第一話
窓から差す光が白い壁で覆われた病室をより一層明るく見せる。
顔に当たる光が少し強くなってきた頃、あたしは目を覚ました。
ベッドに凭れる形で眠っていたあたしは肩と首が少し重く、その不快感に顔を顰める。
光が差し込む窓を見て、あたしは今日も病室で朝を迎えたのだと実感する。
ベッドには一人の青年が静かに眠っていた。
頭に包帯を巻いた彼の顔は青白く、一向に起きる気配は無い。
彼のそんな様子を見慣れ始めている自分がいた。
突然のことだった。
彼の母、佐恵子さんから連絡が来たのは、彼、祐希との待ち合わせ場所にいた時のことだ。
あたしは待ち合わせ場所であった喫茶店に入り、コーヒーを飲んでいた。
待ち合わせ時間の10分前に来たところまではいつも通りだった。
だが待ち合わせ時間になっても祐希は来ない。
何度メールをしても返事は来なくて、何度電話しても一向に繋がらない。
二時間が経ち、そろそろ苛立って来たあたしは帰ろうと席を立とうとした。
その時だった、佐恵子さんから電話が来たのは。
苛立っていた私だったが、それを悟られないように彼女の電話に出た。
電話の向こう側の彼女は酷く混乱していて、声からどうやら泣いているらしいことがわかった。
あたしはただ事じゃないと悟り、何とか彼女を宥めようと努めた。
数分の後少し落ち着きを取り戻した彼女は、けれどやはりどこか慌しそうに、あたしに話し始めた。
一通り話を聞いた後、あたしは席を立ち、会計を済まして店を出た。
祐希が、事故に遭った。
彼は道に飛び出した子供を助けようとして車に撥ねられ、頭を強打し意識不明の重体なのだそうだ。
病院に駆けつけ、佐恵子さんと共に祐希の無事を祈った。
しかし数時間後に手術室から出てきた医師の言葉は幸福と見せかけた残酷な言葉で。
「一命は取り留めましたが、意識が戻るかどうかは…」
彼の意識が戻る保障はなかった。
祐希の命が助かっただけ幸せだと思うべきなのに、顔を青ざめさせて泣き崩れた佐恵子さんを見るとそのような気には到底なれなかった。
それからあたしは講義が終わっては祐希の様子を見に来る、という日が続いた。
最初こそは、目を覚ますかもしれない、という少しの期待が胸にあった。
しかし日を重ねても一向に変わることのない彼にその期待は少しずつ消えていった。
でもあたしは彼の傍から離れられず、夜を病室で過ごす日もあった。
誰もいないあの家には帰りたくなかったのだ。
そしてそうすることで、彼が夜に目を覚ましてはくれないかとまた少し期待していた。