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第8話 初仕事

「愛しのスベトラーナ……」


 宇宙港から離脱直後、ロッソが鼻歌を歌いながら、メイン・コンピュータと雑談を始めた。


 旅慣れた航宙士ならそれが普通なのかも知れないが、緊張しているパイアは顔をしかめた。


 ロッソの着る特注の赤い宇宙服の襟に着けた金色の星は四つ。

 この船の最高責任者を示している。

 対してラワンデルは三つ。

 パイアは無しだ。

 宇宙船の中の組織がトップダウンである以上、パイアはロッソに文句が言えない。


 牽引船用汎用型メインコンピュータ、スベトラーナ・シリーズは、孤独な航宙士の心を癒す能力に長けていた。

 船長席のロッソと雑談を続ける。


「こんにちは。ずいぶん急いだ離脱だったけど、あなたが船長さんで良いのよね?」

「そうだ。このロッソが船長だ」

「私はスベトラーナ。この船のメインコンピュータです。他の乗組員の方も自己紹介を」


 乗組員の情報は前もって入力してあるから、これにはいわゆるアイスブレイクの意味があるのだろう。


「自分はラワンデル。一等航宙士として乗り組む。よろしく」

「よろしく、ラワンデル。あなたは船長の資格も持っているのね」


 一瞬場が不穏になりかけたのを察して、パイアが前に出て、センサに自分の顔をさらした。


「ボンジュール、スベトラーナ。私はパイア。荷受人」

「あら、珍しい。荷受人が同乗するなんて。わざわざ危険な旅へようこそ」


 ありえないことだが……パイアは、このコンピュータの言葉に棘を感じた。


「あと、一般通信も担当するわ。管制官だったから、通信士の資格はあるの」

「私に任せてくれても良いのよ。さっきみたいに」

「それは私たちが決めることよ」

「あら。それは失礼。高尚な人類様」

 

 明らかに分かる嫌味を言って、スベトラーナは沈黙した。


 コンテナ船がひしめく集荷場は、推進装置を一番絞った徐行で、三十分ほどの距離だ。


「俺は自分の部屋を見てくる。出航サービスに任せたから備品はそろっていると思うが……ラワンデル、あとを頼む」

「了解」

「パイアは、この船の物資のチェックを」

「了解しました」


 航行燃料30単位

 浄水150リットル。

 雑水50リットル。

 保存食30日分。


 積み込んだ資材が、予定の航行に必要十分かを、ラワンデルに確認してもらう。


「問題無し」


 出航前に自分で確認しているラワンデルは、パイアが送った数字に誤りがないことをチェックして、笑ってみせた。


「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。オオギ座263f525:5155まで早ければ二十五日の航宙、ほとんどは、ハイウェイを通るし」

「そう、そうね、でも落ち着かなくて」


 最大乗員四人のこの牽引船の操舵室(ブリッジ)は、三人で乗れば少し隙間があく。

 乗員それぞれにコンソールと小型モニタ、壁全面を埋める計器類、前方には真っ暗な中に心細く星々の浮かぶ巨大モニタがあった。


「小さな船の人工重力に慣れるまでは、時間がかかるものさ。ハイウェイに入るまでの辛抱だから」

「……うん」


 ラワンデルの慰めにも、パイアの表情は冴えない。


「集荷場まで二十分」


 ラワンデルが、席を離れているロッソに船内無線で告げた。


「元気出せ、集荷場でコンテナ船を受け取るのは、パイア、お前の仕事だぞ」


 慣れない仕事の重圧が彼女を襲う。

 だが、荷を受けて輸送費を稼ぎながらKの消えた深宇宙を目指す計画には、これは欠かせない。


「頑張る」


 自分自身を抱きしめた手が、ふと、宇宙服のポケットに入れっぱなしだった、ジャーナリストのスミッセンが遺したメモリに触れた。


「ラワンデル、これ、スミッセンが今回のことをまとめたものだって……」

「ん、今のうちに中身を見てみるか」


 ラワンデルは席を立ち、三歩ほど歩いてパイアの席の横に立った。

 

「ずいぶん大きなデータね」


 危険のある内容ではないことを確認しつつ、パイアは自分のコンソールで、メモリを解放した。


 その瞬間、宇宙船の全画面が明滅した。


「ヤバい、パイア、中止しろ!」


 室内が一度緊急事態を告げる赤色灯に染まり、すぐに通常の明かりに戻った。


「なにが起きたの……?」

「これは……ただの情報を入れたメモリじゃない……コンピュータを点検して、船長に報告を……」


 ラワンデルの固い声を、スベトラーナの甘い声が、さえぎった。


「私はどこにいるの」

「スベトラーナ、冗談は止めて……」

「ここは宇宙船の中だ。お前はだれだ!」

「よう、ラワンデル。パイアもいるわね。私が目覚めたってことは、ジャーナリストのスミッセンは死んだわね」


 パイアはあわててメモリを抜き取ったが、スミッセンを名乗る声は続いていた。


「無駄なことだよ、マダム」 

「あなたは誰?」

「スミッセンの複製」

「スベトラーナを乗っ取ったの?」

「細かいことを言うと違うけど、そう思ってくれて良いわよ。人探しの役に立ってやるわ。あ、言っとくけど、パイア、ラワンデル、航行関係には干渉しないから安心なさい」


 パイアがメインコンピュータの電源を落とそうとしたが、ラワンデルに腕を引っ張って止められた。

 なにが起こっているにせよ、航行中にコンピュータが死んだら、大変なことになる。


 顔色を変えたロッソが駆け込んできた。


「今のはなんだ?」

「船長、問題が起きました」


 天井のモニタが、キラリと光った。


「よう、トマト泥棒」

「……な、なんだと」


 パイアが蒼白になりながら、


「ジャーナリストのスミッセンにメインコンピュータを乗っ取られたようです」

「そうそう、そういうことよ。あきらめて俺と航海を共にするのね」


 ロッソが赤毛の頭をかきむしった。


「ああっ、俺のスベトラーナ!」

「スミッセンは人格部分を乗っ取っただけで、航行システムには干渉しないと言っています」

「信じられるか! 次の寄港先で削除してやる!」


 大声を上げたロッソに、スベトラーナの声がうふふと笑いかけた。


「集積場まであと五分。あきらめて準備するのね」


 あぐあぐと口を動かしているロッソをよそに、ラワンデルは正確な操船技術でホームに船を着けて、パイアに呼びかける。


「パイア、早速だが、荷を受けてくれ」


 気を取り直したパイアが、それを受けて集積場に呼びかける。


「了解。こちらはANCS−1688−b、五番コンテナから十番コンテナまで受け取って、オオギ座263f525:5155:332まで曳航。荷重確認中。異常無し。コンボイ形成終了まで七分。航路願います」


 テキパキと作業を行うパイアに応えて、やっと我に返ったらしいロッソが、指示を出す。


「第二サイリウス・ハイウェイ経由。ジャンプの座標計測は本船でも行い、誤差を修正する」

「第二サイリウス・ハイウェイ経由。ジャンプの座標計測準備。誤差測定準備。スミッセン、いいか?」


 ラワンデルは、スミッセンの亡霊と航行する腹をくくったのが声音から分かる。

 数秒もかからずに幾重にも守られているはずのメインコンピュータを支配下に置いたスミッセンを除去するには、専門業者を雇わねばならないだろう。


「了解、野郎ども!」


 甘い声と乱暴なセリフの落差に笑いをこらえながら、パイアは船団構成を続ける。


「各コンテナ銑鉄を規定量まで搭載。十番コンテナ、定位置、微修正中。船団構成まで、四分、各コンテナ位置情報共有、三分、異常無し」

「牽引始動」

「了解、異常無し。二分」


 コンテナ船の質量がかかると、乗組員の身体がぐいと後ろに引かれた。


「ラワンデル、人工重力修正」

「了解。修正かけます」

「……一分」


 ロッソが席に座り直し、パイアに代わってラワンデルがカウントダウンを始めた。


「出航まで、五十八、五十七……」

「出力八十パーセント」

「船団異常無し」

「出力九十に上げろ」

「了解、出力八十五、六、八、九十」

「出航」


 青白い炎を短く吹き出しながら、牽引船はゆっくり前進を始めた。

 コンテナ船が二列に並んでその後を追う。

 速度は徐々に上がり、


「速度、法定限度に達します。推進装置ダウン。進路は問題なく、ハイウェイの入り口に向かっています。」

「よし」


 あとは慣性でハイウェイの入り口まで進む。


「パイア、完璧だったぞ」


 ロッソが褒めた。

 ラワンデルも親指を立てて見せた。


「ふうう」


 パイアは少し緊張を緩める。初の航宙なのだ。まだまだ緊張していても無理はない。


 それから、厄介な同乗者、スミッセンに対して、ロッソは船長としての判断を下した。 


「スミッセン……だったな」

「そうよ」

「航行の邪魔をしないというのは本当だったらしいな」

「邪魔すれば、俺ごとあの世行きじゃないの」

「オオギ座263f525:5155まで、同行を許可する。それ以降どうするかは、お前の態度次第だ」


 ラワンデルが、身体ごと後ろを向いた。


「ロッソ船長、船主の一人として言わせてもらう。俺たちの一番の目的は、行方不明になった深宇宙探査船ブレイブバードを探すことだ。もし、コンピュータを乗っ取ったのがスミッセンなら、捜索の役に立つだろう。なるべく削除しないでほしい」

「そう。Kたちを探すのが、この船の最大の目的。それを忘れないでね、船長さん」


 パイアは軽くロッソをにらんだ。


「オーケー、オーケー。俺はあくまで雇われの船長だ」


 ロッソは両手を上げて見せた。


「ただし、この船の安全と規律に関しては俺に従ってもらう。パイア、許可なく危険なデータをコンピュータにいれるのは、許されない」

「あら、危険じゃないわよ。人探しの役に立ってみせるから」


 ロッソはモニタに人差し指を突きつけた。


「こんど口答えしたら、削除だ!」


 スミッセンは黙った。






 問題を抱えつつも航行は無事に進み、四日後、船団は第二サイリウス・ハイウェイの入り口に到達した。


 差し渡し二十キロメートルほどの巨大な黒い輪が前方にあり、そこをくぐれば自動的にハイウェイの終点までジャンプする。


「初めてのジャンプよ。少し怖いわ」


 パイアがつぶやくが、何度も経験のあるロッソとラワンデルは、にっと笑っただけだった。


「何も感じないのよね?」

「そうだ。まれに抜けてから、めまいを起こすことがあるが……」


 ロッソが経験者ぶって、ご高説を垂れた。


「心配しなければいけないのは、出口付近で待ち構えている宇宙海賊だ。ハイウェイ自体は厳重に守られているが……」


 彼は黒い輪の周囲を囲む無数の砲台を指した。


「無事に相手方まで荷が届きますように……」


 パイアは銀灰色の宇宙服の胸元で手を組んだ。


「通信!」

「こちらANCS−1688−b、ハイウェイ進入の許可を求めます」


 パイアより先に、スミッセンがハイウェイ監視所に連絡した。


「ANCS−1688−b、許可」


 船団は黒い輪に飲み込まれていく。

 牽引船自体は輪の大きさに比べると大変小さかったが、引かれていくコンテナ船の群れを考えると、この程度の大きさは必要だった。


「船団、すべて進入済み」


 船外は闇に包まれた。モニタにも暗黒が写っているだけだ。

 あっけに取られて何も言えなくなっているパイアに代わって、ラワンデルが報告をあげた。


 ロッソが、キーを叩いた。


「よし、ジャンプ開始!」


 噂に聞いているとおり、パイアは何も感じなかった。ただ、ジャンプ開始と同様に暗黒に包まれた空間に実体化した。


 船団が前進すると、前とは違った位置に星々が輝いているのが見えた。


「誤差、〇・二メートル。許容範囲内」


 ラワンデルの報告する声に我に返る。


「良いぞ……このまま危険空域を抜けて……」

「接近する宇宙船あり!」


 スベトラーナの声でスミッセンが警告した。


「……しまった、海賊か……」

「この距離なら、ジャンプできる!」


 ラワンデルが叫ぶ。


「オオギ座の方向へ跳べ!」

「距離は?」

「一光年!」


 シュミレーションに三十秒ほどかけ、船団はオオギ座263f525:5155:330を目標に跳んだ。


「ヘヘッ、銑鉄なんてショボい荷をひいた牽引船が自立航行するなんて思っちゃいないだろうよ」

「警告! 空間の歪みを探知、実体化する!」


 ラワンデルが再び叫んだ。


「追尾されたんだ……」

「この宇宙船に武器は無いのか? 実体化と同時に叩き潰してやる」

「無いわ、ロッソ。そこまでの資金がなかったの」


 絶望を含んだパイアの声。


「もう一度、ジャンプだ。今度は逆方向へ……」

「263p525:5155:330へ」


 方向だけ変えた跳躍を再び。

 もと来た方へ逆戻りする。


「駄目だ、振り切れない……」


 再び空間の歪みを感知したラワンデルがつぶやく。


「続けてのジャンプは無理……船団が崩れてしまうわ。ああっ(モン・デュー)


 宇宙の闇に溶け込む漆黒の小型宇宙船が、モニタいっぱいに映し出された。


 宇宙海賊のやり口は知っている。

 牽引船を破壊して、船団を丸ごと奪うのだ。


「ちくしょう、武器さえあれば!」


 黒い海賊船から、牽引船を粉々にするのに十分な榴弾が射出されたことを示す警報音が鳴り響いた。









牽引船、絶体絶命。


次回、第9話 ヨット


来週木曜夜8時ちょい前をお楽しみに!

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