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第10話 気の重い仕事

 オオギ座263f525:5155の小さな港の事務所で無事コンテナ船引き渡しの手続きを終え、確認の証明をもらうと、パイアは大きく息をついた。


 人間の荷受人が手続きするのは珍しいらしく、彼女に声を掛ける事務所のスタッフもいたが、彼女は無視した。


 初めての仕事が終わった。

 

 事務所を出ると、すぐ脇の道路にジューススタンドがあり、彼女はオレンジジュースを注文した。


(う、まずい)


 人工甘味料と、香料と色素と。彼女が知っている新鮮なオレンジジュースではない。

 しかも生ぬるいうえにホコリの味もする。

 贅沢は言えないとちびちび舐めながら、スタンドによりかかって夜空を見上げた。


 この小さな宇宙港に青空は無い。

 暗黒の夜空に、黄土色に濃淡の縞がある大きな衛星が浮かび、ぼんやりと宇宙港の構造物を照らし出していた。


(あの戦闘でコンテナ船が傷付かなくて良かったわ)


 ただ、謎の多い存在アノニマスに助けられて切り抜けた窮地なのがくやしいし、不安でもある。

 今のところ味方してくれているが「匿名(アノニマス)」と自称するだけあって、素性が知れない。

 しかも、イブウと名乗った宇宙都市所属の駆逐艦まで意のままにしているとは。


(イブウはフクロウの意味がある。知恵の守り神と同時に闇の狩人。となるとアノニマスは守護天使か取り憑いた悪魔か……)


 いずれにせよ、あの上から目線に会うのはもうごめんだと、パイアは肩をすくめた。 


「まだまだ経験不足なのは確かだわ。早く次の荷を受けないと」


 パイアが、スタンドの中のゴミ入れに空のカップを放り込むとホコリが舞い上がった。



 積み荷の斡旋屋に連絡を入れると、ちょうど辺境方向に向かう荷があるという。

 しかも料金は破格だ。

 宇宙船から降りているパイアは、直接足を運んで交渉する。


「ただ、誰もこの荷を受けたがらないんだよな」

「どうして?」


 斡旋屋は顔をしかめた。


「荷の中身に問題があるんだよ。冷凍冬眠中の子どもたちなんだ」


 ハッと、パイアは口に手を当てた。


「ここでは、子どもを売ってるの?」


 宇宙都市で生産されて、辺境地に養子という名目で送り出される子どもたち。


 年齢はすべて九歳。

 養育の手が離れて自我が目覚め、忙しい開拓地に養子として受け入れられるにはちょうどよい年齢である。

 子どもたちには受け入れ先の「親」に愛着を示すように軽い心理操作が施されている。


「ル・ポール・ダタシェでは子どもの輸出は禁じてたわ」


 無数の問題が起きているからだ。

 

 小児性愛者の餌食。

 殺人を含む虐待。

 成人まで大切に養育されるのではなく、児童労働として使われるケース。


 輸出を禁止している政府の支配空域に入れば、いつ没収されるか知れない厄介な荷だ。


 それでも辺境の開拓地は子どもを欲しがり、辺境に接する宇宙都市はそれに応えている。


「何隻?」

「四隻。別の荷を入れたコンテナ船と組み合わせて十隻の船団を組めないわけじゃない。辺境を目指すとは、変わった趣味だな」

「避けなければならない宙域はどこ?」

「オオギ座δ星域かな。あそこは臨検があれば児童売買でアゲられる」


 斡旋屋は、立体地図をぐるりと回してみせた。


 オオギ座星系の中で四番目に明るい恒星。

 

(ブレイブバードの航跡を追うには、ちょっと遠回りになるわね)


「保留させて。私は乗り気だけど、船長と相談するわ」

「……納品日が近いんだ。受けてくれると助かる」

「了解」


 パイアがこの汚れ仕事を受けようとしたのには理由がある。

 海賊船から逃げようとしてジャンプを繰り返した分、燃料を余計に消費した。それだけでなく、アノニマスに言われたように、自衛の武器の調達。

 加えて牽引船本体の残りの負債。


(お金が無い)


 まずいジュースなどに金を払ったのを後悔した。





 港に宿を取ることもせず……宇宙船の中で、ラワンデルとロッソは武装を検討していた。


「榴弾砲、欲しいよな」

「弾が切れたらお手上げだよ、戦艦と違ってこちらには榴弾を製造する場所がない」

「じゃあ、ビームか……うーん、ピンキリだなぁ」


 玩具を選ぶ子どものように、スクリーンにカタログを広げて、ああでもないこうでもないと議論の真っ最中だ。パイアが帰ったのにも気付かない。


「ねえ、ちょっと相談があるんだけど……」


 パイアは、次の荷の内容について、二人に話してみた。


「子どもか……」


 ラワンデルは露骨に嫌な顔をした。


「金にはなるが……」


 歯切れの悪いのはロッソ。


「オオギ座δ星系以外では、輸送は合法。ラワンデル、探査船ブレイブバードの通った航路とどれくらいずれるか、確認してもらえない?」

「嫌だね。犯罪者まがいのことはしたくない」

「合法な航路を選んで行くのよ」

「合法なら良いってわけじゃないだろ」


 生理的拒否感とでもいうものが、ラワンデルの表情ににじんでいる。


「Kの行く方を探さなくていいの?!」

「そんなことは言ってない。子どもは嫌だ。別の荷を、探してくれ。パイア」


 ロッソもうなずいた。


「分かったわよ。探すわ」


 パイアはむくれて自分の席に座った。


 タイミング悪く、


「間もなく牽引船の分割支払い期限」


 スミッセンの声が告げた。

 いつもの皮肉混じりの響きがないところをみると、スミッセンの人格は寝ているのかも知れない。


「請求されたところから払うしかないわね」


 パイアは支払いを済ませ、残高を見てため息をついた。


「武器はどれくらい必要なの?」

「ビーム砲二門に、榴弾砲一門は欲しいな。本当に辺境地へ乗り込むなら」

「それも分割払いにできない?」

「一括が通例だな」


 このあたりは、小さな牽引船で航行した経験の多いロッソが役に立つ。


「前の輸送で得た利益は、燃料補給と今の支払いでほぼ消えるわ……」


 パイアが、宙をにらみながらこぼす。


「さっきの荷の話、半分前払いにしてもらえれば、ビーム砲一門くらいはなんとか……」

「その話はしないでくれ」


 今度はロッソが強めの口調で言った。


「パイア、俺も反対だ。今まで言わなかったが、俺もお前と同じ、DNAエラーなんだ。デザインどおりならいい暮らしが待ってたんだろうが、別の親に拾われ基礎校に通いながら家業を手伝わされた。ひどいもんだったぜ。何百人という子どもたちを、同じ目に合わせたくはない」

「……そう……」


 専門校まで国の寮で暮らしたパイアとラワンデルは、その苦労を知らない。しかも、成績優秀だったため学内で優遇さえされてきた。


「軽く考えないでくれ」

「分かったわ」


 パイアはコンソールで辺境行きの荷を探し始めた。

 男性二人はすっかり意気投合した様子で、硬いシリアル・バーをかじりながら武器を選んでいる。


「仕方がないわ。あのヨットが帆を一枚犠牲にしたように、私も犠牲を払わなきゃならないのかも」


 彼女は、意を決したようにコンソールに向き直ると、別のものを検索し始めた。





 翌日──と言っても、同じ黄土色の月がぼんやり道を照らしているばかりだったけれども──パイアは「国立産児研究所」の前に立っていた。足元のホコリの堆積でジャリジャリ音がした。


 小さな宇宙都市の外れにある施設で、隣の「シュトルヒ(こうのとり)」と書かれた建物の陰に隠れるようにこじんまりとおさまっている。


 高さ三十メートルの建物が、建築基準に従って整然と並んだル・ポール・ダタシェを見慣れたパイアの目には用途ごとに別の建物が立つこの宇宙港の風景は、異様に映った。


 看板には出ていないが、タブレットで検索すれば「健康な若い女性求む、詳細は応相談」と出ている。

 

 彼女はしばらくためらったが、やがて意を決して自動ドアの内側に入った。


「ボンジュール。……お金が無くて」

「グーテンターク。お話をうかがいます」


 パイアは、ためらいながらタブレットを差し出した。

 そこには、彼女の遺伝子のデザインの詳細が記されていた。


「これで、片方売れるかしら?」


 思い詰めた琥珀色の瞳を確認して、受け付けのモニタは、責任者を呼ぶ涼やかな音色を響かせた。





「パイア顔色が悪いな」


 気づいたのはロッソだ。


「そう? いつもと同じよ」


「ロッソ船長、入金を確認して。これでお手頃なビーム砲一門くらい買えない?」


 この宇宙港の滞在費も怪しかった残高が、跳ね上がっているのは自分ではもう確認済みだ。


「パイア、この金はどうしたんだ?」

「ちょっと、その、売ったのよ」

「売ったって、何を?」

「子どもを生産してるとこなら、高く売れるものをね」


 ラワンデルが顔色を変えて立ち上がった。


「馬鹿! 何を考えてるんだ! 自分の身体だぞ!」


 パイアも立ち上がり、ロッソの船長席の目の前で怒鳴り返した。


「片方なら支障は無いはずよ!」

「もう片方に何かあったらどうするんだ!」

「その時はその時よ。そもそも、私たち三人家族って、私が子どもを産む前提だっけ!」

「家族の話じゃない。お前の人生で……」

「荷は選ぶ、装備も選ぶ、お金を作るのに他にどうしろって言うのよ!」


 パイアはボロボロ涙を流し始めた。


「私はKを探しに行くわ。卵巣のひとつくらい安いものよ!!」


 コンソールに両手をついてうなだれる。

 淡い金色の髪が垂れて、表情は見えない。

 肩が波打っていた。


「なによ、玩具選びばっかりして。丸腰だって良いわ、私は行くの!」


 吐き出される言葉の強さに、ロッソもラワンデルも、返す言葉が無かった。


「パイア、やったことの重大さは理解しているんだな」


 船長でもあり、年長でもあるロッソが静かに声をかけた。


「ここで卵巣……卵子を売るということは、自分の子どもを売りに出すのも同様だと……分かっているんだな」

「分かってる」


 勝手に責めたら良い。

 男の遺伝子提供はもっと気軽に安価で行われている。

 なぜ、女の遺伝子提供が、こんなにも責められるのか。

 自分の身体の一部じゃないか。

 誰に何を言われなくても、腹部の鈍痛が、しでかしたことの罪の重さを味わわせてくれている。


「パイア、部屋に戻れ」

「荷を、探さないと……」

「船長命令、謹慎処分だ。正常な判断能力を失ったものとみなす」

「……仲間はずれにしないで!」

「ラワンデル、ついていてやれ」

「操舵室の業務は?」


 席を立ちながら、ラワンデルが聞いた。


「俺とスミッセンでやる。荷も探す。休め、パイア」

「事情は聞きましたよ。休みな、パイア」


 スミッセンの甘い声に送られて、パイアは細いドアを潜り、細い通路に出た。ラワンデルが壁にぶつかりながらパイアの肩を支えてくれた。


 左右はびっしり保存食品、最奥がトイレと簡易シャワー。

 その手前に左右二つずつの個室がある。


「ここまでで良いわ。ありがとう、ラワンデル」

「いや、船長命令だ、しばらくついてるよ」


 返事をせずにパイアは自室のドアを開けた。

 約四メートル四方の個室は、薄い緑を基調とした心の休まる仕様で、右手に睡眠用のカプセル、奥に小さな机があった。


「あっ、これ、持って来たのか?」


 ラワンデルが声を上げたのは、手のひらに乗る大きさの透明なタマゴ型のケースが目に入ったとき。


「そうよ。Kのお気に入り」

「ガリレオ粘菌……」


 油膜のように複雑な色を示すそれは、人類がこれまで宇宙探査を続けてきて、唯一発見した生命体である。


 二度目のジャンプ成功後、地球に類似した周辺の惑星を調査して発見され、その調査員のあだ名が「ガリレオ」だったのでその名が付けられた生命体。温度変化にも真空にも耐え、電気刺激で形を変える。


「地球外生命体、発見!」


 そのニュースが宇宙を駆け巡ったのも、もう百五十年は昔のこと。


 次なる生命体の発見を求めて次々と探査船が打ち出されたものの、成果は無く、やがて人類は拡大の時代から、縮小・抗争の時代を迎えた。


 現在はその大戦から立ち直り、再度の拡大期を迎えようとしている。


「人類の夢じゃなかったの?」


 睡眠用カプセルの上に敷かれたクッションに座ったパイアが、言葉を絞り出す。


「夢さ」


 机とセットの椅子に反対向きに座ったラワンデルが、背もたれにあごを乗せて応じる。


「ブレイブバードが、人類の再拡大を告げる未来の希望になるはずだったんだ」


 ラワンデルが、ガリレオ粘菌のケースをとって手に乗せると、それは、体温を嫌うかのようにタマゴ型の上部に移動した。


「きれいよね」


 あらゆる分析が行われたが、この粘菌状の生物が知性を持つ可能性は否定された。


「きれいなだけで空っぽな存在、私みたい」

「そんなことはない。お前はいつだって輝いて……俺のような普通人(ノルマル)からしたら、まばゆい存在だ」

「普通が一番なのよ」

「お前についていこうと、凡人の俺がどれだけ努力したか……」


 ラワンデルが苦笑した。


「まさか」

「いや、本当だ」


 パイアの目が少し笑った。


「休めよ」

「ここにいてくれる?」

「家族の頼みなら」

「……ありがとう」


 パイアはカプセルに潜り込んだ。


 カプセルは、人類が長く習慣にしてきた葬儀の際の棺に似ていた。


「ふう。目が覚めたとき居なかったら怒るかな?」


 ラワンデルは、粘菌のケースを机に置き、椅子から立ち上がって、一度睡眠用カプセルを覗き込むと、パイアの個室から出た。


 いくらスミッセン、つまり、スベトラーナが優秀でも、雇われ船長ロッソだけに判断を委ねるのは、荷が重いだろう。


 彼は、操舵室に帰ろうとし、そこで、ロッソの最終判断を耳にした。


「パイア、決めた。お前が探してきた荷を受ける」


次回、第11話 宙域突破作戦


来週木曜夜8時ちょい前をお楽しみに!

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ロッソにちゃんと共感やモラルがあることに安心しました
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