眠りの先に。
短編です。公募に応募した作品です。
眠りにつこうとするといつも同じ夢を見る。目の前に数人の人がいるのだが、その人達の顔はぼんやりとしていて誰だか分からない。私はただその人達のことを眺めている。
ある瞬間、その人たちが一斉にこちらを見る。それと同時に目が覚める。
今日もその夢を見て眠れなかった。
私は今までの人生で人並み以上の努力をしてきた。
高校生の頃から一生懸命勉強をして大学に入り、大学での勉強も真面目に取り組み、資格の勉強も両立して在学中にいくつかの資格を取った。就職活動も平均以上に頑張ったという自負がある。
そんな私は今、人生に絶望している。
力を入れた資格取得と就活は実を結ばず、安月給のやりたくない仕事に就いてしまった。上司からのパワハラを受けながら作業場で何に使うのかよく分からない器具を扱う。
それに加えて毎日の残業だ。
私が様々な資格と知識を持っているのをいいことに、パソコン作業や金の計算といった面倒くさい仕事を押し付けられている。それによって支払われる残業代も二束三文でとても生活の質を向上させられるような額ではない。
今日も職場からトボトボと歩いてボロアパートに帰る。風呂トイレが一緒で壁が薄い。貧しい学生かそれ以下の財力の人間が住むような建物だ。
気力と体力を使い果たした私は敷きっぱなしの布団に倒れ込み、何となくスマホでSNSを見る。
学生の頃付き合っていた女性が楽しそうなお出かけの写真を載せている。彼女は私と別れた後に誰かと付き合って幸せな日常を送っているのだろうか。
同級生が結婚したという情報が写真と共に流れてきた。一体どんな仕事に就いてどんな生活を送れば自分と同じ年齢で結婚なんてできるのだろうか。
悲観と嫉妬に頭が埋め尽くされ、スマホを置く。夕飯の準備に取り掛かるために布団から身体を起こした。
今日の夕飯はカップ麺と2日前にスーパーで買ったお惣菜だ。ニュース番組を見ながらそれらを口に含んで咀嚼して飲み込む。
この生活になってから食事は楽しむものからただのエネルギー補給へと成り下がった。
いつも考える。いつまでこんな生活を続けなければいけないのか。いつからこうなってしまったのか。
大学生までの自分は人から評価される人間だった。確実に周りの人間より努力していたし、計画性も積極性も持って人生を送っていた。
私の人生を変えたのは、就職活動だろう。
私には人から好かれ、人に選ばれるような才能が無かったのだと思う。才能を持って生まれる人間がいるように、いくら努力しても覆せない欠点を持った人間もいるのだ。
いくら頑張っても必ず面接で落とされた。話し方が良くなかったのか、表情が良くなかったのか、服装が良くなかったのか、顔の作りが良くなかったのか、理由は分からない。
これまで取得した資格も頑張ってきた大学の勉強も持ち続けていた計画性も積極性も、面接という試練の前では無力だった。
企業から課せられる様々な筆記試験をいくら高得点で突破しても、面接だけは突破することが出来なかった。
その結果、今の職に就くしかなかった。
転職したいという気持ちは山々だけれど、自分の欠点を考えるとリスクが高すぎる。
夕飯を全て胃袋に押し込み、シャワーを浴びて眠りの支度をする。
そろそろ布団を干さなければ。カビが生えているかもしれない。
歯磨きしながら自分の人生に思いを馳せる。
こんなこと続けていて何の意味があるのだろうか。もういっそ一思いに終わらせてしまいたい。
そんなことを考えながら歯磨きを済ませた。
深く息を吸い込んだ後、私は眠りにつく決心をする。
準備は万端だ。ゆっくりと目を閉じ、眠りに入る。
瞼の裏にぼんやりと景色が浮かんできた。いつもの夢だ。
私の視線の先には何人かの人がいる。皆思い思いの行動をしていて私を気にする素振りも無い。
私がここにいることに気づいていないのか、それとも私がここにいることは当たり前だから特に気に留めていないのか。
その人たちを何となく眺めていると、段々とその姿が鮮明になってきた。
あの横顔は私のおばあちゃんだ。あの後ろ姿はおじいちゃん、少し離れたところで下を向いているのは叔父さんだ。
そこで初めて気づいた。ここにいるのは私以外の全員が既に亡くなった人間だ。
私がそれに気づいたのと同時に、視界の中にいる人間が全員真っ直ぐとこちらを見た。その目は大きく見開かれ、怒っているようにも焦っているようにも見える。
いつもならここで目が覚めるが、今日は続きがあるようだ。私が夢の世界を出ていくことはない。
私がしばらく見つめ返していると、そこにいる人間全員が、機械のように揃った動きで同時に口を開いた。
「「「こっちに来るな!」」」
大声でそう叫ばれた私の意識は一気に現実に引き戻される。
急に息苦しさに襲われ、首に激痛が走る。私はポケットに入れていたナイフで首に巻かれたロープを断ち切った。
床に勢いよく打ち付けられ、仰向けになって息を切らす。
今日も眠りにつくことができなかった。でも、あの夢の正体は分かった。あの夢は、私が眠った先にある世界だったのだ。
眠ることができなかった臆病者の私は、大人しく布団で寝ることにした。
次の日、無事に目を覚ましいつもと同じように職場へと向かう。
早く、眠った先に行きたいと思いながら。
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