表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/18

第12話 トラブル

「荷の管理は私の責任……見に行かなくちゃ」


パイアは不安げにラワンデルを見た。


「困ったわ。例の冷凍冬眠中の子どもたちよ」

「一緒に行く」

「メルシ」

「総点検が済むまで、無重力だ。気を付けてな」


 ロッソが、メインコンピュータに牽引船のシステムの再起動を命じながら、二人を送り出した。


「こっちは任せろ」

「メルシ」





 個室とその向こうの機関室との間にあるエアロックまで、手すりをたどり宙を泳ぎながらたどり着いた。

 エアロック手前の予備室で、船外活動に備えなければならない。

 船外活動セットから、二人分の分厚い宇宙服を取り出す。


 互いに手伝いながら、宇宙服を重ね着して背中のファスナーを留め、硬質な宇宙帽をかぶる。

 慣れないパイアは、首の留め付けが上手くいかない。


『髪を食い込んでる。先にネットでまとめないと』

「メルシ」


 手早くかぶり直して、


『今度は上手くいったわ』


 壁から推進装置(エンゼルウイング)を取り外し、ラワンデルの真似をして、肩に掛けた。


『不安なら、手をつなごうか?』

『大丈夫、後をついて行くわ。問題は一番コンテナ』

『よし、行こう』


 エアロックの排気が終わると、宇宙空間への狭いハッチが開いた。

 パイアは転落するのではという恐怖を感じて足がすくんでしまう。


『大丈夫、続いて』


 ラワンデルが先に踏み台から勢いをつけて飛び出す。パイアも思い切ってまねをした。

 その勢いで十メートルほど船体から離れると、ラワンデルが言った。


『推進装置、作動』

『作動』


 青い炎を吐いて、推進装置は二人を一番コンテナ船に導く。


『開口部に人間サイズのハッチがあるはずだ』

『あ、あれ?』

『そう、速度を落としながら接近する』

『了解』


 ふわりと着地し、荷受人のパイアが持ってきた鍵でコンテナ船のハッチを開けた。


『明かりも点かないな……船全体の異常か?』


 ラワンデルが漆黒の船内を見下ろしてつぶやく。


『宇宙帽のライトを点けて』

『了解』


 二人のライトでもコンテナ船の闇の底は見えない。


『ここのフックに推進装置をかけられそうよ。身軽になって行きましょ?』

『そうだな』


 カチリと手応えがして推進装置の背の細くなった所が納まる。


『制御盤は……ここか』


 パイアはラワンデルの背中越しに制御盤を見た。異状無しを伝える四百のライトのうちの一つに黄色い光が紛れ込んでいた。


『あ……』


 指摘しようとしたとき、ラワンデルがさえぎった。


『明かり、点くぞ』

『良かった』


 真っ暗だったコンテナ船の中に、常夜灯とでも言うべき薄明かりが灯った。


 航宙士らしく、ラワンデルは船体そのものの異常が無いか点検していく。


『船体は問題無さそうだな』

『ラワンデル、D列二十五番の冷凍冬眠に異常がありそうよ』

『冬眠の管理は、コンテナ船のコンピュータで行っているはず……牽引船のではなく、こっちがやられたか。パイア、ここから異常の内容は分かるか?』


 パイアは首を振って、宇宙帽の中ではそれが無駄と気付き、


『分からない。Dの二十五まで行ってみないと』


 ラワンデルのため息が聞こえた。


『ごめん……』

『仕方ない。コンテナ船から牽引船へ。少し時間がかかりそうだ。ロッソ、もう少し無重力を保ってくれ』

『牽引船からコンテナ船へ。了解。こちらもまだ作業中だ』


 船内を区切るレールをたどって、端から四番目の中央近く、D列まで進み、そこから二十五番目を目指す。


 両側の棚に納棺所のような小さな扉があるが、仕切りが無いので、眠る子どもたちを納めた箱がまる見えだ。


『推進装置使ったほうが良かった?』

『いや。あれは船内では使用禁止だ。船内用には別のを使うんだ』


 話題も尽きて、黙々とレールをたどる。

 生命維持装置の、シュー、シューという音だけが宇宙帽を満たす。


『二十、二十一……二十三、二十四、次よ』

『二十五、ここだ』


 五十センチ角の扉を開けると、棺に似た装置に黄色い信号が点滅している。パイアはその意味を覚えていた。


『大変……目覚めるわ』

 

 覚醒が間近なのだ。この真空のコンテナ船で目覚めたら……生きてはいけない。

 こんなトラブルがあるのか、なるほど、厄介で嫌われる荷だとパイアは納得した。


『このままだと死んでしまうわ』

『そうなのか?』

『こんな時に覚醒しそうなのよ。牽引船のメインコンピュータにつないで、もう一度眠りの深度を下げられない?』

『牽引船のメインコンピュータは総点検で目一杯だ。コンテナ船の管理まで引き受けられない』


 パイアは点滅する棺に宇宙帽の額を当てて考えた。


 荷には保険がかかっている。

 損失は金銭で補償される。

 しかし、目の前で尽きようとしている生命を漫然と見守るのは……できない。


『ラワンデル、この棺をアンロックしましょう』

『どうするつもりだ?』

『覚醒する前に牽引船に運んで』

『おいおい、牽引船で目覚めさせるつもりなのか?』

『もちろん、そうよ』


 パイアはアンロックを受け付けるセンサを探し、持ってきた鍵を押し当てようとした。


『待て、パイア、ロッソに許可をもらわないと……』

『人の生命がかかってるのよ、後で了解してもらえば……』

『一人乗員が増えることになるかも知れないんだ。船長の許可は必須だ』

『分かったわ』


 ラワンデルが棺とパイアに背を向けて、ロッソを呼び出した。


『今度は何だ? こちらも忙しいんだ。早く異常を解消して……』


 不愉快そうな声に、パイアは会話をひったくった。


『子どもが死にそうなの。牽引船にはもう一人分の空きがあるわよね。連れて行くから受け入れて!』

『はあっ?』

『もう一人乗員が増えるの。スミッセン、起きてるなら、十歳の、えーと、女の子、名前がスワン、緊急対応で受け入れて!』


 そう言いながら、鍵を押し付けた。

 点滅が、動悸以上に速くなった。


『緊急事態?』

『そう、積み荷の子どもが一人宇宙空間で覚醒しかけてるの! 荷受人としては放っとけないわ……これから連れて帰ります。以上!』


 パイアは棺の横のレバーを引いた。

 音もなく棺は浮き上がる。


『ラワンデル、手伝って!』


 引っ張る力が二人分になって、棺はゆっくり扉から外へ動き出した。


『長いな』

『ええ、二メートルはあるわ』

『エアロックぎりぎりじゃないか』

『重さも大変よ。二百キロはあるから』


 パイアはもう一度ロッソに呼びかけた。

 万一、今、牽引をかけられれば、引力が発生し、棺はそれに引かれて船底に転落してしまう。


『私たちが戻るまで、絶対に牽引かけないで!』

『搭乗の許可は出してないぞ!』

『スワンを見捨てろと言うの?!』


 無重力の中とはいえ、片手にレールを持って、もう片手で質量二百キロの棺を運ぶのは容易ではない。

 パイアの額に汗が浮かんだ。


(ぬぐえないのは気持ち悪い!)


 ラワンデルも懸命に引っ張っている。


『もうすぐ出口だ。顔を上げて』

『そうね。ありがとう』


 慣性で棺が出口にぶつかりそうになるのを、今度は逆に引いてとめようとしたが、とめきれずにぐうっとめり込む。


『扉が、変形、したら、閉じ込められるぞ!』


 ラワンデルの声が切迫している。

 今度は本当に異常が起きたのか、常夜灯がいっせいに消えて、船内は闇になった。


『重いいい!』


 本来は、専用の重機で端から引き出すのだ。


『頑張れ! ハッチを……開けろ……』


 パイアが左手のレールを離し、鍵をセンサに押し当てた。扉が開こうと震える。


『開かない!』


 ラワンデルが扉に背を当てて棺を両足で蹴った。すると、やっと棺は扉を離れ、ゆっくりとパイアの方に漂って行った。


『早く、もう一度』


 今度はハッチが開いた。

 パイアが棺に押されながら、推進装置を一つ取ってラワンデルに投げ渡す。


『メルシ』

どういたしまして(ドゥリアン)


 星々の輝きを目にすると、閉塞感から解放されてほっとした。


『こいつを押せ!』


 推進装置を全開にして、牽引船の右舷の赤い船灯を目指す。勢いに乗ってしまえば棺は真っ直ぐに牽引船の方へと進んだ。


 パイアは時々、まだ棺のランプが黄色いことを確かめた。赤くなれば覚醒の最終段階に入ったことを意味する。


『まだ、大丈夫……』

『そろそろ、推進装置を逆噴射しろ。船体にぶつけたら大変だ』

『了解』


 慎重に接近し、エアロックを開ける。

 明るい光がこぼれだして、


『あと一息』

『ええ』


 二人はゆっくりと棺──白く光る金属で覆われてそう呼ぶのはふさわしくない──をエアロックに押し込んだ。


 縦四十センチ、横五十センチ、長さ二メートルの物体は、ちょうどエアロックに納まり、そこから船内へ移すことはできなかった。


『ここで覚醒を待つしかないわ。ラワンデル、お願い、空気を入れて』


『了解。その前にそいつを床に押し付けろ。二百キロだったな……重力が戻ったとき落下すると、双方に危険だ』


 空気の満ちたサインが出ると、パイアは宇宙帽を脱いで、顔に浮いた汗をぬぐった。コーティングされた分厚い宇宙服では、汗を押し広げただけだったけれども。


「スミッセン、今、大丈夫?」

「少しなら」

「この冬眠容器に入った子どもに異常が無いか、診て欲しいの。覚醒しかけてる」


 数分後。


「簡易診断をしたわ。ラワンデル、パイア、お疲れ様。まだ覚醒には間がありそうね。間に合ったわよ」


「良かった……」


 疲れ切った身体にズンと重力が乗った。

 ガタンと大きな音がして、容器はエアロックの床に落ちた。

 牽引船に重力が戻ったのだ。コンテナ船の整列はロッソとスミッセンがやっているのだろう。


「ここでへばるんじゃない、パイア。服を脱いで片付けないと」


 すでに厚い宇宙服を脱いだラワンデルが励ます。


「聞こえるか? 子守唄だ」

「知らない曲だけど、素敵ね」

 

 子守唄を流し始めると同時に、黄色かったランプは赤に変わり、点滅もしなくなった。

 パイアは船外活動用の宇宙服を脱ぎ捨て、膝をついて、容器に表示されるバイタルを読み取った。


「体温35.5℃、脈拍50……生きてる!」

「へえ、こうやって覚醒するのか……」


 ラワンデルが、パイアの宇宙服をクリーニング容器に入れながら、興味深そうにつぶやいた。


「私も見るの初めて」


 ロッソの怒りを含んだ声が聞こえてきた。


「おい、牽引船の積載量を超えてるぞ。何を積んだんだ」

「冷凍冬眠の容器ごと乗せたわ。覚醒したら、容器は捨てて」

「……投棄は次の寄港先で問題にされるぞ」

「どこかの恒星に廃棄できない?」


 ロッソの唸り声がした。


「船長の許可も無く……」

ごめん(パルドン)、緊急事態だったの」


 牽引船の駆動音に子守唄の優しい旋律が混じる。


「バイタル、異常無し。蓋を開けて呼吸開始」


 静かに、観音開きの銀色の蓋が開いた。


「かわいい……眠ってるわ」


 鼻筋が通っていて、まつ毛が長い。

 肌の深い褐色は、色白のパイアと好対照だ。


 一人で牽引船の総点検とその後のコンテナ船の整列に奮闘していたロッソが、たまりかねて再度呼びかけてきた。


「ラワンデル、戻ってきてくれ」

「ロッソ、あなたこそこっちへ来てよ。スワンが目覚めるわ」


 少し経って、ロッソもやって来た。


「あー、エアロック占領して……」


 エアロックのど真ん中に端から端まで占領した容器と、クッションに包まれて眠る女の子。


「ようこそ、この船に……」


 三人が見守る中、スワンのまつ毛が震えた。




 




 



 


 





次回、第13話 二人の男


来週木曜夜8時ちょい前をお楽しみに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ