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第9話 ヨット

重力波隔壁(バリア)準備!」


 ラワンデルがシュミレーションし、問題無しとみるや瞬時に展開した。が……。


「ダメだ。突破される!」


 船内灯が赤に変わり、警告音は一段階大きくなった。


「パイア、榴弾との間にコンテナ船を置いて盾にできるか?」

「……預かった荷を?」

「良いからやれ! 死にたいのか!」

「はいっ!」


 連結を解除されたコンテナ船がふらふらと漂い始める。

 ラワンデルは、牽引船をその後ろに回り込ませようと、懸命に操作する。パイアも協力してコンテナ船の位置を調整しようとした。


「防壁を突破された! 間に合わない!」


 スベトラーナの声。

 ラワンデルがモニタを読む。


「本船到達まで二十秒」

「仕方がない。退避準備」

「この船を捨てるの? 嫌よ!」

「船と心中する気か!」


 ロッソに叱りつけられて、席を立ち、退避シュートに向かう。


「急げ!」


 狭くて真っ暗なシュートに飛び込めないパイアにラワンデルが声を掛けた。


「俺また死ぬのか……」


 スベトラーナ/スミッセンの感情のない声が残った。


 最後に操舵室を見ようと振り向いたロッソが、


「待て! 砲弾が逸れてる!」


 パイアとラワンデルも、シュートに飛び込むのを止めて、操舵室のスクリーンに目をやる。


 海賊船と牽引船を直線でつないでいた榴弾が、牽引船から逸れて急旋回し、あらぬ方へと進んでいた。


「そんな馬鹿な……何か特殊な防衛品でも積んでいたのか、この船は?」

「榴弾まだ前進! 『爆風』の影響範囲から脱した!」


 ラワンデルの声に喜びの色が混じる。


「そこに何があるんだ」


 ロッソが当然の疑問を口に出した。

 標的を認識して破壊する榴弾が、この牽引船以外に標的として認めるもの。


「拡大する……巨大な……何か巨大なもの……」

「映像、出せるか?」

「やってみます」


 そこにあったのは、とても古いタイプの宇宙船、大きな帆を広げて太陽風を受けて進むヨットと呼ばれる船だった。


 退避に気を取られていたパイアたちは、そのヨットがいつ実体化したのか分からなかった。


 三方向に広がった一辺千メートルはあろうかという帆が三枚、金色に輝いている。


「きれい……」


 パイアがつぶやく。


 帆の描く完璧な曲線は、一世代遅れた時代の産物ではあるが、見る者を魅了する美しさがあった。


 榴弾は、より大きな標的であるヨットの帆に向きを変え、ぶつかる寸前で爆発して無数の破片となり、ヨットを襲った。


「ああ、バラバラになっちゃう!」


 直撃を受けた一枚の帆はズタボロになって消し飛んだ。


「敵船、二発目を発射」

「別の歪み確認。近距離! 大きい!」


 コンテナ船ごと船団が揺れて、席についていなかったパイアは船室の壁に叩きつけられた。


 暗黒の宇宙から押し出されるように現れたのは……。


「宇宙戦艦!」

「駆逐艦だ!」


 実体化が終わると同時に、その主砲が動いた。


「……駆逐艦は、海賊船を狙ってるわ!」


 膝立ちでコンソールにしがみついたパイアが告げる。


 数発の砲弾を打ち出す青白い光が確認できた。


「海賊船がジャンプしようとしてる!」


 戦いに手慣れた戦艦がそれを見逃すはずがない。


 副砲のビーム砲で掃射し、海賊船は半分に割かれた。

 その海賊船に、さらに先に打ち出されていた砲弾が命中する。


 一度爆発したあと、マグネシウムでも焚いたように宇宙は白く染まった。


「敵船消滅……念の為障壁を上げて破片に備える」

「了解」


 脅威は去った。

 だが、その過程は牽引船の乗員には謎だった。


「なぜ、ヨットがおとりに……」


 ヨットは帆を畳み、全長二十メートルほどの小柄な本体に戻っていた。


 質量が小さいので、こういうタイプの船はジャンプしてもとらえにくい。逆に重量のある駆逐艦などは大きな空間の歪みとしてとらえられる。小型の宇宙船などはその衝撃だけで損傷を受けるくらいだ。


 ヨットはいつからいたのだろう。


 そして、わざわざ帆を張って海賊船が発射した榴弾のセンサに捕捉される危険を冒したのか。


「まさか、俺たちのために?」


 ロッソも首をかしげる。


「とにかく危機は脱したらしい。パイア、コンテナ船を再連結」

「了解」


 馴染みのある、背をぐんと引かれる感覚があって、船団は整列し始めた。


「……問題、無さそう」


 パイアが、安心して声をもらしたときに、びりびりと船内が震えるような大音量で通信が入った。


「こちら駆逐艦DDファルコン……異状ありませんか?」


「こちら牽引船ANCS−1688−b、異状なし」


 パイアが耳を押さえながら答える。


「スミッセン、音量調節して!」


 巨大な駆逐艦は、呼びかけ続けた。


「SBプチ・パピヨン、被害を報告してください」

「プチ・パピヨン、被害無し」


 駆逐艦の方に動揺する気配があった。


「申し訳ありません。護衛の任務についていながら……」

「だから、被害は無い」

「は……」

「私が被害無しと言っているのだ」


 突然、モニタに、少年とも少女ともつかない黒髪の人物が現れた。


「アノニマス!」


 パイアが叫んだ。

 この牽引船を買うときに立ち会ってくれた人物。

 大財閥クロスバルと何らかの関係を匂わせて去った。


 アノニマスの詳しい立場は分からないが、駆逐艦艦長一同、艦橋のスタッフが最敬礼するのが見えるようだった。


 アノニマスの言葉に、強力な武器と多層のバリアを備えた駆逐艦(デストロイヤー)が、ひざまずいている。


「私のヨットを追尾、警備できなかった罪は問わない。私が気ままに操船したことに起因するのだから」

「はっ、……ご厚情感謝いたします。これからどちらへ?」

「少し待て。こちらで話すことがある」


 少女の顔が、牽引船の方を向いた。


「……アノニマス、救援感謝する」


 ロッソの礼にアノニマスは冷たく笑って応えた。


「そちらの牽引船、最低限の自衛はしろ。特にこれから治安の悪い辺境を目指すならなおさらだ」


 中性的なアノニマスの声が、今度は牽引船の三人に向けられる。


「ル・ポール・ダタシェの平和ボケは、この先通じない」

「……分かったわ。この荷を降ろして料金を受け取ったら、すぐに装備する」


 ロッソが咳払いして、越権行為だとパイアに告げた。


「パイアは船主として言ったんだ」


 ラワンデルが固い声でロッソに抗議する。


 三人の様子を見ていたアノニマスが、さらに告げた。


「家族を探したいというお前たちの覚悟を、試させてもらった。まだまだのようだな」

「あなたにどんな関係があるの?」


 アノニマスの目は黒だとパイアは思い込んでいたが、深い藍色だと気付いた。

 その目がパイアを捉える。


「私の(パピヨン)の羽が無ければ、どうなっていた?」

「……それは……きっと、榴弾を受けて……」


「荷受人の資格しかない乗組員を責めるのは止めてくれ。この装備で出航すると決めたのは船長の俺だ」


 ロッソがやっと船長の貫禄をみせて、アノニマスに向き合う。

 アノニマスは遠慮なく言葉を浴びせた。


「この宇宙船が、ル・ポール・ダタシェを飛び立ったのはなぜだ?」

「大事な家族であるKの行く方を追うためよ」

「他の二人、即答できないのか?」


 アノニマスが長い黒髪を払う。

 青と白のボーダーTシャツに白のスラックス。

 ヨットのバカンスにこそふさわしく、駆逐艦を従えて経験不足の牽引船を威圧してみせるのには、似つかわしくない。


「……アノニマス、我々を守ってくれたのには感謝する」


 問われたことには答えず、ラワンデルは質問で返した。


「我々が事故の真相を探り、Kの行く方を追うことが、クロスバル社の関係者らしいあなたに、どんな関係が?」

「おのずと明らかになるだろう。今はまだその時ではない」


 言いたいことだけ言うと、ヨット──名はプチ・パピヨンらしい──はジャンプの準備を始めた。同時に駆逐艦も準備に入る。


「この近距離で! 止めて! せっかく整えた船団が!」

「ラワンデル、通常動力で距離を取れ!」

「了解」


 ラワンデルの操作で、船団は駆逐艦から離れようとしたが、結局、駆逐艦が跳躍する影響からは逃れられなかった。


「野郎、やりたい放題を……」


 アノニマスに無視された形のロッソが駆逐艦の消えた空間に罵声を浴びせた。


「……あれは、ル・ポール・ダタシェの駆逐艦だった……一国の海軍に自分のヨットを守らせるなんて、アノニマスはいったい……」


「何者なのか」というラワンデルの言葉の最後は、飲み込まれて消えた。


「船長、次の座標を指示して」


 パイアが二人を現実に引き戻した。


「お、おう。ずいぶんあちこち跳んでしまったからな」

「座標の計測に問題が出ていなければ良いんだが」

「目標、オオギ座263f525:5100、いわゆる凪の海。ここなら、多少自立航法の誤差が大きくても周囲に危険物は無い」

「了解。シュミレーション後にジャンプ」






 船長として、針路を定めながら、ロッソはなんとも言えない孤独感におそわれていた。


 パイアとラワンデルが探しているKという人物に面識は無い。

 運送業者の一人として、航宙の経験だけはあるが、深宇宙の探査などには興味がない。


 ましてや宇宙機雷で跳ばされた人間のあとをたどろうなどとは、正気の沙汰とは思われなかった。


(適当に小銭と経歴を稼いでバイバイするつもりがよ)


 なにか大きな力が働いている。

 パイアもラワンデルもKの探索に夢中で気付いていないが、それと似て非なる何ものかが。


「雇われ船長の俺には関係ないか」

「なに? 給料は払ったでしょ。それより、どんな武器をそろえておけば良いか、アドバイスしてもらえない?」

 

 ロッソはシートの背越しに振り向いたパイアの顔をじっと見つめた。


「パイア、お前はDNAエラーで親に弾かれたクチか」

「そうよ。なにか文句でも?」


 ひときわ目立つ美貌、大量生産された人間には稀な主体性……。


「注文とは瞳の色が違ったらしいわ」

「……苦労したな」


 パイアは眉をひそめた。


「なんの苦労も無いわ。Kもラワンデルもいてくれたし。それにもう親が恋しい年齢でもないし。それともなに、弾かれた人間はいつまでも孤独を負って暗く生きなければならないとでも?」


 機関銃のようにまくしたてるパイアに、ロッソは黙った。


「シュミレーション異常無し。ジャンプする」

「よし、ジャンプ!」


 一瞬の後、船団は凪の海に実体化した。


「シュミレーションとの誤差、ほぼ無し。駆逐艦から受けたダメージは無視できる」

「良いぞ。そのまま通常航行で最終目的地を目指す」

「了解。スミッセン、航路計算」

「了解しました」

「確認後、航路修正」

「目標、オオギ座263f525:5155」

「前進!」


 短時間、推進剤が燃焼して船団は向きを変えた。


「最大航行速度に達した。推進装置停止。慣性航行に切り替える」


 あとは警戒を怠らないことと、目的地に近づいたところで、所定の手順を間違えないことだ。


「オオギ座263f525:5155って、小さな宇宙港なのね」


 荷渡しの手順でも考えているのか、パイアが宙を睨みながらつぶやくと、


「もとは、ル・ポール・ダタシェと並ぶ大都市だったが、先の大戦で構造の半分以上を失った。そこから復興して今がある」


 優しい声でスミッセンが解説する。


(そうか、パイアも規格外品だったか)


『はずれっ子!』

『捨てられっ子!』


 何本もの足が、幼いロッソを蹴り上げる。

 権利として自分の過去を聞かされたとき、ロッソは反射的に全データを消去した。


 身の上を相談した相手がロッソを裏切り、秘密を暴露し、彼はいじめの標的となった。


「ラワンデル、あとは任せる」


 ロッソは込み上げてきたものを押さえるために、操舵室を離れた。



 


 パイアたちが生命の危機にさらされていた、ちょうどこの時間帯、クロスバル宇宙探査部門近くの社員専用カフェには、三人の「ジャッキー」が集まっていた。


「やれやれ、やっとK絡みから手を離せるわ」

 

 一人がタバコに火をつけた


「禁煙!」


 もう一人が、ミント水に浸したナプキンでタバコの火を消した。


「諦めたほうが気が楽でしょうに」

「同じことを、アノニマス様にも言える?」


 クロスバル深宇宙探査部門には同じ顔と声をした五人のジャッキーがいる。


 トラブルが深刻化しそうな相手には、ジャッキーを張り付かせ、二十四時間常時対応で相手の心を翻弄し、依存させ、弱らせ、最終的に諦めさせる。

 これまで、宇宙で事故にあった本人、家族、友人、皆それで潰してきた。


 潰れなかったのは、今回が初めてだ。


「アノニマス様も物好きね。自社の現役の牽引船をくれてやるなんて」

「もしかしたら、二度目の人生で伴侶を見つけたのかも」

「あの女? 確かに美人だけど」

「ビューティー バット スキン ディープ(美醜は皮一枚の差)」


 三人は、クスクス笑った。


 彼女らは、彼女らなりにだけ、この事件を理解していた。




 


次回 第10話 気の重い仕事


木曜夜8時ちょい前をお楽しみに!

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気が付けばくせものだらけに…… 心配しかない!
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