第3話 責任
Kは、三人の中で一番年長だった。そして宇宙が好きだった。
ル・ポール・ダタシェは宇宙の航路の交わるところに設置された宇宙都市だから、なにがしかの宇宙への興味を皆が持つものだが、Kはもっとも厳しい道を選んだ。
深宇宙探査船の乗組員……Kは十歳の時から予備訓練生に選抜され、養成講座を受けた。
ラワンデルとパイアも、Kの影響を受けて宇宙にかかわる仕事を選んだが、残念ながら適性試験で振り分けられて、ラワンデルは一般の航宙士、パイアは宇宙港の管制官の道へと進んだ。
Kが宿舎に隔離される前に、三人はトリブスの家族契約を結んだ。
Kになにかあっても家族で支えられるように。
KはKで高額なサラリーの受け皿として。
パイアは、ル・ポール・ダタシェの金融業で資金を運用し、家族の資産を五割増にしてみせた。
家族は愛情で結ばれた社会の単位である。
ル・ポール・ダタシェに不倫の観念は無い。
家族とは別に金銭前提の性もあれば、行きずりの恋もある。
当然、同性の性交渉もある。
ただ、子孫を作るのは別だ。
どんな形で子どもをもうけるにせよ、将来の国民として、政府の管理下に置かれる。
「隔壁の向こう」では管理が行き届かず、未登録の人口が一定数いるが、政府が躍起になって取り締まっても、やはり人間の性にタガははめきれず、野合して産むに任せる者はいるのだ。
心配になるのは老傷病者への対応だが、先天性後天性を問わず、ハンデキャップへの対策は手厚い。
国家の基礎である宇宙関連産業が常に一定数の障碍者を生み出すうえ、国家が管理する生殖も先天性障碍者をすべて除外できるわけではない。
例えば脊髄損傷を例にとっても、再生医療を受けるか、車椅子生活にするかの選択肢がある。そして国民には手厚い補助がある。
話が逸れた。
パイアとラワンデルは、家族としてKの行方不明というショックを乗り越えようとしていた。
ジャッキーからの連絡はほとんど無くなった。
五人の乗組員たちの家族同士の連絡は取れなかった。
クロスバル社は「被害者」の家族たちが団結させないようにしているのだと、パイアたちは思い知った。
パイアは、SNSで他の家族を探そうとしたが、ブロックされて探せない。
「明らかに妨害されているわ」
三人家族のために購入したアパルトマンで、パイアはタブレットを放り出し、ベッドの上に膝を抱えた。
もう二十二時を過ぎている。
「簡単にはいかないさ。何と言っても相手はあのクロスバルだ」
コップに入ったオレンジジュースを渡しながらラワンデルが慰める。
クロスバル社は、その名を冠するものしないもの合わせて二百社を傘下に置く大財閥だ。
「ニュースでも、言わなくなっちゃったわね」
「そりゃそうだ。十年ぶりの、社運をかけたプロジェクトが頓挫したんだ。広めたいとは思わないさ」
その時、けたたましい通知音が鳴って、タブレットが音声通話を求めた。
パイアは危うくジュースを吹き出すところだった。
「はい、あなたのお名前と所属は?」
むせているパイアに代わってラワンデルが応対した。
「ブレイブバード乗組員のKさんのご家族ですね」
「そちらの名前と所属を」
「こりゃ失礼。名前はスミッソン。フリーのジャーナリストなので所属は無し」
含み笑いが伝わってきた。
ピン、と音が鳴って、記者証が表示される。
「で、そのジャーナリスト様が、何を聞きたいの」
「おっと、マダム、はじめまして」
猫なで声のジャーナリスト。
「十年ぶりの深宇宙探査船が行方不明。乗組員のご家族の声を聞きたいって社会的要望がございましてね」
「どうやってウチを知った!」
「ジャーナリストには一般人にさわれない情報が一部公開されてるんですよ。それとお友達に先方のネットワークをちょっと細工してもらいましてね」
パイアとラワンデルは顔を見合わせた。
「……もしかして、他の家族の連絡先を知ってる?」
含み笑いが聞こえた。
「どこのご家族も同じことをおっしゃる」
「その情報と交換に質問に答えよう」
「良いでしょう。まず、行方不明になった原因」
ごくりとラワンデルがつばを飲み、その様子がパイアに伝わった。
「公式には調査中と出ている」
「家族にはほぼ確定情報が伝えられているはずですぜ」
「前の戦争に使われた宇宙機雷に触れたらしいわ」
「……一つ。ハンナ・ペーターゼン。識別番号56763−22910」
識別番号が分かれば、ポールデタシェでの住所と希望の連絡方法が分かる。
「これは乗組員でしょ。家族は?」
「ビス3、ビス8が家族だ」
ラワンデルが素早く検索する。
黒髪を長く垂らした女(?)と赤ん坊の映像が浮かぶ。
「クロスバル社の死亡宣告に同意したので、ハンナの映像は削除されている」
スミッセンの突き放すような言葉に、ラワンデルが「除籍」の項目を探して触れると肩先で金髪を切りそろえた青い目の女性に変わった。控えめな花とリボンでかざられている。
「もう死者扱いか」
「先に言っておく。この家族はクロスバル社の言いなりだ。連絡をとっても無駄ですぜ」
バンッとラワンデルがテーブルを叩いたので、パイアは飛び上がる。
「役に立たない情報から渡してるってことか!!」
「そっちだってそうでしょう。宇宙機雷の可能性はもう専門家がSNSで発表している」
少し沈黙があって、
「先に言っておこう。ジャン=リュック・サントクロワ。認識番号00012−69860、ビス9」
「まさか、船長の家族?」
「そうだ。最も厳しくクロスバルの責任を追求している。職業は弁護士だ」
ラワンデルが検索している横で、パイアは噛みつくように言った。
「何を知りたいの?」
「機雷がそんなところにあった理由」
「機雷同士が触れて深宇宙に飛ばされたと言っていたわ」
スミッセンが、また笑った。
「どうしても機雷のせいにしたいんだな。探査船自体の欠陥は認めないのか」
「笑うのをやめろ!! その理由なら説明してやるよ。探査船は前準備無くジャンプしたんだ」
前準備とは、シミュレーションで一度ジャンプし問題ないかどうか確認する作業を指す。
航路が設定された「ハイウェイ」では不要な作業だが、未知の宇宙に挑むには不可欠だ。
「そのシミュレーションが暴走したのでは?」
「ありえないね。この場合、入力するのはジャンプ先の絶対座標だ」
「……ほう……」
パイアがラワンデルの口を手で押さえた。
「言っちゃダメ。あのことは、他人に言っちゃダメ!!」
「聞きたい……」
パイアが、通話を叩き切った。
「ラワンデル、あの座標のことを言おうとしたでしょ」
「すまない。頭に血がのぼって……」
パイアは座標を暗唱した。
「アン・アン・トロワ・ドゥブルヴェ・ドゥ・シス・ナフ・ドゥ・ポワン……」
「113W269:……」
宇宙船が本来使う、銀河の中心に原点を置いた絶対座標ではなく、その宇宙船を原点としてジャンプする先を読み上げたもの。
「船の異常なら、絶対座標で自動的に発信されるはずだ」
「私には分からなくなってきたわ」
再び通知音が鳴った。
通知を許可しないのに音声が勝手にしゃべり始めた。
「K様のご家族様、クロスバル社に許可なく自称ジャーナリストに情報を漏らされては困ります」
「ジャッキー、なぜ知ってるのよ」
「今はそれは問題ではありません。今後のため、ケルベロスを派遣させていただきます」
「ケルベロス?!」
「当社の保安員です」
「嫌よ!!」
「選択権はありません」
ラワンデルが急いで、サントクロワの連絡先をタブレットに移した。
「逃げるぞ」
「どこへ?!」
「ケルベロスの来ないところ」
蹴破る勢いで洒落た鋼鉄製のドアを開け、念の為三重にロックして、ラワンデルは走り出した。
左手でパイアの手を引いている。
路地から表に出たところで、監視カメラが点滅した。付属のスピーカーから警戒音が鳴る。
「自宅に帰って、ケルベロスを待ちなさい」
「嫌なこった」
「ラワンデル、どこへ……」
彼は、道路の名前を確かめた。
「プラターヌ通り10番、5階、サントクロワを頼ろう」
通りに黒い車が止まり、三人組の体格の良いスーツ姿の男が降り立った。
「我々はケルベロス。おとなしく自宅に戻れ」
「戻ってどうするのよ!!」
パイアは金切り声をあげる。
「探査船の調査は我々クロスバル社が行う。他の者に情報を漏らしてはならない」
ラワンデルが、三人組にタブレットを叩きつけた。
「走れ!!」
「ラワンデル!!」
「俺は別の道から行く!」
三人組が、そうはさせじと腕を伸ばす。
かいくぐってパイアは走り始めた。
足の速さには自信があるし、プラターヌ通りならすぐそこだ。
背後に足音が響くのを感じながら、パイアは走った。
「うっ!」
二つ目の角を曲がった時だった。
背中に軽い違和感を覚えたと思った途端、全身が硬直し、石畳に派手に転倒して転がった。
「……うう……」
「こんなことはしたくなかったのですがねえ」
麻痺銃を構えたケルベロス三人組の一人が言った。
「ラアンデッ!!」
口もうまくきけない。
ケルベロスが、倒れたパイアの顔の前にしゃがんだ。
「お嬢さん、沈黙は金と言ってな」
彼はパイアの柔らかい金髪をなでた。
「や、やめ……」
「良く効いてる。ふふふっ」
男はなで続けた。
「担がせてもらいますぜ」
「やめ、やめ……」
風船でも担ぐように軽々と男はパイアの身体を方に担いだ。
暴れようとしても身体が言うことをきかない。
「あうっ」
男は急に立ち止まり、左手を顔の前にかざした。
見たこともない強烈な光が男とパイアを照らしていた。
「警察だ! その女性を降ろせ!!」
二人組の制服警官の一方が、投光器を持っていた。
その明かりの中を、つかつかとパイアたちのところへ歩み寄るコート姿の男。
「降ろしなさい」
「誰だ、貴様は!!」
「私の顔を知らないのですか?」
実際、逆光になって黒い影にしか見えない。
「私はサントクロワ弁護士。私の依頼人から手を離しなさい」
男はしぶしぶパイアの身体を石畳に降ろした。
「あ、あり……が……」
弁護士は、男とパイアの間に割って入った。
「こんなものを使って……自衛以外に認められていないのは知っていますか!」
「広義の自衛だ」
「……では、裁判所で会いましょう。せいぜいご主人に尻尾を振って良い弁護士を付けてもらいなさい」
良くわからないが、とにかく助かったらしい。
パイアの目から、つうと安堵の涙がこぼれる。
「ラワンデルさん、こっちです」
「パイア、無事か?」
かろうじてうなずいた。
「ありが……とう」
「おっと、礼なら私に言ってくださいよ」
くたびれたスーツ姿の見知らぬ小男が、コートの横から顔を出した。
「サントクロワ先生に連絡したのは、自分ですからね」
「……だ……れ……」
「もうお忘れですか? ジャーナリストのスミッソンですよ」
ラワンデルがパイアを抱き起こした。
「走らせて済まなかった。通話を切ってすぐに傍受に気付いたスミッソンが、先生に連絡してくれていたらしい」
「地獄の猛犬ケルベロスも、法の前には無力です」
その言葉通り、すごすごと警察車両に乗せられていく三人組の姿が目に写った。
「あなた方の持っている情報をください。一緒にクロスバルと闘いましょう」
そうだ、この人のところへ行こうと思っていたんだと、パイアの混乱していた頭が整理された。
「念の為、この女性を病院にお願いします。ありがとう」
「職務を果たしただけです。感謝には及びません。ア ヴォートル セルビス」
ケルベロスから取り上げた麻酔銃を手にした警官が答えた。
「先生、ありがとうございます。いい絵が取れました」
「スミッソン君、君のためではないことを確認しておくが」
「そ、そりゃあ、もちろんです。記者証を取り上げられたら食い上げですから」
パイアの腕輪が微光を放った。
「正式な契約です」
「ありがとう、ございます」
麻酔の効果は急速に薄れている。
サントクロワは、街灯の監視カメラを見上げて宣言した。
「クロスバル社の人間たち! 私たちは、私たちの家族を奪ったおまえたちと闘う。真実が赤日のもとにさらされるまで!!」
その言葉を力強く聞きながら、パイアは移動式簡易医療班のベッドに乗せられた。
「万が一のことがあってはいけないから」
ラワンデルが呼んでくれたらしい。
彼が「ケルベロス」の名を出すと、救急隊員はいちように顔をしかめた。
「クロスバルの狗。よくこれだけで助かりましたね」
「もう、大丈夫そうですけど」
大騒ぎになったのを恥じるようにパイアが隊員に言った。
「背中を見せて。麻酔銃の痕跡を記録します」
「血液も。薬剤が代謝されないうちに」
「これでケルベロスの悪行が暴けるかもしれません」
成り行き任せに、巨大組織クロスバル社と対決することになるのかと、パイアは震えた。
次回、第4話 牽引船
来週はお盆休みとさせていただきます。
再来週、木曜夜8時ちょい前をお楽しみに!