第十二話 特別な魂
空から見下ろすようにフラスコを数日眺めていると、女神教の信徒が爆増している事に気付いた。実際にその目で神の姿を見たのが大きかったみたいね。
伝承として語り継がれてきてはいても、実在するかも分からない存在。それがある日突然、その目で見る事が出来た。さらに自らを犠牲にしてまでシスを封印し、定命の者を救おうとする女神の姿に心を打たれた者が多かったみたい。
Sたちに命じて追加で広めた噂も起因してそうね。『女神様によって封印された魔王は数年の時を経て復活する。女神様の命を喰らいより強大な悪となって』⋯なんて感じに大陸全土に広がっている。
なんか追加されているのよね、別にいいんだけど。封印が解かれてシスが再び現れる頃には演劇に使った神モドキは存在しないから間違ってはないし。シスが喰らったとかではなくもう使わないから消したのよね、あの人形。
そんな事を知らない定命の者たちは魔王と共に封印された女神様を救う事は出来ないのかと指導者たちの元へと集い、指導者たちは魔王が封印を解き女神様を喰らう前に魔王を倒せばいいと答えた。一人では決して倒すことの出来ない怪物。されど、女神様の残した祝福により我らは強くなった。今なら出来る!一人で足りないのであれば皆で協力すればいい。悪の手先であるモンスターを根絶やしにし、魔王から女神様の救うのだと!強く演説した。
魂の持たない人間モドキだった彼女たちだけど、定命の者たちの心を動かすカリスマは持ち合わせていたみたいね。それがきっかけで信徒が爆増してる。
魔物の呼び方も気付いたらモンスターに変わっているし、⋯⋯まぁそれはいいわ。混合しないように私もこれから魔物ではなくモンスターで統一しましょう。シスにも共有しないといけないし、余計な手間を増やしてって文句を言いたいところね。冗談だけど。それよりも、
「『神聖女神教』⋯ね」
名前が変わったのはこの際はどうでもいいわ。宗教組織では良くあること。元々あった女神教に『神聖』がついただけだし大きな変化があった訳ではないの。問題なのはSたちが制御出来なくなってるところ。
信徒が爆増した事で末端までは目が届かず、加えて指導者たち以外にも信徒を纏める者が現れ始めた。多くは神の姿をその目で見る前から信仰を捧げていた狂信者たち。Sたちを指導者様と崇める一方で自分たちならもっと多くの信徒を導く事が出来る!女神様の魅力を、素晴らしさを広める事が出来ると、偏った考えを持ってしまった訳ね。彼らを慕う者たちまで現れ始めて収拾がつかなくなっている。Sたちが作った『女神教』とは別組織と考えた方がいいかしら?
派手な演劇を行った私にも責任にあるけど、演説したり宗教組織を作ったり信徒を意図的に増やしたのは貴方たちなんだから責任をしっかり取りなさいと言ってやりたいわね。
見たところSたちも今の現状には気付いていているようだし、その上で泳がせている?何か狙いがあるのなら私が下手に介入しない方がいいかしらね。あー、でも既にライアーが関わってるのよね。
面倒になってオートモードして押し付けた結果、ライアーが『神聖女神教』に入信していたわ。思考回路を繋げてあるから狙いは分かってるから特に言うことはないのだけど⋯。
ケイトの元に向かわずに『神聖女神教』での地位を上げようと動くのはどうかと思うわ。いくらシナリオに使う為とはいえ、最初の目的を忘れちゃダメよ。今すぐケイトの元に向かいなさいと言いたいところだけど、ライアーが考えた『神聖女神教』を使ったケイト強化プランも楽しそうなのよね。悩ましいわ。
一先ず、Sたちと共有しておきましょう。
「S、聞こえる?」
「はい、創造主さま」
神聖女神教に入信したライアーの事を共有しながらついでに、心を読んでSたちの考えを読み解く。そのお陰で彼女たちが『女神教』を立ち上げた理由までハッキリと分かった。
Sたちは英雄を生み出そうとしている。より正確に言うなら彼女たち主導で定命の者の魂を成長させようとしている。信仰心を源に、女神様の為にモンスターとの戦いを乗り越えさせ限界を越えさせる。魂を成長させこの世界のマナの供給量を増やす。全ては、ミラベル様のため。
この子の心を読んで涙が出そうになったわね。Sたちは献身的に動いている。『女神教』なんてものを作って!と最初は思ったものだけど、作った事にも意味はあったのね。
魂を成長させるには試練を乗り越え己の限界を超えるしかない。その為には試練に立ち向かう勇気が必要となるけど、最初から持っている者は少ない。そこでSたちが見出したのが信仰心ね。信仰心は勇気に匹敵する原動力。崇拝する女神様の為という大義名分を掲げて彼らは試練に立ち向かうわ。
死なないように徒党を組ませた上で、Sたち主導で行う予定のようね。死んでしまったら意味がないから、実に合理的。そのやり方では英雄は誕生しないでしょうけど、最終的に『マナ』の供給量は増えそうね。この子たちの働きを褒めてあげないといけないわね。何か欲しいモノはないかしら? 今度聞いておきましょう。
「畏まりました。私どもは創造主様の分身であるライアー様とは無干渉で参ります」
「立場もあるから最低限の関わりでいいわ。私が操作している時は合図を出すからお願いね」
「はい!」
Sたちに彼女たちと同じく私が生み出した人間モドキの事を共有した。後から創ったライアーはSたちの存在を知ってるけど、逆は知らない。混乱が起きないようにあらかじめ動いておくのが大事なのよ。Sには伝えたから、これで自然と他のBシリーズの子達にも共有されるわね。
SたちBシリーズには共有の能力を創った時に与えているの。『情報の共有』という単純明快な能力。効果は対象と決めた相手と情報を共有できるというもの。この対象はあらかじめ私がBシリーズのみと決めてあるから、この世界の定命の者たちには効果はない。これも保険ね。誤って能力を使ってしまう場合を想定して設定したわ、酔いや疲れからミスは起きるものよ。ロロという部下を得て程実感したの。嫌な学習ね。
話は戻るけど、Sたちが信徒たちを放置しているのは自分たちの代わりに勝手に動いてくれるからっていう単純な理由。Sたちが管理していないので、無茶な挑戦をするんじゃないかと懸念はしているみたいね。死んだら元も子もないからある程度落ち着いたら動く予定みたい。
彼女たちの負担が減るようにライアーを上手く動かしましょう。支部長辺りまで上り詰めてくれたら構わないわ。ケイト強化プランの時に、不要なやつは消せばいいし。
となるとライアーにはもうしばらく神聖女神教の信徒として動いて貰わないといけないわね。ケイトへの指導が遅れてしまうわ。
仕方ないわね⋯しばらくの間はケイトの夢の中に出ましょう。現実の時間と違って夢の時間は短いし、出来る事が限られるから指導には向かないのだけど、何もしないよりはマシね。
今後の方針は決定。ライアーはしばらく放置!ケイトの方は⋯シャウトバードと師弟関係にはなれなかったみたいね。人に教える程極めていないと。それでも強くなりたいケイトが経験を積むという意味合いで、シャウトバードと実戦形式で戦ってるけどケイトが一方的にボコられているだけね。
あんなやり方ではケイトは成長しないわ。彼の場合は体で覚えるのではなく、頭で理解して身につくタイプ。体の鍛え方なんかもシャウトバードは完全に独学だし、今の身体は人間ではないのよね。シャウトバードの気が変わって師弟関係になっても上手く指導できるとは思えないわ。技術は諦めるとして、シャウトバードからはせめて心構えだけでも教わってくれたら私の手間が省けるわね。
「夢の中で指導してあげるから、昼間はシャウトバードにボコられていなさいケイト。また夜にね」
ケイトがシャウトバードに一方的にボコられている光景は見ていても面白くないから、世界の情勢の方を確認しましょう。
「流石にまだ混乱は治まっていないわね」
北西の国は王族が信仰心に目覚めた事で混乱の治まりが早い。神聖女神教に入信している訳ではないけど、Bシリーズの子から助言を聞いていたのね。
助言や国民に信徒が多いことを上手く使って混乱を治めている。王族の側近の一人になってるのは驚いたわね。Bシリーズの赤い髪のポニーテールが特徴のあの子はA。『システムB3-A』ね。北西の国はAが担当している様子。こっちは順調そうだし、放っておいても大丈夫でしょう。
南西の国⋯名前確か『ローデンブルク』ね。この国が所有する領地の最南端にケイトの住む村があるから名前は覚えていたわ。この国は王族がやり手ね。信仰心はないけど、女神の存在を上手く使って国民の心を落ち着かせている。
何よりも優れているのは王子が騎士を率いてモンスターを討伐した事ね。神の祝福の恩恵をしっかりと認識した上で、決して過信せず徒党を組んで襲ってきたモンスター討伐した。今まで為す術もない存在だったモンスター討伐した事で国中が湧き、脅威が迫ってきても国民は必ず護り抜くと宣言した事で国民の心を掴んだ。
神聖女神教の信徒もいるみたいだけど、この国では女神様!というより第一王子様!ね。国民の為に戦う第一王子の方が影響力が強いわ。
第一王子、ノートン・ローデンブルク。彼の名前は覚えておいていいわね。今はまだ英雄とまではいかないけど、良い魂の輝きをしている。
幼少の頃から鍛錬をしているのもあって体付きは仕上がっているし、剣術も見事なものね。精神性も素晴らしい。彼は放っておいても英雄と呼ばれるようになるわ。
───7年後に死んでしまうのだけど。
死因は心の臓の病。世界を変革する前から定められていた運命ね。英雄へと成長する彼を死なすのはもったいないのだけど、最高神が定めた死期を変える訳にはいかない。辛いわー。
死んじゃうものは仕方ないから割り切りましょう。彼が死ぬまでにケイトと会わす事が出来るといいわね。きっと良い影響を及ぼしてくれるわ。
続いて大陸の真北に位置する国。私とシスが演劇を繰り広げた地『世界のヘソ』に最も近く最も影響を受けた国と言っても過言ではないわ。シスが吹き飛ばした山脈はこの国の領地であり、天然の要塞の役割を果たしていた。それがある日突然現れた魔王によって消し飛ばされ、加えてモンスターの出現地から近かったのもあって真っ先に襲われた。オマケに神モドキと魔王の戦いの余波も届いていたみたいね。
そんな訳では他国に比べると混乱の度合いが大きい。王族も無能ではないけど、国民を抑えるのに苦労しているみたいね。救いを求めるように神聖女神教に入信する者も多い。この国では神聖女神教と一悶着ありそうね。
「あら?」
気が付いたのは偶然だった。システムBシリーズの一人が近くにいたからこそ、その定命の者に気付けたと言っていいわ。
顔は良いわね。プラチナブロンドが良く似合っている。空色の瞳からは強い意志を感じ取れた。商家の子のようね。特別な産まれでも特殊な境遇にいる訳でもない、ごく普通の平民。
神の目線から見れば彼がどれだけ特別か一目で分かる。英雄の魂ではない。けど、それに匹敵する魂。
「おかしいわね、魂の色がくすんでいる」
魂の大きさは悪くないけど、その輝きは何かに蓋をされているかのように鈍い。私が知っている魂の形に近いのに⋯まるで色がない。
「なるほどね」
過去の事例から答えは直ぐに導き出せた。というより私が忘れていたというのが正しいかしら?世界の変革前のフラスコには必要なかったから私が封印していたのね。
今のこの子には一つのピースが足りていない。私が取り上げて、封印してしまったから彼は本来の力を取り戻せていない。でも、ちゃんと理由はあるのよ。平和な世界に本来の貴方の居場所はなかったから。貴方が他の定命の者と同じようにこの世界で生活出来るように魂に細工をした。
でも、状況が変わったわ。貴方が活躍する時がきたのよ。
───舞台は私が整えましょう。皆が待っているわよ。勇者の誕生を。