第三十五話 上司として
元々、拮抗していた事もあってアレクセイとの戦いにライアーが、遅れてケイトとノートンが加わると戦いは呆気なく終わったわ。戦いは数とは良く言ったものね。
楽しい一時が終わった事にシスが残念そうにため息を吐いていたので、また機会を作ってあげるわと一声かけてから『フラスコ』の管理モードを終了する。
今回の試練は中々に得るものが多かったと私としても思う。実際に私が操作する事でケイトがどれだけ成長したを身近で感じる事ができるしね。
「さてと、仕事に戻るとしましょうか」
ストレッチとして体を伸ばしたり軽い体操をしてから、椅子に腰掛けて机の上に聳え立つ書類の山と向き合う。
処理しても処理しても増えていくこの書類を山を見ると嫌気がするわ。仕事だけでなく嫌がらせも加味していると考えると尚更ね。
「あら、クロノスの方で進展があったのね」
神PCを確認すればクロノスからメッセージが届いていた。念話ではなく、神PCのメッセージを使ったのは会話の内容を第三者に聞かれるのを嫌がったからね。
念話は便利ではあるけど、神としての実力が上の者に盗聴されるリスクが伴う。それこそ後継者候補の神ともなると、使える権限の力は絶大⋯⋯。私たち程度の権限では簡単に突破される。
神PCを使ったメッセージのやり取りも盗み見る事は可能だけど、後継者候補の上役たちは現役で現場仕事をしていない分神PCの扱いになれていない。
その事はジジイの頼みで接触したデウスマキナやロキ、オーディンから直前聞いて確認済み。
加えて付き合いの長い私たちにだけが分かる思い出を暗号に使っている。仮に盗み見る事が出来ても内容までは把握出来ない。
「なるほどね」
用心の為に施した暗号を面倒と思いつつも読み解き、内容について吟味した上で返事を返しておく。
今回のメッセージを要約すると私たちに嫌がらせをしている神の尻尾を掴んだというもの。加えて、証拠も確保しているらしく何時でも処理する事は可能。けど、肝心の命令を下した上役が判明していないのでクロノスは先を見据えて相談してきた訳ね。
言ってしまえば私たちに嫌がらせしているのは下っ端も下っ端。証拠を突きつけて処理する事は簡単だけど、根元を断てない以上同じ事がまた起こり得る可能性は高い。
わざわざ相談してきたって事は次は私に動けって言いたいのね。メッセージには書いてなかったけど、長年の付き合いでクロノスが伝えたい事は分かるわ。
「なら後で詳細を貰いましょう」
クロノス以外から送られてきた仕事の内容に一通り目を通し、急ぎのものから処理していく。導入された当初は書面よりも時間はかかったけど、慣れた今はこっちの方が早いまである。
とはいえ神の仕事全てを神PCへの移行する事は難しいでしょうね。
「ん?⋯⋯ロロから?」
ちょうど今、私宛にロロからメッセージが届いた。神PCを使ってのメッセージは初めてね。何時もなら慌てた表情で私の部屋に飛び込んでくる。
メッセージや念話ではなく直接言いに来る事が多い。不審に思いながらメッセージを読む。
「⋯⋯そう、そこまで私を怒らせたいのね」
書類に嫌がらせで偽物を紛れ込ませるだけなら、まだ許せた。けど、私の大切な部下にまでちょっかいをかけるなら流石の私も我慢は出来ない。
内容はシンプルな仕事の報告。けど、その内容はあの子が書いたとは思えないほど丁寧な内容だった。
ロロの補佐をさせている天使に神PCを扱う権限はない。天使が代わりに文章が考えた可能性もあるけど、ロロの性格を考えれば⋯⋯ないわね。
神の権限を発動し、部下であるロロの居場所を確認すると彼女がカーミラと共に行動しているのが分かった。追随するように天使の姿も確認出来た。あら、もう一人誰かいるわね⋯⋯あれは、デウスマキナ?なんで私の部下たちと共にいるの?
───彼に対しての疑心が込み上げてくる。
「さて、どちらから対処したようかしら」
デウスマキナがロロやカーミラに接触している事を放置は出来ない。あの男の事だ、何かしら目的があって動いている筈。
不意にピコンと音が鳴る。
音に釣られて神PCを確認すれば部屋主がいないにも関わらずロロからメッセージが届いていた。つまり⋯⋯ロロではない誰かがまだ彼女の部屋にいる。今すぐに向かえば犯人を取り押さえる事は可能。
けど、デウスマキナの事も放っておく事は出来ない⋯⋯。
───こういう時、本当の意味で頼れる相手は一人しかいないのよね。
「忙しいところごめんなさい。クロノスにお願いがあって連絡したのだけどいいかしら?⋯⋯そう、ありがとう。詳細は今メッセージで送ったわ、確認して。ええ⋯⋯別件よ。それじゃあお願いね」
デウスマキナの方はクロノスに任せましょう。ロロだけではなくカーミラにまで接触している。クロノスからすれば面白くない話よ。
さてと、私は部下にちょっかいを出したおバカさんの対処にあたるとしましょう。悪いけど⋯⋯私は今機嫌が悪いから、痛いじゃすまないわよ。
───クロノスから念話が届いた。
「それでデウスマキナの目的は?」
『そうだね、ミラベルが懸念していた事はではなかったと言っておこうか』
「違ったの?」
『あくまでも彼の善意だよ。真意までは分からないけどね』
クロノス曰く、デウスマキナがロロとカーミラの二人といたのは彼の善意。ロロとカーミラの二人は重要事項を記した書類があった為、直接届けに向かったものの誰に渡したらいいか分からなくなって困っていたそうだ。内容を聞くと少しばかり呆れを感じてしまう。
「書類に神の力を流せば誰の元に届けるか簡単に分かるのだけど⋯⋯説明してなかったかしら?」
いえ、私だけならともかくクロノスまで忘れたとは思えない。それにロロだけではなくカミーラもいた。
『君の部下はどうか分からないけど私の部下は知っていたよ。ただ、書類に力を流しても分からなかったそうだ』
「細工がしてあった訳ね」
届け先が分からず廊下の真ん中で困っていた二人に声をかけたのが、デウスマキナ。ジジイの後継者候補の中では若手の部類には入るけど、神として歴は私よりも遥に長い。だからこそ、二人に相談されて直ぐに届け先の神の元へと案内する事が出来た。
私が見たのはちょうどその最中だったようね。彼が完全な親切心から声をかけたとは到底思えないけど、部下を助けて貰ったのは事実。
思わずため息を吐きたくなった。
「借りができたわね」
『そうなるね。もう一つ君が嫌な気分になる事を告げるよ』
「遠慮してもいいかしら」
出来れば聞きたくないのだけど、私の気持ちなどお構い無しにクロノスは言葉を続ける。
『デウスマキナのお陰で届ける事が出来た書類なんだけど、締切が本日付なんだ』
「急ぎの書類というわけ?」
『加えて言うなら、あと30分ほど遅れていれば間に合わなかったよ』
クロノスが言いたいのは私が思っている以上に、今回の借りは大きかったという事ね。重要事項を記した書類がどの程度のモノかは分からないけど、締切に間に合わなければその責は問われる。
「私たちの邪魔をする為にロロ達が狙われたという事でいいかしら?」
『その認識で間違っていないと思うよ。私たちに恩を売るためにデウスマキナが仕込んだという可能性もあるだろうけど、それにしたってずさんだ』
「そうね。デウスマキナではないわ⋯⋯」
彼ならもっと上手くやる。なら、誰が書類に細工を行ったの?
「書類に細工をした神が誰か分かる?」
『それが分かれば苦労はしないさ。私が二人の元を訪れた時には既に書類は届けられていた。重要事項を記した書類だ。事情を説明しても見せて貰えないさ』
クロノスが諦めるという事は書類を届けた相手は私たちより階級は上ね。下の者なら多少の融通は効く、デウスマキナが共にいるなら尚更。
ロロに任せている仕事から書類の分類はおおよそ予想出来る。締切が厳しいものとなるとそれこそ限られるわ。書類の内容はおそらく『魂の選別』⋯⋯担当しているのはハデスね。
「⋯⋯⋯⋯」
『⋯⋯⋯⋯』
無理ね。ハデスが相手となると私たち程度の無理は通らない。あの頭の硬いジジイを説き伏せる方法も思い浮かばないし、諦めるしかないわね。
「証拠はなし、ね」
『残念ながら⋯⋯。君の方はどうだい?』
「私の方は、そうね」
───ちゃんと捕らえてあるわ。
視線を落とした先に鎖によって雁字搦めにされ、身動き一つ取れない女神の姿がある。鎖によって潰れている胸部が私より大きいのは少し腹立たしいわね。
「今から聞きたくところよ」
「いくら聞いたところであたしは答えないぞ!」
現行犯として捕らえられている立場だと言うのに随分と気が強いわね。貴女のバックにいる神が助けてくれるなんて甘い事考えているのかしら?
トカゲの尻尾切りのように切られる未来しか見えないし、それに今回ばかりは運が悪い。
「残念、今回⋯⋯貴女の処分を決定するのは私でもなければ上司でも、神事部でもない」
───バンっと大きな音を立てて、背後の扉が開く。
「ワシじゃよ」
鬱陶しいくらいにタイミングがいい。扉の前で待っていたわね。私以外にも神がいるから最高神としての威厳を見せようとしているのが分かる。それはどうでもいいわね。
女神の方へ振り返れば顔が青ざめ、小刻みに震えている。漸く自分がどういう状況か理解したみたい。ちゃんと覚えておきなさい。ちょっ
かいをかけたらいけない相手が、この世界にもいるってことを。
「それじゃあお話をしましょうか」