく二人についていくと、薬局についた。
店内の角に仕切りを作ってあの娘、アメリアが寝ていた。横にベッドを作ってそこに那由多を寝かせるハリー達。アメリはぼうっとした様子で目を半分ほどあけてこちらを見た。目が合ったような気がしたがすぐに寝てしまった。
右手を見ると、ここにくる前に眼科クリニックの前で拾った哺乳瓶。喉の渇きを覚えて店内奥の給湯室から水を汲む。哺乳瓶を水筒がわりにして水を入れると水が少し煌めいて青みがかっている気がした。
……壁際で二人を見下ろしながら一口飲んでみると、涙が溢れそうになるほど美味い、栄養失調の人間が点滴を打たれた時とは違うかも知れないが、そんな例えが浮かんでくるほどこの液体は自分に必要な何かを与えてくれているように思えた。
五臓六腑に染み渡るような癒しの水を目を瞑って味わう。
「……これは二人に飲ませた方がいいのかも知れない」
哺乳瓶を那由多の口元に持っていくと、少しずつ飲み始めた。綺麗に瓶一本分ほど飲んでしまった。次はアメリアにやってみると同じようにコクコクと飲んでいく。するといつの間にか那由多の傷跡に白い粉。アメリアも同様のようだった。
「あの紫の粉みたいだが、治療してくれる粉みたいだ……」
一度水を汲みに給湯室に入り、自分でもまた飲む。どうにも頭が重くて働かないのはこの魔法の水を飲んでもあまり変わらなかった。給湯室でため息をつく。
なんとなく薬局を出て坂を下っていく。
歩いていると、いつの間にかトンネルの向こう側の雨の海を望む崖にいた。
遠くで雷の音が鳴る。
最初見た時と同じくらい土砂降りで、雨が容赦なく大地に叩きつける音と風と雷の音しか聞こえない。
「……皆、俺のことを認識していなかった」
物理的にはものに触れたりできるが、俺は死んでしまったのか? 幽霊なのか? それとも…… 最初から俺たちは死んでいるのか? ここは物質界なのだろうか、俺はどうやって死んだ? 雨の海をみる前か? 思い出そうとすると具合が悪くなるのはなんだ? 疑問が尽きることなく浮かんでくる。
他の迷い人たちは、どうなのだろうか。ふと自分が雨にさらされてびしょ濡れになっていないことに気づく。足元だけが濡れて冷たくなってきていた。
いつの間にか手には黒い蝙蝠傘を持って差していた。
ふらふらと激しい雨の中、崖の先端にまで歩いていく。
下をみると、波、飛沫、岩、当たり前の光景。
ぼうっと見つめているとそれだけしか認識できなくなって意識が落ちた。
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いつの間にか、ずっと雨の海を見ていたことに気づく。
洞窟の入り口から窓が黒い額縁のようでその中に雨の海が動く絵画のようにそこに在った。あくびがでた、酷く眠たい。眠気がリアルに、生々しく感じた。頬をさすると髭が思った以上に伸びている。元々無精髭だがここにきてから剃ったことはない、なぜか当たり前のように伸びなかったからだった。
少し気になったが、どうでも良くなってスプリングボックの毛皮の敷物の上で寝た。信じられないくらいぐっすりと眠れてお代わりするように3度寝するほどだった。
深い眠りを散々堪能して、ようやく起き出し洞窟を散策する。
レストラン横の崖を下がってリビングに入る。トイレに入って座って用を足していると横の壁から音が聞こえてきた。天井に横に線を引いたような亀裂があった、こんなものは今まで気が付かなかった。
用を足して手を洗ってから亀裂に体を潜り込ませてみると通路がある、そのまま進むと行き止まり。壁が崖のようになっており崖上の亀裂から光が差し込んできていた。
指先を引っ掛けながらよじ登っていくと、そこはあの長い坂の道の正門付近にできた深い亀裂だった。
街を探索するも人っこ一人いない。
坂の周囲の元に戻ってしまうエリアは全て切り立つ崖に変わっていてその向こうは全て雨の海だった。
あとで洞窟に戻ると、レストランの奥にもう一つ亀裂が見つかり、そこはあの日本風の高台の学校へと通じていた。校舎は真っ二つに割れて半壊していたし、那由多もミィもいなかった。
洞窟の入り口から外へ出るとジャンク品や瓦礫だらけの地面がより安定していて、外から洞窟をみると両橋に二つの学校校舎風の建物がついていた。繋がった先のあの世界の校舎によく似ている。窓ガラスなどはないし、形だけしか似ていないけれど。
坂の街の学校校舎に入っていき塔の部分まで上がっていく。
戦艦の艦橋のように突き出た塔で雨の海を見渡す。
ふと違和感を感じた、よく観察してみなくともこの謎の島が動いているのがわかった。
「……どこかへ向かっているのか? それとも別になんの意味もないのか?」
洞窟島の艦橋。
ー汝、罪は問うか? 問われるか?
背後を振り返るとあの老人がいた。椅子に腰掛けていて、相変わらず床を見ている。
ー汝、罪を問うか、問われるか?
「問うたよ、多分……」
ー生に感謝するか?
「……するよ」
ー汝、過去に今に、未来に価値を見るか?
「多分……」
ー汝、外に価値を見るか? それは内に戻った時に感謝となるか?
「だから意味がわからないって」
外に価値を見る、感謝……
感謝できるほどの余裕が自分にあるだろうか? ある人生を送っただろうか? 自然に湧き出てこないならどうすればいい? した方がいいのかも知れないけれど。
外に価値を見る、と言う言葉が引っかかった。
そうか、世界や、他者、経験に価値を見出すと感謝しやすくなるのか、もっと自然に。そうか。それでも感謝する意味や効果はよくわからないけれど。生に感謝……
少しだけ記憶が戻ってきた気がする、崖、波、飛沫、岩。俺は本当に今生きているのだろうか。それともこの世界と一緒で本当に存在するか怪しいものなのだろうか。
どちらにせよ。
ー感謝となるか?
「今、なったかも知れない。第二の人生にも感謝してる」
ー汝、何者か、何を成すのか。
「俺はエルム・エル・エルメスでジョン・ジョンソンだ。まずは世界の謎を解いて、ついでにもっといろんなアイテムを集めたい。伝説のトレジャーハンターにでもなろうか」
ー汝、何故それを望む?
「楽しむためだ、俺の生を」
答えた時には老人はいつの間にか消えていて、雨は小降りになっていた。




