第14話 それでも人は
ラワンデルが背に負ったビーム銃の動力部分を床に下ろしながらパイアに説明した。
「この武器のことは、言おうかどうか迷ってたんだよ」
ごとん。
三十メートルの距離で、厚さ五センチの鋼板をすぱんと射抜く威力だ。
乱暴者もおとなしく両手を上げるわけだ。
「いつ、手に入れたの?」
「砲を艤装してもらうときに。ロッソも一緒だ」
「個人も武装が必要と考えていたのね……助かったわ」
「ロッソと話していたんだが、一番対外交渉の多いパイア、お前も武装したほうがいいんじゃないかって」
どきりと胸が波打った。
ル・ポール・ダタシェでは一部公務員しか武装していなかったし、彼女自身、武器を手に取った経験はない。
ましてや誰かを撃ったことなどない。
パイアの迷いに、ロッソが冷徹な言葉を投げる。
「これから、もっと治安の悪いところへ行くんだ。俺はお前たち二人を守りきる自信は無い」
「俺は自衛くらいなら出来る」
ラワンデルの反発。
問題は自分か……と、パイアは下唇をかむ。
「ちょっと待って。先にスワンの件を片付けないと」
「本船で一時保護を認める」
「……ロッソ……」
「勘違いするな、あくまで一時的に、だ」
「それに、パイア、俺たちはブレイブバードの後を追わなければならない」
「分かったわ。ちょっと様子を見てくる」
スワンは、自室で横になり、天井を見ていた。
壁のウサギたちが、ときおり天井に駆け上がって消えるのを目で追っている。
「スワン、退屈してない?」
パイアはガリレオ粘菌の入ったたまご型の透明ケースを、スワンに渡した。
上にかたまっていた粘菌が、びっくりしたかのように底を目指して動き出す。
「きれい」
「でしょ。眺めているだけで一時間経っちゃうくらい」
パイアはタブレットを引っ張り出した。
「あとこれ。いろんな動画コンテンツをやってるから、適当に観て」
スワンは黙って受け取る。
記憶の鍵がかかったままなので、従順で頼りない。
「あなたのこれからは、人権保護局と相談して決めるわ。新しい保護者を見つけるなりなんなり、ちゃんとするから、安心して」
コクリとうなずく。
パイアは思わず少女を抱きしめた。
「大丈夫、大丈夫だからね……」
大丈夫ではなかった。
「チンケな牽引船の野郎、後悔させてやるぜ」
雑音の多い通信が一方的に宣戦布告をするやいなや、異様な物体の群れを牽引船のセンサがとらえた。
「きゃ……あれ、なに?」
「……掘削機だ。鉱物や氷を切り出す装置だが、宇宙船にドリルやノコギリを向けられると手強い……」
数え切れないほどの、無人のクモ状の掘削機が牽引船に取り付こうと宙を漂っていた。
時々青い炎を吐いて姿勢と速度を調整しているる。
「明らかにこっちを狙っていやがる」
ロッソは緊急連絡をプラットフォームに入れた。
「 本船は攻撃を受けようとしている。意図は不明だが、自衛する」
『……発砲を許可する』
「ビーム砲、準備……撃てえ!」
三連続のパルスが、先頭のクモを撃ち抜いた。
「ちくしょうめ! 俺たちの家族を奪いやがって!」
形相の変わったミックが、スクリーンの向こうから吠えた。
──家族──失うのはつらい。
パイアは重力波でクモをはじき飛ばす手を止めて、スクリーンの向こうでわめく男たちの顔をまじまじと見つめた。
「身分を偽って審査を通しておいて、何が家族だよ!」
ラワンデルの言葉に我を取り戻す。
そう、スワンは彼らに渡すべきではない。
宇宙空間に吐き出す口でもあるかのように、クモの数は増え、際限なく牽引船の回りを取り囲む。
「きりが無い!」
『牽引船ANCS−1688−b、プラットフォームから離れろ。周囲を危険に巻き込むな』
「了解、チューブ切り離し!」
エアロックに一度警告の赤いランプが点って消えた。
牽引船は、クモの群れの挑戦を受けるようにプラットフォームを離れた。
しかし、その配慮にもかかわらず、クモはプラットフォームにも取り付いて、その強力なドリルで穴を開け始めた。
「馬鹿野郎! 無関係の利用者を危険にさらすつもりか!」
きりきりとビーム砲が向きを変え、細く絞られたビームが、プラットフォームの屋根にくっついたクモの胴体部分を貫いた。
「大丈夫、穴は空いてないわ」
「すまないが、プラットフォームは自衛してくれ。なんだか、逆恨みされているようだ」
『了解。警告に感謝する』
ラワンデルが大声をあげた。
「母船発見……クモの群れに隠れていやがった」
「……どうする? 母船を攻撃すれば一気にカタはつくが、外に出たクモが帰る場所を無くす。死に物狂いでかかって来るぞ」
と、言っておいて、ロッソはしばらく宙をにらんだ。
「スミッセン、あの型の母船に、クモはいくつ積める?」
「八百から千体」
「うへえ」
「よし、母船を潰す。ラワンデル、パイア、いいな」
二人は振り向いてロッソを見た。
こういう時はどうしても目と目を合わせたくなる。
「了解」
「任せて!」
母船にいるであろうジョンとミックの殺害も折り込み済みだ。
「……撃つぞ。榴弾砲準備」
この牽引船の主砲とでもいうべき榴弾砲が、もっともクモの群れの濃い部分に照準を合わせた。
「距離三千メートル、近い」
「最初はクモを払うだけでいい。ニ発で仕留める」
「了解」
パイアも重力波で照準がずれないように防御の手を止める。
「張り付かれたわ。ラワンデル、あなたのビーム銃貸して」
「お、おう」
二人は砲の操作で手一杯だ。
(この船……自分で守らなきゃ)
エアロックに走り込むと、手早く分厚い宇宙服をまとってビーム銃の動力部を背負った。外に出て、船体に穴を開けようとしているクモを探した。
『パイア、榴弾砲撃つぞ、対ショック』
ぱあっと青白く光って、榴弾が打ち出された。
「くっ」
船外活動用のバーにつかまって、振動をやり過ごす。
『パイア、異常ないか?』
「問題なし! もう一度?」
『今度こそ仕留める』
会話の間に、差し渡し三メートルはあるかと思われる巨大な機械のクモがはい寄ってきた。
胴体の下部に鈍く光るドリルを視認。
両前足を上げて、叩きつぶそうと迫って来る。
その先端には鋭いフック。
「来るなっ!」
パイアは照準器をのぞきながら叫んだ。
全神経を指先に集中して銃爪をしぼる。
視界が真っ白に染まったが、反動は無い。
瞬きを繰り返すと、クモがはがれて、静かに闇に漂い出すところだった。
「ふう……」
『パイア、正面センサにも一匹』
「了解!」
彼女はバーを伝って、黄土色の衛星が見えるところまで船殻を走った。
いる。
「あっち行け!」
再びビーム銃が火を吹いた。
『メルシ、被害軽微』
センサをよく見ると、ドリルの先端が食い込んだへこみができていた。
「……ただでさえお金無いのにぃ!」
『パイア、対ショック』
「了解」
再び激しい振動と閃光。
そして遠くで、それと比べ物にならないほどの強い光。
「母船を仕留めたのね」
『ああ。俺たちをなめてかかったのが運の尽きだ。武装していて良かったぜ!』
『パイア、船内に戻れ。宇宙服を着ていても母船の爆発の影響が心配だ』
「まだクモはいるのに!」
『仕方がない』
パイアはもう一匹、前足を振り上げて攻撃してこようとするクモを倒してから船内に戻った。
「間に合ったな」
「牽引全オフ! 重力障壁上げ!」
三千メートルという極近距離だったため、牽引船はすぐに母船の爆発に巻き込まれた。
爆風はクモたちも巻き込んで流れていった。
牽引船は揺れはしたが、防御のかいあって大きな損傷は無い。
ラワンデルが、生き残った二十匹ほどのクモを順番にビームで串刺しにしている。
「勝利、かな」
ロッソがポツリとつぶやくと、それがフラグででもあったかのように、警報音が鳴り響いた。
「船殻損傷!」
「張り付いていたクモが生きていたんだわ!」
パイアがあわてて船外へ出ようとする。
船外活動用の宇宙服は着たままだ。
「警告! 居住区の区画が破られる!」
宇宙船でもっとも頑丈なのが一番外を覆う船殻、そして次に強いのが、船員の生命を守る居住区を真空の宇宙空間から守る壁である。
「パイア、外へ! ラワンデル、船を任せた!」
ロッソが、これまで近づこうともしなかったスワンの個室に走った。
「ロッソ、お願い!」
懸命な声を残してパイアはエアロックに入る。
周囲が真空になる時間が惜しい。
外へ出て、腕に装着した受信装置から、船殻の損傷部位を探す。
恒星の明かりがまばゆい。長時間の船外活動は無理だ。
(早く仕留めなきゃ)
パイアの焦りと裏腹に、クモはなかなか見つからない。彼女は肉眼をあきらめ、受信装置の示す位置へ向かった。
(こんなところへ……)
視認できなかったはずである。
クモはペタリと船殻にしがみつき、腹部のドリルを船体に埋め込んでいた。
「ロッソ、見つけた。駆除していい?」
『……』
「ロッソ!」
『……ああ、頼む』
彼らしくないなと思いながら、パイアは無防備なクモにビームを見舞う。脚がちぎれ飛んだ。
「しつこい!」
鉤爪で攻撃される心配がなくなったので、パイアはクモの側に寄り、胴体を別方向から撃った。
ドリルだけが残った。
「これ、引き抜いていいの?」
『ラワンデルがアシストスーツを着けて向かっている。協力してくれ』
「了解……気密は大丈夫?」
ロッソは、しばらく返事をしなかった。
『信じられない』
「どうしたの?」
『ラワンデルに任せて、自分の目で見てくれ。俺は信じられない』
スワンの部屋の横壁には、ドリルの先端がめり込んでいた。
「危ないじゃない!」
パイアは思わずドリルと壁の隙間に手を近づけた。そして。
「空気が、漏れてない……」
「よく見ろ、あの粘菌が……」
隙間は、あのガリレオ粘菌が塞いでいた。
「どういうこと……この粘菌が、勝手に動いてスワンを守ったの?」
スワンが、座ったまま答えた。
「ケースが割れて、中身が飛び出したの。あれが入ってくるのを止めるみたいに……」
スミッセンが興奮した声で
「ガリレオ粘菌が意思を示したのは初めてだ……か弱い子どもを守った……感動的な光景だ」
『ロッソ、もう抜いて良いか?』
しびれを切らしたラワンデルが呼びかけてきた。
ロッソは、一メートル角の半透明な板を手に応答する。
「良いぞ……粘菌さん、気密シートを持ってきた。もう戻ってくれていいぞ」
まるでその言葉を理解しているかのように粘菌はトロリと床にたれ、床をはってスワンの足元に小さな塊を作った。
「スワン、外に出ておいたほうがいいわ……耳を傷めるかも知れないから」
ラワンデルがドリルを引き抜くと、激しい風が巻き起こり、あらゆるものが壁の穴に向かって引き寄せられた。その勢いを利用して、ロッソはピタリと気密シートを貼り付ける。
風が止んだ。
「一丁上がり」
「さすがのお手並みね」
「なんだい、給料でも上げてくれるのか?」
「今度、無事に荷を届けられたら……毎回イレギュラーが多すぎるわ」
パイアは苦笑した。
まっすぐ探査船ブレイブバードの後を追いたい。
しかし、資金も後援もなしに追うことは不可能だ。
荷を運びながら辺境を目指す。その方針に変わりはない。
「最後までスワンを狙っていやがったな。自分の思うままにならないならいっそ殺してしまおうという……辺境に住まう人間の陥りがちな思考だ」
「ありがとう、ロッソ、スワンを助けてくれて」
「俺じゃねえ、この粘菌だよ」
床の上で、水銀のように震えているガリレオ粘菌を指さしてロッソがつぶやいた。
次回、第15話 危険地帯へ
木曜夜8時ちょい前をお楽しみに!




