第16話 Save Our Ship
抗争を続ける二つの宙域の間を抜けるために、乗員三人と、スミッセンは協議を重ねた。
次の目的地はキマイラ座にある宇宙港ヌーボーオルレアンだ。
「キマイラ座深くにあるから、クラッスス座との戦線からは遠い。まあまあ安全だろう」
拿捕の可能性を恐れて、できるだけハイウェイを使うことにした。
「積み荷は電子部品を依頼されたわ」
「狙われそうだなぁ」
「ラワンデル、弾薬の方が良かった?」
「いいや。何を積んでも同じだ」
ロッソはヤケになってしまったのか、それとも。
「ヌーボーオルレアンまで戦場になったら、キマイラ座はおしまいだよ。クラッスス座がそこまで勢力を拡大するとは思われない」
あちこちで仕入れた情報は細かいところでは錯綜しているが、大局は同じだった。
「この荷はヌーボーオルレアンでは高く売れるだろうよ。武器の製作には欠かせない」
「死の商人の手先になるみたいで嫌だわ」
パイアがいまさらなことを口にする。
「こういう土地での武器の必要性は、自覚したんじゃないのか?」
グロックが収まったパイアのホルスターを、ラワンデルが叩いた。
「グロックは良い選択だ。試し打ちは済んだのか?」
「おあいにくさま。あなたのビーム銃でクモ退治して、もうデビュー済みよ」
際限なく口喧嘩が続きそうだったので、ロッソが話題を変えた。
「この汎用性の高い電子部品はあらゆる自動化システムに使われる……プルート座宙域でもだ」
プルート座は、争い合う宙域の向こうに広がる広大な未開発宙域。人類の経済活動が及ぶ最果ての地。
すったもんだありながらも、ここまでたどり着いた過程に、三人は思いをはせた。
「とうとう、ここまで来たのね」
「長いような、短いような」
牽引船ANCS−1688−bは、キマイラ座とクラッスス座を経由して、電子部品を十隻のコンテナ船に満載してプルート座宙域を目指す。
ブレイブバードの航跡を追って。
スクリーンに、ブレイブバードの航跡が映し出された。
プルート座から、さらに深宇宙へと続くその航跡。ラワンデルが操作して果てしないかと思う軌跡を追うと、それはある一点で途絶えた。
「ここまで……」
「まだまだあるな」
「救助、間に合うのかしら?」
「燃料も食料も十分に積んである。無事を祈ろう」
航跡を現在地に引き戻して、ロッソが言い切った。
「三つのハイウェイを抜けたら、ヌーボーオルレアン、ここで荷をおろして、プルート宙域まで空荷で突っ走る」
パイアとラワンデルは親指を立てて見せた。
牽引する物が無い場合は貨物船とはいえ、戦艦並みの速力を誇る。
速度にものを言わせて紛争地帯を突っ切る算段だ。
「明日出発だ。よく寝とけよ」
翌日、予定通り、電子部品を満載したコンテナ船を引いてパイアたちは出発した。
「ハイウェイ通過。通常動力でヌーボーオルレアンに向かう」
「了解。ん、誘導波が見つからない……」
「落ち着いてよく探せ」
ラワンデルが珍しく手間取っている。
その間に、シュッと音がして操舵室の扉が開き、スワンが現れた。
「パイア、お願いがあるの……」
ロッソが眉根を寄せた。
「スミッセン、乗員以外はここに入れるなと言っているだろう」
「どうしても今話したいと」
「仕方ないな。どうしたんだい? おチビちゃん?」
強面な面構えに似合わず優しい声を出してロッソはスワンの前にしゃがんだ。
「怖いって」
「ごめんなさい、家族を見つけてあげられなくて」
パイアが横合いから口をはさんだ。
「違うの、この子が怖いって言ってるの」
スワンは卵型のケースに入った虹色の粘菌を差し出した。
「ガリレオ粘菌が? まさか。こいつに意思は無い……」
そこまで言ってロッソは黙り込んだ。
スワンを守った粘菌が思い出される。
意思がないとは思われない。
むしろ、高度な知性を持っていなければ、あの行動は取れない。
「たくさん、助けて欲しいって言っている」
パイアが立ち上がった。
「まさか、ヌーボーオルレアンに、何か……」
ロッソの表情が固くなった。
「ラワンデル、接近はまだだ。ヌーボーオルレアンの様子を確認」
「誘導電波がまだ見つからない……パイア、なにか連絡は来てないか?」
スミッセンが皮肉交じりの声で、
「周囲を調査してみなさいな。スクラップがそこらじゅうに浮いている……よほどのことが無ければ、これだけの汚染は無いわね」
「まさか、交戦……ヌーボーオルレアンが攻撃されたの?」
とりあえず、ケースを抱えたスワンを空いた席に座らせてやり、パイアたちはハイウェイの出口から次の寄港予定地だったヌーボーオルレアンの様子を探った。
「巨大船影、五つ、微細なものは十以上……」
「ヌーボーオルレアン側は沈黙してるわ。呼びかけにも反応無し」
「巨大船影は駆逐艦の模様……空母がいるかもしれない」
果たして、宇宙港の影からゆらりと駆逐艦の数倍はある船影が姿を現した。
「こんな内地に空母打撃群を展開するとは……」
「戦線を無視して……内地へ奇襲をかけたんだ……まさか、ヌーボーオルレアンがやられるとは」
牽引船を、衝撃が包んだ。
「駆逐艦が相手じゃあ……どうしようもない」
「だが、歴史上には潜水艦を沈めた貨物船はいる」
スミッセンがどうでも良い知識を披露した。
「阿呆。貨物船で空母を相手にできるかよ。逃げるんだ、ラワンデル」
パイアはうつむいて、ヌーボーオルレアンからの声を聞いていた。
それは宇宙港からの公式な声ではなく、ヌーボーオルレアンの人々や寄港している船からの悲痛な叫びだった。
── m’aidez(メーデー、メーデー、メーデー)
── Save our ship(SOS)
──・・・─ ─ ─ ・・・
交信はあらゆる手段で助けを求めていたが、宇宙船からのものが多かった。
「緊急救助システムがやられてるのね」
彼女は港の部分を詳細に調べた。
「プラットホームが壊れている。誘導機能を失ってるみたいだわ」
空母が視界をさえぎって飛び、再び宇宙港の向こうに隠れた。
プラットホームには無数の避難船が群がっていた。
だが、それを整理し、秩序立てて発信させる者がいない。
「悪魔。退路を絶っておいて、ヌーボーオルレアンの市民を皆殺しにするつもりね」
爆撃による小さな爆発が、都市部の方で連続する。
脱出を禁じられた宇宙港の市民は、どんな思いでその轟音に耐えているだろう。
「ラワンデル、あなたの腕を信じてお願いするわ。三本あるプラットホームのどれでも良いから直線のなるべく端に、この船をつけて」
「おい、パイア、まさか……」
「避難船を脱出させる」
ロッソが歩いてきてパイアの肩をつかんだ。
「パイア、止めとけ、かなう相手じゃない」
「私は管制官だったのよ。私なら脱出させられる。生命を救えるの」
「港から脱出させても、駆逐艦の餌になるだけだ」
スミッセンがまた知識を披露した。
「民間船に対する攻撃はジュネーブ条約及び航宙法で禁止されている」
「うるさい! 奇襲をかけるような連中が条約なんて守るかよ」
スミッセンは引き下がらなかった。
「〇一:三〇、約六時間前ね。ヌーボーオルレアンは被害を平文で報告してるわ……間もなく救援部隊が来てもおかしくないけど」
「見えもしねえものを、待てるかよ」
ヌーボーオルレアンを見ていたパイアが、声を上げた。
「駆逐艦も空母も、都市部に移動しているわ。港湾部分は制圧したと思って……」
逃げ場のない住民に絨毯爆撃をかけて全滅させようとしている……。
ロッソを無視してパイアはスミッセンに命令した。
「スミッセン、混乱している避難船に、私に従うように言って。それから、誰かに離陸した避難船を誘導するように伝えて」
──助けて!
──誰か助けて!
激しい怒りが、パイアの心に湧き上がった。
「やり口がテロだわ。いえ、テロなんてもんじゃないわ、戦争、いえ一方的な虐殺よ」
スワンが椅子の上に立ち上がった。
「パイア、お願い。みんな怖がっている。この子が助けてって言ってる」
スワンが掲げたケースが金色に輝いた。
──守る。お前たちを守る。
脳に直接響く思念。
「ブレイブバードは良いのかよ」
「少し遅れてごめんなさいってKにお詫びするわ」
駆逐艦は見えなくなった。
代わりに都市部から閃光がはしりはじめた。
ヌーボーオルレアン守備隊を壊滅させ、あとは無抵抗の住民を屠る、そのタイミングを狙っている。
港では、誘導する者のいない避難船同士が衝突し、大きな爆発が起きた。
「ああっ、プラットホームが使えなくなってしまう!」
「見逃せないのは確かだな」
ラワンデルが厳しい口調で言う。
「パイア、脱出する船を誘導してくれ」
「まかせて」
ロッソが何度目かわからないほど、赤毛の頭をかきむしった。
「ああ、お前たちはいつも、こう……」
きりっとした表情を、パイアはスワンの持つケースに向けた。
「粘菌さん、損傷箇所の応急処置は頼むわね」
「荷は?」
「あ……どうしよう?」
「ここへ置いていけ」
ロッソも決意したようだ。
「相棒、お前はくだらねえ抗争のとばっちりで、名もなく死んだが、少なくとも俺は、他人の役に立つことに生命を賭けてやるよ」
相棒と言われても、パイアもラワンデルも誰だか分からない。
ロッソは、一度目を閉じ、開いたときには迷いは無かった。
「牽引解除」
背に受けていた力が消え、一瞬、船内は無重力になる。
再度、重力がかかり、牽引船は前進を始めた。
荷を引かない牽引船は小さい。
敵に見つからないよう、動力の使用を最小限にして微速で宇宙港に向かった。
「よし、ラワンデル、真ん中のプラットホームの損傷が一番小さい。そこにつけろ」
駆逐艦は、ヌーボーオルレアンに入港する牽引船を見落とした。
「まさか、これだけの被害をだしている宇宙港にあえて侵入する宇宙船があるとは思わ無いよなぁ」
火器管制システムに手を置きながら、ロッソが自虐的な言葉を口にする。
「運が味方してるわ、ラワンデル、早く!」
「分かってる。黙っててくれ」
航宙士としての腕の見せどころ、ラワンデルは、誘導無しでパイアの言う中央プラットホームの端に接舷した。
「……皆さん、落ち着いて。私はパイア。管制官です。これから離陸をサポートします。指示に従ってください」
牽引船の受信システムが、キーンと高い音を立ててダウンした。容量を超えたのだ。
「再起動!」
パイアは、次は慎重に呼びかけた。
「中央プラットホームの皆さん、あなたたちから誘導します。先頭は……」
「貨客船ビリングベル、避難民を百二十パーセント乗せている」
「ビリングベル、駆逐艦はこちら側にはいません。中央プラットホームを進んで仰角六十度に。速度は標準速度出せますか?」
「なんとか」
「了解。そのまま発進。スクラップに注意して、なるべく早くヌーボーオルレアンを離れて! ボン・ボワイヤージュ!」
まずは一隻。
「次!」
二隻が同時に答えた。
「客船プチットファデット!」
「貨物船アイアンメイデン!」
パイアは冷静に答える。
「プチットファデット先に。アイアンメイデン、一分以内にあなたも離陸させます。落ち着いて」
額に浮いた汗を拭う。
彼女の胸の中には、厳しく管制業務を指導してくれた教官や先輩の顔があった。
ル・ポール・ダタシェの仕事より何倍も大きい重圧。
「冷静に……」
チラリと見ると、ロッソは、ビーム砲で宙をにらんでいた。
来るとするなら艦載機。
ここにヌーボーオルレアン市民の脱出に手を貸している者がいると知られてはならない。
「来てみろ、一撃で撃ち落としてやる」
ラワンデルは懸命に牽引船を安定させている。
都市部への爆撃は居住区の気密を破り、ひび割れから大気が漏れ出したのだろう、複数の都市を乗せたヌーボーオルレアンは、その勢いで姿勢を変えていた。
「パイア、傾き五度。先行して発進した船の航跡と被らないように」
「了解……次!」
すでに十隻以上離陸させた。
「スミッセン! 協力を呼びかけて。誰か、避難船をハイウェイまで誘導して!」
「探してる……だが、返事が無い……」
「どうしてよ……船乗りは助け合うんじゃないの? 引き続き呼びかけて。……次!」
これだけ派手に更新して、敵にさとられない訳は無かった。
「来やがった……」
ロッソがつぶやく。
鋭角なシルエットを持つ艦載機が、ビーム砲の射程に入った。
「不意打ちする卑怯者め!」
だが、悲しいかな、ロッソは軍人ではない。
ビームは外れ、艦載機は速度をあげて飛び去った。
「もう一度……」
それはなかった。
艦載機は、牽引船の存在を確認し、猛々しいその面構えを正面に向けた。
申し訳ございません。
次回投稿の予定は未定です。
今年中に完結させますので……。
よろしくお願い申し上げます。




