第17話 ハイウェイ
正面から突っ込んでくる艦載機に、ロッソは再びビーム砲を放ったが交わされた。
「対ショック! 機銃掃射が来る!」
ロッソが叫んだ。
悔しさがにじんでいる。
「パイア、逃げるぞ、中断しろ!」
「ダメ!」
牽引船は、動かない標的と化した。
抵抗が止んだことを確認するかのように、艦載機は一度離れて輪を描き、その後、速度を落として接近してきた。
ギリギリまで引き付けておいて……。
「ビーム砲だけじゃないんだよな!」
ラワンデルが快哉の声をあげた。
彼の操作する榴弾砲が、艦載機を捕らえた。
「スミッセン、敵進路の予測ナイス!」
艦載機はわずかに身をよじったが、榴弾の吐き出す鋭い金属片の波に削られ、宙に飲み込まれて消えた。
爆発さえ無かった。
「ふう、ひとまずやり過ごせたか……」
二機目、三機目は……。
駆逐艦が来たら……。
防空はロッソとラワンデルに任せきって、パイアは順調に避難船を離陸させていた。
「パイア、上空は飽和状態よ。離陸はちょっと待って」
「なら、誘導の協力者を求めて! スミッセン。 ハイウェイに入ってしまえば逃げ切れる!」
「了解。付近の全船舶へ。避難船の誘導に協力して欲しい。ハイウェイの入り口まで……」
スミッセンの呼びかけは、意外な者の反応を呼び起こした。
「こちらヌーボーオルレアン守備隊旗艦、ジャンヌ・ダルク」
宇宙を漂うスクラップが返信した。
人工知能と通信機器がまだ生きていたのだ。
「ジャンヌ・ダルク、こちら牽引船ANCS−1688−b、ヌーボーオルレアンの港から避難船を離陸させている。ハイウェイ入り口までの誘導を頼む」
「牽引船ANCS−1688−b、了解。誘導しよう」
ジャンヌ・ダルクの頭脳は誘導波を出すよう指示した。
しかし、しかるべき部品はちぎれ離れてどこかに行ってしまっていた。
「ジャンヌ・ダルク、誘導を頼む」
「……出来ない……出来ない……出来ない……」
頭脳だけが、おのれの不甲斐なさを嘆いていた。
「ジャンヌ・ダルクだったものの残骸を確認」
「よし、排除」
「……出来ない……出来ない……」
「すまんな。中途半端に生きてる状態で戦場をさまよわれると事故が起きる……あとでブラックボックスを拾ってもらえ」
ラワンデルが榴弾砲で、悲劇の乙女──ジャンヌ・ダルクのこと──に止めを刺した。
「誰か! 宇宙港空域外の誘導をお願い!」
送り出せるだけ宇宙港から避難船を送り出して一息つくと、パイアは全方位的に呼びかけた。
ヌーボーオルレアンの裏にいるだろう空母打撃群に位置を特定される危険性は、重々承知の上。
「自律航宙機能を持たない避難船を、ハイウェイまで誘導して!」
この絶望的な叫びを、聞いていた者がもう一人いた。
「ヌーボーオルレアンの旗艦は沈んだ。その代わりに、民間船が宇宙都市からの脱出を手助けしている……」
彼は素早く計算した。
「俺たちの船の装備なら駆逐艦一隻程度なら、相手してやれる」
──ハイウェイの出入り口には、たいてい宇宙海賊が潜んでいる。
彼はその首領だった。
普段は、ヌーボーオルレアン守備隊と張り合っている彼らだが、クラッスス座宙域からの急襲を目の当たりにして、逃げ出していた。
六時間も経ったことだし、そろそろどうだろうと様子をうかがい、威容を誇っていた旗艦ジャンヌ・ダルクが無力なスクラップに成り果てていることを知った。
「ありゃー、大変なことになっている」
「避難船がいっぱいだ……略奪仕放題だぜ」
「バカ言え、敵さんがすぐ来らあ」
「待て、あの呼びかけはなんだ?」
彼の部下たちは小出力のかすかな声に耳を傾けた。
「全船舶へ……誘導に協力してっ! こちらは牽引船ANCS−1688−bのパイア……」
「おお、生身の女の声だぜ……」
「聞いてやるか?」
パイアの必死の呼びかけは、宇宙に生きるものすべてが心の奥底に持っている連帯感を揺り動かした。
「船長、ご判断を……」
船長席から、ムクリと黒ずくめの男が身を起こした。長い黒ヒゲをなでる。
「……パイア、聞き届けた。避難船をハイウェイに誘導しよう。我らは宇宙海賊『黒騎士』、この宙域を統べるもの」
素性を確認されることなく、パイアと名乗る女は避難船の情報を流してきた。
「お願い。一人でも多く助けて!」
誘導を待つ避難船は、大小取り混ぜて五十隻になろうとしていた。
「ふん、小娘め、考えおったな」
『黒騎士』の首領はヒゲをまたなでて少し笑った。
港への攻撃なら、敵陣営への打撃として認められるだろう。哀れな避難船はその巻き添えだ。
しかし、離陸した避難船を狙い撃ちにすれば、ジュネーブ条約違反、宇宙法違反、民間人への殺戮行為であり、戦争犯罪にあたる。
「船長、女も言っていたがあれは非自立船だ。ハイウェイに続く航路まで逃がすお膳立てをしてやらないと……」
「おう、誘導波をだしてやれ」
「俺たちの場所が空母に見つかっちまう!」
「それを覚悟で宇宙港から避難船を離陸させている女がいるんだよ。てめえ、女のケツでも舐めやがれ!」
宇宙海賊は、片っ端から避難船の行き先を聞き取り、適切なハイウェイに誘導すると言う、慣れない仕事を始めた。
「ありがとう! 我らが天使!」
「救い主に神のご加護を!」
短い言葉を残して避難船はハイウェイに吸い込まれていく。
「よせやい。俺たちゃそんな人間じゃねえ……」
黒ひげの部下が照れた。
「ええ、それに人間だけでもありませんよ」
火器管制システムから振り向いたのは、のっぺりした顔に髪のない頭のアンドロイド。
「いやいや、そういうつもりはなかったんだ。すまねえ」
頭をかいて、照れ隠しのように、
「ANCS−1688−b、じゃんじゃんハイウェイに押し込んでるぞ。いくらでも離陸させてこい」
「ありがとう」
共同作業は順調に進むかに見えた。
しかし牽引船は突然沈黙した。
「どうしたんだ?」
「空母打撃群が周回して宇宙港側に来たんだ……あれは、空母ユングフラウ……」
「最新鋭のをだしてるじゃないか……ヌーボーオルレアン側が手も足も出なかったのも納得だぜ」
先ほど見た光景とは違っている……ユングフラウは、当惑して急ブレーキをかける滑稽な姿に見えた。
ヌーボーオルレアン守備隊を壊滅させ、きれいな宙域にしたはずが、無数の避難船で埋め尽くされている。
「連中が本当に非道なら、条約で守られている避難船を焼き尽くすだろう」
ロッソが小声で言った。
いや、聞こえるわけは無いのだから普通に話せば良いものだが、彼も初めて目にする空母ユングフラウの威容に気おされていた。
「……ANCS−1688−b、どうして離陸させてくれない?」
「いつまで待てば良いんだ?」
避難船からは悲痛な声が延々と響いてくる。
あと二十隻ほど……。
「宙域の安全が確保できません。お待ちください」
パイアは職業的冷静さで淡々と返事を返した。
完全に仕事モードに切り替わっている。
先ほど疑って飛来した一機を撃墜している。
牽引船の大まかな位置は空母に把握されていると思った方が良い。
「どうする……」
ラワンデルがつぶやいた。
「国際法の手続きどおりに進めるわ!」
「おい、パイア、待て、よく考えろ」
ロッソが止める間もなく……。
「こちら牽引船ANCS−1688−b、破壊されたヌーボーオルレアン宇宙港に代わって管制業務を行っています。貴艦の名称またはコードを」
「……空母ユングフラウ。所属はクラッスス宙域」
「ユングフラウ、はじめまして。私はパイア。宇宙港ポール・ダタシェの管制官資格を持っています。」
唐突な名乗りに、空母ユングフラウ側には明らかな動揺が走った。
無数にある宇宙港、その中からたった一人のヒヨッコ管制官の身元を確かめられるか?
「……確認した」
「確認ありがとう。管制官の使命として、安全な宇宙港の管理が必須です。宇宙港を含む空間では、管制官の指示に従ってください。あと二十隻ほど、離陸を求めています。ご協力願えますか?」
パイアは、ここが戦場であることをあえて無視していた。
複数の駆逐艦を従え、無数の艦載機を自由にする空母に対し、管制官に従えという平時のルールを持ち出して、空母を無力化しようとしていた。
緊張で流れる汗を拭くのを、パイアは忘れていた。
停泊した宇宙港のプラットフォームを圧するように、艦載機が低空飛行し、そのたびに避難民の悲鳴が宙域に満ちた。
「……早く」
つぶやく唇はカサカサだ。
だが、勝算の見込みはあった。
空母ユングフラウは、ヌーボーオルレアン守備隊を排除するという目的を果たしている。
非力な市民五千人ほどが、着の身着のまま逃亡したからと言って、それが問題になるか?
パイアは、見逃してもらえる方にかけた。
そして賭けに勝った。
「良いだろう。だが、この宇宙都市は今後クラッスス宙域が支配する。良いな」
「都市の支配権は管制官の関与するところではありません」
舌打ちの音が聞こえた。
それを無視して、彼女は、
「避難を続行します」
と、宣言した。
「次の宇宙船、船名かコードを申請してから、プラットフォームへ進入してください」
どおおっと喜びの声が湧く。
「すべての船を離陸させます。落ち着いて」
「あの女、とんでもないタフ・ネゴシエーターだな」
黒ひげは、ハイウェイへの誘導を再開しながら感嘆した。
「おっと、焦るんじゃねぇ……お前が後だ」
一刻も早くハイウェイに入ろうと焦る避難船をさばきながら、黒ひげの部下はののしった。
「この殺気立った百隻近い避難船を、一人で離陸させたのか?」
流れるように続く離陸案内の落ち着いた女の声のアナウンスを聞きながら、黒ひげはうなった。
「度胸も良い。欲しいな」
「黒騎士団にスカウトするんですかい?」
「……」
アンドロイドが、黒ひげの注意を引くために手を上げた。
「パイアって名乗った女が、管制官の資格を持ってるのは確かね。もう一つの資格は荷受人」
「なぜ、こんなところまで流れてきた?」
「長い話よ。ブレイブバード事件を覚えてる?」
「……深宇宙探査船が消えた」
「そう」
アンドロイドはほっそりした指を組み替えた。
「パイアの家族がそのブレイブバードに乗っていた。公的な捜索が終わった後も、もう一人の家族と一緒に自力で探査船を追っている」
「……感動的な話だな」
黒ひげは感情を出さずにアンドロイドの頬をなでた。
「避難船を逃がすことに目を奪われているけれど、パイアは忘れているわね」
「ん?」
「すべての避難船が離陸した後は、あの小型船もここから脱出しなければならない。あの空母が許すかしら?」
管制官の役目を終えた瞬間、戦場に紛れ込んだ他国の船は集中砲火を浴びるだろう。
牽引船ANCS−1688−bは、条約の保護下にある難民船でもない。しかも武装している。
「せっかくのリクルートも無理みたいね」
「……むう」
「親分、もうすぐ全船ハイウェイにつきますぜ」
黒ひげは、パイアに呼びかけた。
「短い付き合いだったな」
「……黒騎士……ありがとう……助かったわ」
疲れ切って消え入るような声にかぶせて、緊張した男の声が入った。
「おい、海賊団、牽引船ANCS−1688−bの船長は俺だ! ロッソだ。覚えておけ!」
「……お若いの、イキっていると身を滅ぼすとだけ教えておいてやろう。撤退だ!」
「……待て!」
「待て」とは言ったものの、待ってくれるとは思っていなかった。
「パイア、全船救えたな」
「……ええ」
ぐったりとシートに寄りかかり、手の甲を額に当てた。
「ロッソ、敵さんだ……」
ラワンデルが警告した。
「一機落としてるんだ。タダで済むとは思ってないさ」
ロッソは船長席に戻った。
「さあ来い……あれ?」
一度空を覆うほどに飛来した艦載機が、すべて撤収していた。
「重力波検知! 大きい。ショックに備えろ!」
空母ユングフラウに喧嘩を売ろうというように、ギリギリの位置に別の空母が姿を現した。
「ヌーボーオルレアン側の空母だ!」
引き続き駆逐艦が、ユングフラウ空母打撃群を取り巻くように出現した。
ガガガと言う音を立てて、新たに出現した空母が通信を発した。
「空母ユングフラウ及び駆逐艦たち……卑怯な不意打ちをかけたからには覚悟はあるのだろうな?」
凄みを効かせた脅し文句にユングフラウが答えようとした時。
「二つ目の重力波! 来る!」
ラワンデルが叫んだ。
ゆらゆらと姿を現したのは、直径三十メートル長さ五十メートルはある巨大な筒状の機材を二隻の船ではさんだ謎の戦艦。
「あれ、なに?」
返事は新しい方の空母から来た。
「超スティンガンクラスの砲を浴びてみろ! やや、ヌーボーオルレアンに近いが……退避はほぼ完了していると言うし」
筒がユングフラウの方を向いた。
「撃て!」




