表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/18

第2話 宇宙機雷

 有人深宇宙探査船が消息不明との速報の直後、パイアの腕輪とラワンデルのバッジが震動した。


「関係者の呼び出しみたいね」

「そうらしい」


 空中に浮き上がった画面に、クロスバル宇宙探査部門が入った建物の住所が示されていた。


 パイアは唇を拭って立ち上がるときに皿をひっくり返した。派手な音がして落下した皿が割れる。


「ギャルソン、ごめん、急用。」

「今のニュースかい?」

「そう。私もラワンデルも乗組員の家族だから行かなきゃ。じゃね」

「この花束……」


 ラワンデルもサラダを残したまま立ち上がっている。


「適当に店で飾ってくれ」


 ギャルソンが手を高く挙げた。


「ボン シャンス!!」


 幸運を、という祈りが何になるのだろう。

 もっと良い言葉があるんじゃないか?

 でも、煮えたぎる恒星のような今のパイアとラワンデルの心に届く言葉があるとは思われなかった。


「行方不明……よね」

「そうだ。消息を絶っただけだ」


 単に通信機器のトラブルであってほしい、磁気嵐か何かで通信が途絶えただけであってほしい。


「タクシー!!」


 車道から十五センチほど浮いて走る鮮やかな黄緑色の車体が停止した。

 ドアが自動で開く。

 ドライバーはいない。


「クロスバル宇宙探査部門まで」

「ご案内できません」


 ラワンデルが、バッジを前方のモニタに突きつけた。


「俺たちは呼ばれたんだよ。キーが付いてる。読み取れるだろ」

「……失礼しました」

「急いで!!」

「制限速度いっぱいで走行します」


 時刻は十九時を回り、一般居住区の明かりは〇・三ルクスに落とされていた。

 これは人類が遥か彼方に置き忘れてきた満月の明かりにほぼ等しい。


 ポール・ダタシェの能力なら二四時間昼間を演出もできるが、人類の身体がもたなかった。

 六から一〇時間の睡眠を取ったほうがやはり人類の活動効率は良いという統計結果が出て昼夜を演出するようになった。


 二四時間活動をやめない流通の中心地にあって、ポール・ダタシェはこの独自の方針を貫いていた。


 それから生まれる独特の異国情緒に惹かれて他の宇宙都市からの観光客も少なくなく、ポール・ダタシェのにぎわいに華を添えていた。


 五十年前の大戦をくぐり抜けた歴史ある中継基地ゆえ、整然とした街並みがわずかに崩れ、歩道にはみ出したカフェやマルシェが許可されている。

 歩道の使用料が加算されて割高なのだが、観光客は、惜しまず代金を払った。


「あと五分」


 タクシーの声が告げた。


「メルシ」


 反射的にパイアが礼を言ってから、きっちり五分後、タクシーは立ち入り制限区域にあるクロスバル宇宙探査部門の前に着いた。


 料金は自動精算される。


 薄闇の中、建物には煌々と明かりが点いていた。


 芝生らしい前庭を横切って入ろうとすると、


「深宇宙探査船乗員の関係者ですね。私はここの職員です。こちらで対応いたします」


 生身の人間に案内されて二人は驚いた。


「乗組員Kの家族のパイアです」

「僕もだ。彼とパイアと僕でトリブス契約の家族」


 二人は一刻を争うように腕輪とバッジで身元を証明する。


──生体認識一致。


「ご協力ありがとうございます。こちらへ」


 二人は、螺旋階段を登って二階の部屋に通された。


 深緑の絨毯、テラス窓にも同系色で唐草模様が織りだされたカーテン。

 入って右手の壁には火の消えた暖炉。

 豪奢だが広くはない一室である。


「ここでお待ち下さい」


 職員は姿を消した。


 部屋にはベージュのソファが二つ、暖炉の前に備えてあったが、二人はとても座る気にならず、部屋を歩き回っていた。


 ラワンデルがカーテンをめくると、前庭が見えた。


「……別の家族が来たみたいだ」


 薄闇の中で腰の曲がった老女は取り乱し、男が懸命にそれを押さえていた。

 白っぽい髪を振り乱した老女が、上に向かってなにか叫んでいるが聞こえない。


 ラワンデルはカーテンを閉めた。


「誰か来たの?」


 パイアの問いにラワンデルはうなずいた。


「取り乱してる」

「……当然だわ」


 パイアもラワンデルも、家族を失うかもしれないという不安のさなかにいる。

 二人が感情を爆発させないのは、この宇宙都市で育つ中で強い自制心を身につけたから。そして今、二人が目指している職業がら。

 それだけに過ぎない。


「お待たせしました」


 金縁の眼鏡にオレンジの髪、薄青の作業服姿の人物が入ってきた。一見性別不明で声も中性的だ。


「Kは無事なの?」


 握手もせず、飛びつくようにパイアが尋ねた。


「まずはお座りください。私はクロスバル宇宙探査部門で副主任をしておりますジャッキーと申します」


 二人の識別装置に自動的に「知り合い」としてジャッキーの情報が取り込まれる。

 逆にジャッキーにも二人の情報が伝わる。


 二人はジャッキーの斜め前のソファに座った。

 すっぽりと身体が沈み込む。


「お二人とも、宇宙関係のお仕事ですよね? 細かい説明は省いて、現状をお伝えします」


 ジャッキーは少し前かがみになって、


「一言で申し上げれば、深宇宙探査船ブレイブバードは消息を絶ちました」

「通信トラブルじゃなく?」

「伝播する空間に問題があったのでは?」


 ジャッキーは黙って二人を見返した。

 それが何より雄弁に「違う」と語っていた。


「時系列的にお話しいたしましょう」


 ジャッキーはタブレットを開いた。


「まず、十五日──昨日ですね、〇時と十二時の定期連絡は滞りなく届いています。そして問題となるのが十六日、三時に緊急連絡が入りました。これはあらゆる通信に優先して送られます」

「一般の亜空間通信より早く?」


 ラワンデルが聞いた。


「はい。中継基地局で最優先で処理され、ブレイブバードとの距離なら、約二〇時間の違いがでます」


 ジャッキーは眉をひそめた。


「緊急連絡の後で、通常の定期連絡が届き……その後一切連絡がつきません」

「どうして……」


 パイアが頭をかきむしった。


 ジャッキーは気の毒そうにパイアを見やって、


「緊急連絡として送られてきた内容は次の通りです。


アン・アン・トロワ・ドゥブルヴェ・ドゥ・シス・ナフ・ドゥ・ポアン


ここで途切れています」


「113W269: だ」

「なに? 暗号?」


 パイアがつぶやく。


「座標だ。それも不完全な……」


 ラワンデルがうめく。


「そうです。それも、パイア、管制官を目指すあなたが慣れている絶対座標ではなく、現在位置からの方向を示す相対座標。ラワンデル、あなたには簡単ですよね」


 ラワンデルがうなずく。

 航宙用の航路が設置されていない深宇宙では、便宜的に相対座標を用いることがある。


「我々が、ブレイブバードに非常事態が起きたと断定したのは、この通信のあと、探査船が最後に設置したブイから、空間の歪みが報告されたからです」

「空間の歪み」

「はい。一隻の船を飲み込むに十分な……」


 パイアが顔を上げた。


「そんな……」

「我々が予測した範囲では起こり得ない現象です」


 ラワンデルが蒼白な顔で、しかし冷静さを保って尋ねた。


「まさか、先の大戦の遺物、宇宙機雷と接触したとか……」


 そうであれば最悪の事態だ。


 宇宙船が接近すると、不確定な時空に対象をジャンプさせる宇宙機雷。


 有名なのが「ゴルゴン号の悲劇」で、飛ばされた先からなんとか元の宇宙に帰り着き、難破船として発見されたが、生命維持装置のタイムリミットを超えていたため乗組員は全員死亡していた。


 乗組員が死に至るまでの詳細は航海日誌に記録され、その絶望的な「帰還への道のり」は、宇宙に縁のない人々にまで広く衝撃を与えた。


 五十年前までは、戦艦を効率的に駆逐する手段として開発されたシステムだが、非人道兵器として現在は禁止されている。


「……ありえないことです」


 ジャッキーは、自分に語りかけるように言葉を継いだ。


「……しかし、そうであれば、すべて合理的に説明できるのです。先ほどの座標も、機雷に触れてから実際にジャンプするまでのわずかな時間に、ジャンプ先の座標を読み取って送信してきたものと……」


 共通語ではなく、母国語(マザータング)で送られたのが、緊急性を匂わせる。


「これ、Kだわ」

「我々もそう推定しています」


 ラワンデルが怒りを含んだ低い声で、


「どうして人跡未踏の深宇宙に機雷なんてあったんだ……」

「分かりません。これも推定ですが、機雷同士接触すれば、あの場所に跳んでいても不思議はありません」

「推定、推定、推定ばかり!」


 パイアの感情的な言葉に、ラワンデルが彼女の手を握る。

 

「最終観測位置から、さっきの座標を入れて、どこに跳んだかシミュレーションしてみてはどうですか?」


「もちろんもうやっています。残念ながら送られてきた座標は一部だけ。跳んだ可能性のある空間は絞りきれません。従って、現時点として行方不明として発表させていただきました」

「あなた達はそれで済むのかも知れないけれど」


 ジャッキーがどんなに二人に寄り添った声音で語っても、実際には突き放している。


「我々も残念です。十年ぶりの有人深宇宙探査が、こんな結果になるとは」


 パイアもラワンデルも家族であるKの身に起きた悲劇を受け入れられないでいる。


「残念ながら、探査は打ち切りです。ブレイブバードの発見と乗組員の救助に全力を注ぎます」

「捜索に尽力してください」

「一部でも座標が残されているなら可能性はありますよね?」

「全力を尽くします。なにか分かり次第、どんな小さなことでも連絡します」

「お願いします」


 立ち上がる気にならない。

 ここでジャッキーと別れてしまうともう二度とKの消息が聞けないような気がしていた。


「お二人からの連絡はいつでも私が受けます」


 ジャッキーは、立ち上がりながら言った。


「必要ならカウンセラーを呼びます」


 この一言が、二人の怒りに火をつけた。


「いらないわ!!」

「必要ない!!」


 二人が同時に叫んだ。


「何を私たちが言っても、最後はあの契約書に行き着くんでしょ! あなたたちクロスバルの責任逃れ!!」

「……宇宙機雷の可能性には触れてなかったよな」


 ジャッキーはもう一度ソファに座る。


「我々の責任を問わない旨の契約書のことですね」

「そうだ」

「お気持ちは分かる……と私が言ってはいけないかもしれませんが……あの文言にかかわらず、我々は持てる力を総動員して捜索にあたっています。それをご理解ください」


 Kを探すには、クロスバル宇宙探査部門の力が不可欠だ。それを理解して二人は黙る。


「この部屋は明日の朝九時まで、お二人のためにキープしてあります。話し相手が必要なら、いつでもカウンセラーをお呼びください。あと飲み物と簡単な軽食も」


 ジャッキーは二人と握手した。


「私は探査任務に戻ります。あの最終位置からあの座標で跳べる空間をすべて潰していきます」

「……お願いします」


 ジャッキーは、ニコッと笑うと立ち上がり、部屋の外に消えた。


 暖炉にいつの間にか火が入っている。

 耳に入るかどうかのソフトな音楽も。


「……丸め込まれちゃったわね」


 ラワンデルは返事をしなかった。

 パイアには分かる。

 不安、現実感の無さ、Kのたどる運命の悲惨さ……二人は共有していた。


 大きすぎる現実に押しつぶされたまま、二人は朝まで暖炉の火を見ていた。


 カーテンの向こうが明るくなる頃、パイアの腕輪が振動した。


「あ、お仕事……」

「休めよ」

「うん」


 パイアは、何時間も座り通しだったソファを立って部屋の隅に行き、小声で家族が事故に遭ったため休むと連絡した。


「パイア!! 当たり前よ。今、ニュースはブレイブバードの件で持ちきりよ」


 ボリュームを絞っているのにこれだけの声、相手が通話口でどれだけ大声を出しているかわかるというもの。


「代わった。私だ。必要なだけ休め。手続きはしておく」


 普段は厳しい「バックシートの教官」である上司の声に、パイアは初めて目に涙があふれるのを感じた。


 しゃくりあげるパイアをラワンデルが抱いた。

 彼の目も涙に濡れている。

 涙は悲しみの薬。

 生きている人間の証拠。


 暖炉の火が消えた。


「行こう。そろそろ時間になる」

「……うん」


 タクシーを呼んでカフェ・リヨンドールに戻った。


 朝日の中に金色のライオンが輝いていた。


 ニュースはブレイブバードの遭難を伝えている。ただ、二人がジャッキーから聞いた宇宙機雷の件には触れなかった。


 あの青いバラの花束が、カウンター席の花瓶に飾られているのをみる。

「夢かなう」の花言葉。


「ねえ、すごく憎らしいのよ」


 パイアがラワンデルの腕を握った。


「あんなことが起きたのに『みんな』は日常を過ごしている。ニュースは他人事、反対の耳から流れ出しているわ」


 いつもの席に座ると、黙ってヴィシー水のグラスが置かれた。

 例のギャルソンの心遣いだ。


「ねえ、ラワンデル、さっきから何を考えてるの?」

「……ブレイブバードが消えた位置はわかってるんだよな。もしそこで例の座標を入力して跳んだら……」

「Kの航跡を追えるの?」


 パイアは瞬きをした。






毎週木曜日夜8時更新を目指します。

応援よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
冷静な情報であるほど感情をかき乱してきますね……。 「これKだわ」とパイアが言い切っっていて何故それが断定できるのか。Kのキャラクターが全くなぞに包まれているのが壮大な仕掛けのひとつなのかなと考えて…
[良い点] 新しいSF小説 おめでとうございます 最初の2話を読んで パイアを主人公とした 壮大なSF物語が始まるんじゃないか?という予感がします 続きを楽しみにしてます!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ