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第二十六話 未知の感情

 ここに来るのは何日ぶりかしら? 視界に映る私室とも仕事部屋とも違う光景にどこか懐かしさすら感じる。最後にここに訪れてから、それほど日数は経っていないと思うのだけど⋯⋯。


「ミラベル!!」


 建物に一歩足を踏み入れると、私に気付いたケイトが嬉しそうに声を上げた。


 そう、ここはケイトの夢の中。彼が思い描く鍛錬の場所が、夢の世界へと具現化した。最初は私の仕事部屋を投影した世界だったけど、夢の中での鍛錬が続く内に、彼が思い描く鍛錬の場所として道場と呼ばれる建物に変化した。

 木造造りの建物ね。ケイト自身が道場に通った事がなく、彼が見たアニメ?とやらを参考にしたせいかどこか歪な建物になっているわ。


 入口を入って正面に見える掛け軸に書かれた『風林火山』はどういう意味かしら? ケイトに聞いてみたけど、彼も知らないそうよ。ケイトが思い描いたモノなのに不思議よね。

 意味は知らないけど、文字の並びがカッコイイとかそんな言い訳をしていたわ。それでいいの?


「久しぶりね、ケイト。何時ぶりかしら?」

「こうして夢の中で会うのは三ヶ月ぶりだな!ミラベルと会っていない間に色々な事が起きたんだ。いつもの鍛錬の前に話を聞いてくれないか?」

「そうね。私も何があったか気になるから教えてちょうだい」


 道場の真ん中にポツンと立っていたケイトに近付いて話しかければ、それはもう嬉しそうに話し始めた。興奮しているからか少し早口だったわね。聞き取れているから問題ないけど、後で注意しておこうかしら?

  大事な場面で早口が原因で聞き取れないなんて、あまりに締まらないでしょ? 聞き取れなかったからもう一度言ってくれ、なんて言われたら場面が台無しよ台無し。将来を見据えて直しておきましょう。


 ケイトが話し始めた内容の前半は私もある程度把握していた事だったわ。私が仕事で忙しくなり夢の世界に出て来れないと告げてから、日を空けずにライアーと出会った事。ライアーの弟子となり指導を受けた事で以前よりもずっと強くなったと嬉しそうに語っていた。

 

「そうだ!師匠の弟子になればミラベルからご褒美が貰えるって聞いていたんだけど、⋯⋯期待してもいいのか?」

「⋯⋯⋯⋯」

「ミラベル?」

「そうね、約束は守るわ。ちゃんとご褒美あげる」

「よっしゃぁぁぁ!」


 完全に忘れていたわね。思考を共有してあるのでライアーから報告は受けていたけど、タイミングが悪く定例会の最中だから聞き流していたのよね。何でもケイトの師匠役を買って出たはいいけど、断られたそうよ。私との関わりがあるから師弟関係は当たり前のように築けると思っていたから、予想外の事で戸惑ったライアーは、ケイトが私に好意を持っている事を利用した。その結果、師弟関係は無事築く事は出来たのだけど、その時の約束を今迫られている訳ね。

 まぁ、それは別に構わないわ。フラスコの中のライアー(わたし)が約束した事だもの。


 どうしようかしら?完全に忘れていたからご褒美の準備が出来ていないのよね。期待の眼差しが、今は痛いわね。心の内を読む事で彼が望んでいるモノを知る事は出来たけど、残念ながらソレを叶える事は出来ない。


「ご褒美だからケイトが望むモノ⋯⋯いえ、望む事をしてあげるのが一番なんだけど」

「おぉぉ!」

「ごめんなさい。神である私は『フラスコ』の中に入る事は出来ないの。同じ世界で私と一緒に旅をしたり、生活をしたいというケイトの想いに応えてあげたいのだけど⋯⋯」

「無理なのか? ⋯⋯いや、でも!ミラベルの部下だって言う師匠はこの世界にいるぞ!」

「そうね。確かにライアーのように世界に入る事は可能よ」

「なら!」

「でもね⋯⋯こんな事は言いたくないのだけだ、私はライアーと違って暇ではないの。神の仕事が山のようにあるのよ。こうして少しだけ、仕事を止めてケイトに会うことは可能よ。けど、ケイトが思い描くような『フラスコ』での生活をすれば神の仕事が滞ってしまう。世界がめちゃくちゃになってしまうの」

「そっか⋯⋯そうだよね。本来なら神さまは忙しいもんな。アニメの見すぎだったか?⋯⋯ん?じゃあ師匠は大丈夫なのか?」

「あの子は⋯⋯仕事が出来ない子だから」

「あっ⋯⋯(察し)」


 ごめんなさいライアー。良い理由が思い付かなかったから、無能扱いする羽目になったわ。ケイトの中でライアーの株が一段と下がったけど、上手くやってちょうだい。


「代わりにキスでもしてあげようか?」

「ぶっ!!!⋯⋯しなくていい!」

「嫌なの?」

「い、嫌って訳じゃないけど⋯⋯こう、なんというか⋯⋯もう少しイベント踏んでから」

「冗談よ」

「ミラベル!!」


 こうして、からかうのも楽しいわね。ふふふと笑っていると怒った表情が変化するのもまた面白い。笑顔に見惚れて怒りが消えたの?心の内で『可愛い』って留めないで声に出して言えばいいのに。そこはちょっとだけ不満かしら?


「あ、そうだ。ケイトのご褒美⋯⋯思い付いたわ」

「⋯⋯また、俺をからかう気か?」

「そんなに警戒しないでよ。さっきのは本当に冗談よ。安心して⋯⋯ちゃんと役立つモノだから」


 またからかわれると思って警戒するケイトを可愛く感じながら、神の権限を使用して一本の剣を創造する。

 ケイトが現在使用している剣はライアーが手入れしているお陰で悪くはないけど、下から数えた方が早いレベルの数打ち。英雄を目指すなら武器もそれなりの物を与えた方がいいわよね。その思いからケイトに剣をプレゼントする事に決めたわ。

 アレクセイの魂の色を反映した聖剣と違い、ケイトの好みだけを反映した剣はどこか禍々しさを感じる黒いロングソードになった。基調としている色は黒と赤。悪くはないのだけど⋯⋯こんなのでいいの?


「かっけぇ⋯⋯」


 ケイトが気に入ったならそれでいいわ。


「この剣の名前はそうね⋯⋯デュランダル。魔剣デュランダルよ」

「魔剣デュランダル⋯⋯」

「切れ味も然る事乍ら、特徴はこの剣に付与した能力ね」

「どんな能力なんだ!」


 目を輝かせながら期待する姿は子供のように純粋ね。ケイトが思い浮かべる剣の能力とは違う事に申し訳なさを感じながら、説明する。


「この剣は名前を呼ぶか念じる事で亜空間から取り出したり、亜空間にしまう事が出来るわ」

「それだけ?」

「それだけよ」


 露骨に残念そうにしているわよ。⋯⋯当たり前でしょ!ケイトが思い浮かべる能力を付与したら、ケイトが強いんじゃなくて能力が強いだけになるわよ!私はケイトに強くなって欲しいのであって、与えた剣で無双して欲しい訳ではないのよ。

 付与した能力だって私なりに考えたのよ?汎用性のある能力とか、それこそケイトが思い浮かべる強力な能力の方がいいんじゃないかって。色々と考えた末に決めたのよ。

 

 この能力はね、バリスとの戦闘を──私が与えた試練の結果からケイトの不足している部分を補う為に付与したの。

 あの戦いはケイトの手元に剣があれば、私の干渉は必要がなかった⋯⋯かも知れない。戦闘開始と同時に剣を地面に置いたまま、回避を選択したせいで攻撃手段を失い劣勢を強いられた。

 人間であるケイトの力では素手でモンスターを傷付ける事は出来ないわ。武器がなければ戦えないのに、その武器を手にする事が出来なかった。その結果があの有様。だから同じような事が起きないように、ケイトが念じれば何時でも手元に現れるように能力を付与したの。


「私はね、()()()()強くなって欲しいの。()()強くなって欲しい訳じゃないのよ」

「あっ⋯⋯」

「それにその能力も悪いものじゃないわ。武器がないから戦えない、なんて状況に今後一切陥らないのよ!」

「そうだ!⋯⋯その利点を失念していた!」

「剣一本あれば誰にも負けないくらい強くなればいいわ。貴方の思い浮かべる最強の剣士の姿は能力に頼ったものではないでしょ?」

「ソウダヨー」

「なんでカタコトなのよ。まぁいいわ。実際に使ってみればその剣の便利さを実感するわ」


 これからソフィアと共にケイトは世界の動乱に巻き込まれる事になるわ。大陸の端っこの方で平和に暮らしていた時とは異なる生活を強いられる。国から国へと移動する事も多いでしょうし、小さな村と違い王都に行けば人通りの多さから、腰に剣を差して動く事がどれだけ煩わしいか実感するわ。

 ケイトが使っている剣は玩具じゃないからそれなりに重量もある。その重さからくる負担を無くす事が出来る!利点しかないわね。

 将来を見据えた能力の付与⋯⋯出来る女はやはり違うわね。ケイトへのプレゼントの魔剣デュランダルの説明も終わったし、今は不要だから消しておきましょう。


「って、なんで剣を消すんだ!?俺が不満そうな顔をしたからやっぱりあげないって感じか?」

「そんな事しないわよ。夢の世界(ここ)では必要ないから消しただけよ。目が覚めてから『こい!デュランダル』って声に出すか念じてみなさい。ちゃんとケイトの前に現れるから」

「そうなのか?なら安心した!バッチリだ!⋯⋯っと、お礼を言うのを忘れていたよ。ミラベルありがとう!」

「お礼なんていいわよ。私は交わした約束を守っただけだもの」

「そうだったな」


 お互いに笑いあった後に、ケイトに続きを促した。ライアーとの修行の成果か、単独でもモンスターを倒せるくらいに強くなった。けど、リザードン(バリス)には勝てなかった。それがケイトはとても悔しかったみたいね。

 自分の力だけじゃない、私の手助けを受けて尚⋯⋯敗北した。それが悔しくて仕方ないみたい。私もその事で謝罪したわ。大事な場面で力になれなかった。そのせいでケイトは重症を負う羽目になった。

 タイミング悪くロロが話しかけてこなければケイトの勝ちで決着はついていたでしょうし、私が時を止めて補助をすると言わなければあんなリスクのある行動を取らなかった。試練の結果は私の落ち度も大きいわ。


 ミラベルは悪くないってケイトは言ってくれているけど、あの結果は私も面白くないの。ケイトと同じくらい悔しさがあるわ。だから、


「一緒に強くなりましょう!私はケイトが英雄(とくべつ)になる瞬間をこの目で見たいの」

「ミラベル⋯⋯。あぁ!強くなる!俺はあのモンスターに負けないくらいもっともっと、強くなる!だから見ていてくれミラベル!俺が主人公(とくべつ)になる瞬間を!」


 嗚呼⋯⋯やっぱりいいわね。


 どうしてこんなに心が惹かれるのかしら?


 彼の魂は英雄でも聖女でもない凡庸な(もの)


 それなのに私の心はケイトを求めている。


 ───私の心を支配するこの感情が何か分からない。けど、不思議と悪くないの。


 英雄になりましょうケイト。


 ケイトが成長して、英雄(とくべつ)へと至った時、この感情が何かきっと分かると思う。








 で、何があったら明日勇者(アレクセイ)と戦う羽目になるの?目を逸らなさいでちゃんと説明しなさいケイト。


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