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第11話 宙域突破作戦

「ロッソ、船長! 本気ですか?」


 ラワンデルは狭い操舵室に飛び込んだ。


「……本気だ」

「この制度を悪用してどれだけの……」

「じゃあ、この額、稼げるか?」


 ロッソは赤毛の頭を振って、今回の入金額を指す。パイアが文字通り身を削って得た金だ。

 

 ラワンデルは黙るしかない。


「第一に必要に迫られた制度なのね」

「……スミッセン……」

「開拓地じゃ、赤ん坊の世話は無理。でも子どもは欲しい。よく調べてごらん、半数は家族から依頼されて養育されたお子さんよ。犯罪者がそのへんから幼児をさらうのとは、わけが違うの」

「受け入れ後に虐待される事件は……」

「この制度が無ければ、辺境地の幼児死亡率が跳ね上がるだけでしょうね」


 ラワンデルは、ロッソを見た。

 

「船長としての判断、だな」

「雇われでも船長だからな。この船の航行の目的を達成させるさ」


──深宇宙探査船ブレイブバードの消息を追うこと──


 パイアの無茶が、この目的を再確認させた。


「了解。何をすれば良い?」

「この養子制度を禁止している宙域を避けて、航路を設定してくれ。自分は斡旋屋に荷を受けると連絡して、料金の半分を前払いしてもらう」


 ロッソが、チラッと空席のパイアの椅子を見た。


「パイアが稼いだ金は手を付けずにおこう」


 ラワンデルは、モヤモヤしたまま席につき、今後の航路の計算を始めた。


(船長命令だから……)


 彼はそれで無理矢理自分を納得させようとした。


(次のハイウェイまで問題無く……)


 そこで彼は気付いた。


「……うーん、参ったな」

「どうした?」


 ラワンデルは腕を組んだ。


「次のハイウェイの入り口は、オオギ座δ宙域にある。ここでは厳重に子どもの輸出入を禁じている」

「ハイウェイに乗らずにいけるか?」

「一応可能だが……」


 ゴーン、ゴーンと重い音が響く。

 購入した武器を搭載している音だ。

 ラワンデルが離席している間に、ロッソが手配したに違いない。


 辺境へ伸びる航路を、ラワンデルはスクリーンに映しだした。


「……第一案」

「これは、複雑だ……予算は?」

「ジャンプ六回分、ハイウェイの使用料より少し高くなる。あと、ここ」

 

 ガス状に広がった、ぼんやりと光る恒星の死骸を映し出す。


「四回目のジャンプで抜ける予定の宙域だが、重力場が乱れて、自立航行用のコンパスが狂うという報告がある……というより、ここのハイウェイは、これを避けるために建設されたという経緯があるらしい」

「ブレイブバードは、どう飛んだんだ?」


 スクリーンにくっきりと赤で深宇宙探査船の航路が描かれる。


「問題なくハイウェイを使っている」

「荷の納品日は決まっていたな」


 ロッソが考えていることはラワンデルにも分かる。四回目のジャンプの代わりに、通常航行で抜けられないか、という着想だ。


「時間がかかりすぎる。ジャンプなら五分だが、通常航行なら二十日はみないと。スミッセン、一応試算を」


 メインコンピュータ役がすっかり板についたスミッセンが、間髪を入れずに答える。


「第二案。食料は今の五倍、水は一・五倍、燃料は三倍……搭載可能量を超えるわ」

「分かった、ジャンプしよう。慎重にシュミレーションすること」


 ラワンデルが振り向いた。


「船長に、こういう経験は……」

「ラワンデル、覚えておいたほうが良い。宇宙で出会う危機は全て個性的で、再現性は少ない。最適解に導く努力はするが、保証はできない」


 子ども扱いされたラワンデルは黙って前を向いた。面従腹背というやつだとラワンデルは奥歯を噛みしめる。

 背にロッソの視線の圧力を感じたが、無視した。


「四番目のジャンプの後で、機器の総点検をお勧めするわ」

「メルシ、スミッセン」 

どういたしまして(ジュヴサンプリ)


 ラワンデルは、ジャンプ後の総点検のマニュアルを引っ張り出して、手順を確認し始めた。


(勝手に作業を決めても、ロッソは何も言わないな)


「総点検と言っても、第一種と第二種があるな……」


 独り言を言ってみた。

 ロッソはまだ沈黙を守っている。


「ハイウェイとも一般航路とも離れたところだから、宇宙海賊の心配も無いだろう……メインコンピュータの中まで点検する第一種で……所要時間は九時間」

「承知いたしました。自己点検に三時間……悪いわね」

「いや、待て、何があるか分からない。メインコンピュータは落とすな」

「自分が決めたことに不満があると?」


 言葉に少し棘が混じる。


「総点検自体は賛成だ」

「コンピュータにトラブルが起きない保証でも?」

「……辺境近くで漂流するのは危険だ」

「バグがあるかも知れないコンピュータで次のジャンプの計算をさせるほうが危ない」

「船長は俺だ。決定権は俺にある」

「一等航宙士には、異議を申し立てる権限がある」


 お話にならないと言わんばかりに、ロッソは肩をすくめてみせた。


「正当な権利だ!」


 ラワンデルはなおも食ってかかる。

 スミッセン/スベトラーナは、何も言わない。


 航宙士として経験してきた時間はロッソに及ばないかも知れない。しかし、巨大な豪華客船をクルーの一人としてなんの問題も起こさずに運行してきた実績を馬鹿にされるのは不快だ。数百人の生命を預かって操舵席に座ったこともあるのに。


「メインコンピュータのチェックを行わないなら、それを論理的に説明して自分を納得させてみろ」


 ロッソはまだ何も言わない。

 腕組みをして、黙って聞いている。

 ただ、その表情からは小馬鹿にしたような薄笑いが消えていた。


 重苦しい沈黙が操舵室を支配して四半刻。


 ついにロッソが口を開いた。


「武装を完了するまでにおよそ一日。パイアを呼んで……飯を食いに行こう」

「なんで急に?」

「腹の中にわだかまりがある時は一緒に飯を食って、ぶちまけるのが一番だ。スミッセン、あとは頼む」

「この話は航宙士二人の方針の違いだ。パイアは関係無い」


 ロッソは席を立った。


「パイアが最大の船主、だろ。同席するのが当然だ。スミッセン、呼び出してくれ」


 そして、さっさと船外へ通じるエアロックの方に行ってしまった。


 ラワンデルもあわててあとを追う。


 エアロックと言っても、現在、ハッチは宇宙港の居住区に通じるチューブに繋がっているので、本来の役目を果たしてはいない。 


 宇宙港オオギ座263f525:5155に降り立つと、長さ三メートルもあろうかという集塵機が、もうもうとホコリを巻き上げながら目の前を通過して行った。


「……酷え!」

「ゴホン、ゲホン!」


 二人とも、宇宙港のホコリの洗礼を受けることになった。これでは一時休戦である。


「パイアは、まだ来ないのか?」


(寝てたし、呼ばれても来るかな……)


 ラワンデルは心配したが、パイアは銀灰色のボレロを引っ掛けて、一番遅れて宇宙船を降りてきた。乗降口と港をつなぐチューブをくぐって元気そうな姿を見せた。


「私の謹慎処分は解けたの? ずいぶん早いわね」


 目元が腫れている。

 それには気付かないふりをして、


「ロッソに言われて、飯を食いに行くんだ」

「聞いたわ。でも、美味しいものなんてあるの?」 


 ロッソが腕を広げた。


「港町には美味い店があるもんだ」

「スミッセンに検索してもらったら、『闇鍋屋』が有名らしい」

「え……まともなお店なの?」

「行ってみて不味かったら、スミッセンを削除してやるさ」


 空には、相変わらず薄汚れた黄色の衛星が浮かんでいた。


「あっ、孫衛星!」


 衛星の黄土色を背景に、暗い青の小さな天体が浮かんでいた。横切っていくのが目で追える速さだ。


「数日前に私が降りたときには見えなかったわ」

「俺は降りるつもりは無かったんだけどな」

「良いじゃない、珍しいものが見れて」


 港を出たところの広場をまっすぐ突っ切り、主要道路に入る。

 ラワンデルは、路面のホコリが舞い上がって宇宙服に付くのを、神経質に払った。


「ここでは(あめ)のシステムはないみたいね」

「そうだな……大きな宇宙都市ならともかく……」


 ラワンデルの言葉をさえぎって、ロッソが大きなクシャミをした。

 フィルタで濾過(ろか)された清浄な空気に慣れた航宙士にホコリは天敵らしい。


「ホコリだらけだわ。早く店に入りましょう」


 


 しかし、残念ながら「闇鍋屋」の中もホコリっぽかった。


「一応気を使ってはいるらしいが……」


 うなりをあげている箱を親指で指して、ロッソが苦笑いした。

 店内には二十席ほど、四人ずつのテーブル席に分かれている。半分ほどが客で埋まっている。


 天井のライトに誘導されて中央付近の席に着く。


「闇鍋、三人前、他には?」


 ぶっきらぼうな声に対して、


「酒。俺はウイスキー、チェイサーも」


 ロッソの挑発的な注文に、


「俺はビール。パイアは?」

「止めとくわ。傷にさわるから」


 ライトは瞬いて注文を通したことを意思表示した。


「パイアは、飲むなら何が良いんだ?」

「……ワインなら何でも」


 と言っている間に深皿に入った料理と酒が来た。


 闇鍋は、人工肉の端の硬い筋を名前が分からない根菜類と一緒にしっかり煮込んだものだった。スプーンしか付いていないのを不審に思ったが、食べて納得、触れれば崩れるほどに柔らかい。


「スミッセンは初期化されずに済みそうね」

「パイアの舌が、貧乏舌で助かったな」

「何よ」


 最初に闇鍋をたいらげたロッソが、テーブルにひじをついた。ウイスキーも空になっている。


「さてと、二人に確認したいことがある」


 ラワンデルは、カタンと音を立ててスプーンを置く。こちらもやや顔が赤い。


「言えよ、言いたいことがあるんなら」

「俺が船長で良いんだな?」

「待遇に不満でもあるの?」


 パイアは不安そうだ。


「問題は待遇じゃねえ。船長の俺の判断を信じて従ってもらわないと、いざというとき危険だ」

「俺には、異議申し立てする権限が……」

「乱用するな!」

「乱用じゃない!」

「てめえ、しつこいぞ」


 テーブル越しに胸倉をつかまれ、ラワンデルは顔を歪めた。


「やめて! 暴力反対」


 パイアが、ロッソの腕を押さえようとした。


「パイア、お前は見ててくれ。この甘ったれた坊やに分からせるには、これしかねえ」

「……なんだと!」


 ラワンデルは、つかまれたままテーブルに跳び乗った。宇宙服の表面は滑らかでゆとりも少ないので、ロッソの手は自然と離れる。

 食器が四散し、パイアが悲鳴をあげた。


「トマト泥棒のくせに威張るな!」


 ラワンデルの卓上からの蹴りを、ロッソが左腕で受け止め、逆に足を払った。

 ラワンデルは、素早く飛び降りる。


「貨物輸送の苦労を何も知らねえ若造が!」


 ロッソは深皿を投げつける。

 酔いで手元が狂い、空席のテーブルまで飛んで行って派手な音をたてた。


「おっ、喧嘩だ!」

「良いぞ、もっとやれ!」

「賭けるか?、自分は若い方」


 闇鍋を頬張っていた客たちが二人を囲む。

 パイアは食べかけの深皿を抱えて避難していた。


「何百人もの人の生命を預かって航行したことは無いだろう?!」

「そりゃ研修航行のことだろ、自分の責任で航行したことはねえくせに!」


 事実だ。だからこそ痛い。

 ラワンデルは殴りかかった。


「辺境での小規模輸送をなめんな!」


 ロッソも負けていない。

 殴り返そうとしたとき……。


 突然、どっと天井から水が降ってきた。

 二人が水をかぶったのは言うまでもなく、観客も飛沫を浴びてあわてて輪を解く。


「店内の秩序を乱してはならない。これ以上続けるなら罰金を……」


 ライトの点滅とともに、雑音混じりの声が警告した。


「すぐに出て行くから!」


 パイアが天井に向かって叫んだ。

 金欠なのだ。出すものは舌だって惜しい。


「よろしい。水代と清掃代を支払いなさい」

「分かったわよ」


 パイアが深い溜息とともにすべての支払いを済ませた。水の入った襟首を気持ち悪そうにいじりながら、ラワンデルとロッソは「闇鍋屋」をあとにする。


「……二人とも、何考えてるの!」


 ずぶ濡れの耳にパイアの声が手厳しい。


「ロッソを船長として雇う。私たちは指示に従う。ロッソは納得いく指示を出してちょうだい。良いわね」


 パイアに言われると、こだわっていたのが馬鹿のようだ。

 だがロッソはもう少し抵抗した。


「気に食わないなら解雇したって良いんだぞ」

「したいさ! だが残念なことに、ロッソ、あんたの経験は必要だ。それは認める。コンピュータは起こしたままにしておく」


 ラワンデルはとうとう折れた。

 濡れた犬のようにみじめだ。


「あんたらは雇い主だし、小さな船だ、嫌なら船長と呼ばずにロッソで良い」


 これはロッソからの譲歩。


「じゃ、良いわね。出港準備をしましょう」


 翌日、ビーム砲二門、榴弾砲一門をそなえて艤装(ぎそう)が完備した牽引船ANCS−1688−bは、無事船団(コンボイ)を形成して出港した


「安定重量場へ移動、ジャンプ準備」

「了解」


 四回目のジャンプを終え、いよいよ問題の総点検にかかろうとする。本来ドックで行う作業、この間は完全に無防備だ。


「周囲にエネルギー体無し、移動物体、重力変化無し」

「よし、総点検……」


 ロッソが指示を出す前に、パイアのコンソールに警報が点った。


「荷に、異常が!」

「なにが起きた?」

「一番コンテナ。行ってみないと詳細は不明……」



 


次回、第12話 トラブル


コロナにかかったせいで、ストックが尽きております。

頑張って毎週木曜夜8時ちょい前の更新を守りたいと思います。

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