『人を馬鹿にするのも大概になさい!』王太子妃に選ばれるのは悪役令嬢 or 虎かぶり令嬢!?
私には初めてお目にかかった頃より、お慕いしておりましたお方がおります。その方の隣には、恋敵と言いますか、腐れ縁とも言いますか、幼馴染みのベロニカがピタリと纏わり付いております。
相変わらず、薄気味悪い笑顔だこと
よくもまぁ殿下も笑顔で対応できますこと
マグウィフィズ家とネバコネス家は、共に国を支える立場として、王家より厚い信頼を受けておりました。それ相応の爵位も継承し、両家は互いに支え合う間柄でした。
ですが、その関係に亀裂が生じる事態が起きたのです。
私こと、マグウィフィズ公爵家令嬢ライカと、ネバコネス公爵家令嬢ベロニカの誕生が引き金となりました。
この頃、王家にも待望の第一王子が誕生しました。
国を上げて王子の誕生を祝った後、国民たちの話題として持ち上がったのが、『王子のハートを射止めるのはどちらの令嬢なのか』、といった内容だったそうです。
まだ産まれたばかりの赤子に、将来を背負わせる大人がいるだなんて、まったく、この国の先が思いやられる話です。
こうして同じ時期に生を受けた私たちは、まんまと大人の策略に嵌められることとなりました。
城での妃教育が始まったのは、5歳を迎えた頃です。
もともと、私の邸では将来のため、とのことで父や兄から国の情勢を学び、母からは淑女としての立ち振舞いやマナーを学んでおりました。そのため、妃教育は厳しいと言われておりましたが、私には新たな知識を深める良い機会でしたので、何も苦痛には感じませんでした。むしろ、楽しくて仕方ありませんでした。
一方、ベロニカの方は、と言いますと……あの女は、幼い頃より我が儘が通用すると思っていたようで、妃教育にも真面目に取り組まず、事あるごとに私への嫌がらせを考えては行動に移しておりました。
ほんと、そういうずる賢さだけは人一倍優れていたわね
大抵の嫌がらせには目を瞑っておりました。
何を言っても子どもの純粋な悪戯だと思われ、大人には通じない事だということを、私は身をもって学びましたので……。
嫌がらせを受けても動じない性格へと育ってしまった私は、『無愛想』という言葉が似合うようになってしまいました。いつも表情を引き締め、周りに笑顔を見せることすらしない、冷酷令嬢とまで言われるようになりました。
一方、ベロニカは正反対の性格であり、誰彼構わず笑顔を振り撒き、愛嬌のある明るい令嬢として一躍有名になりました。
あんな女、猫かぶりならぬ、虎かぶり令嬢の方がお似合いよ
ベロニカからすれば、私など悪役に等しい存在だったのでしょう。城でも2人きりになると、令嬢とは思えないほどの表情で罵声を浴びせたり、まるで私がわざと彼女に嫌がらせをしたかのように演じ、嘘泣きをして殿下の気を引こうとしたり……。殿下を交えてのお茶会を開こうもんなら、率先して隣に座り猛アタックする姿……、言葉で表すなら、見苦しい、が一番当てはまるでしょう。
そう言えば、以前に一度だけ殿下と2人っきりで話をしたことがありました。あの時は、ベロニカが体調を崩して寝込んでいたために、私も妃教育を受けられなかった日でした。邸へ帰ろうとしていた私を呼び止めたのは、私が恋い焦がれる殿下でした。まさか呼び止められるとは思いもしませんでしたので、ドキドキしながらお話をしたのを覚えています。
「ライカ、今日は……その残念だったな」
「えぇ、ですが、仕方ありませんわ」
「その……大変かもしれないが、これからも……この国のために頼んだぞ」
「はい!」
愛しい殿下の期待に応えたい、そう思い、私はにこりと微笑んだのですが、殿下の表情はどこか冷ややかだったのを覚えております。まるで罪人を睨み付けるような表情……私は一瞬で背筋が凍りました。
「ライカ、お前に笑顔は似合わない!二度と見せるな!」
そう言い残し、殿下は急ぎ足で去って行かれました。
私が殿下に抱いていた恋心は、見事というまでに粉々に崩れ去りました。
殿下を支えるため、殿下の力になるため、そう思い日々を過ごしてきたはずでしたが、この一言がきっかけとなり、私は恋心を封印することに致しました。
しばらくの間、殿下を見かける度に胸のあたりが締め付けられ、息苦しくなっておりましたが、それも数日経てば治りました。ベロニカが見せる笑顔は受け入れられ、私の笑顔は受け入れられないなんて、どうして……そう考えたこともありましたが、時間の無駄だと自分自身に言い聞かせ、勉学により一層力を注ぎました。
そして迎えた婚約者指名の日。
この国では、王太子が17歳を迎えるにあたり、正式な婚約者指名が成されます。
この日を待ち望んだ多くの国民が、今夜明らかになる王太子妃を一目見ようと城へ足を運びました。
まぁそのほとんどが、国民同士で勝手に始めた賭けの結果を知りたいだけなのでしょう。
邸において、ドレスアップした私を見た家族の目には、うっすらと涙が浮かんでいました。
この日のために、殿下自らドレスを選んで下さったそうです。
藍色の髪を一つに束ね、身に纏った藍色のドレス。肌の露出は控えめなデザイン、腰周りのリボンは漆黒でありながらも、ライトで反射するようにラメが施されていました。私の好みを理解して下さっているかのようなデザインに、私も初めて見たときには感動しました。
「ライカ、よく似合っているよ」
「お父様、ありがとう」
「誰がなんと言おうと、貴女が一番よ」
そう言いながら母は、私の首元にガーネットのネックレスを着けて下さいました。
「お母様は大袈裟ですわ。ところで、この素敵なネックレスは……」
「ふふふ、これで一段と綺麗になったわ」
「はい?」
「ささ、もうすぐ迎えが来るぞ」
「ちょ、お兄様……」
兄に急かされるように背中を押され玄関まで行くと、城より迎えの馬車が到着したところでした。
「それでは行って参ります」
「私たちもすぐに出るよ」
家族の見送りを背に、私が足を進めようとすると、父が声をかけてきました。
「家のことは心配しなくていい。最後までお前らしく、だぞ」
その言葉に、私は泣きそうになりましたが、ここで涙を流す訳にはいかない、そう心に誓い邸を後にしました。
今夜の婚約者指名で、名を呼ばれなければ爵位が降格されればよい方で、もしかすると国外追放を言い放たれる可能性もある上で、父は心配しなくても良いと言って下さいました。その優しさを噛み締め、私は1人馬車に揺られておりました。
城へと到着した私を、殿下の側近がダンスホールへとエスコートして下さいました。既にベロニカは到着していたようで、彼女の周りには多くの殿方が群がっておりました。
騙す方も騙される方も、どっちもどっちね
本来の姿を知ったら、世の殿方はどう思うのかしら……ま、考えたところで仕方ありませんわね
ふとため息を漏らしそうになっていると、ベロニカが私に気付き、少し大きめの声で話しかけてきました。
「あらぁ、ライカ様ではありませんかぁ」
「ベロニカ様、ご機嫌よう」
ドレスの裾を両手で少し持ち上げ、淑女として挨拶をしました。ですが、ベロニカは私を一瞥するだけでした。
このような場でも、同じように挨拶をしないなんて、令嬢としての恥さらしもいいことですわ
と心の中で思うようにしました。
「そのドレス……」
「殿下が選んで下さったそうです。ガネット様のドレスもそうでしょう?」
「え……えぇ、そうよ」
ベロニカのドレスは、彼女の可愛らしさを強調するかのような薄いピンク色で、足元にかけては何層ものフリルが施されていました。ふわふわのクリーム色の髪も2つに束ね、見た目では、可愛らしさを物語っておりました。
私の姿をまじまじと見たガネットは、私に近づき耳元で囁きました。
「幼馴染みのよしみとして、特別に貴女を侍女にしてさしあげてもいいですわよ」
「断じてお断り致します」
「そのように強気でいられるのも今のうちよ、ふん」
どこが幼馴染みのよしみなの、いつまで経っても変わらない人ですこと
何食わぬ顔で去っていくベロニカですが、いつの間にか表情は笑顔へと戻り、再び殿方に囲まれておりました。
「ライカ様」
周囲を見渡し、私の名を呼ぶ声の主を探していると、目の前には見知った顔がありました。
「ご機嫌よう、ソフィア様」
「ご機嫌よう、ライカ様。今宵は一段とお美しいですわね。殿下も貴女様の虜になるはずですわ」
「そうでしょうか……」
「自信を持ってくださいませ。貴女様ほどの美しさをお持ちの方は、ここにはおりませんわ」
「ありがとうございます」
ソフィア様は、このお城全体の侍女長をされているお方であり、ベロニカと私が妃教育を受けるにあたり、よくお世話になったお方でもあります。厳しさも優しさもお持ちの素敵なお方です。
ベロニカは……苦手だったようですが、私はよく休憩時間にお話をさせていただきました。ここだけの話ですよ、と前置きの元、殿下の幼少期の事や、私が知り得ないことまでお話して下さいました。
そんなソフィア様とも、今日でお別れかと思うと急に寂しさが込み上げてきました。そんな私の事を気遣い、ソフィア様は優しく微笑み掛けてくださりました。
「ライカ様、また後程」
そう言い残し、ソフィア様はダンスホールから出ていかれました。
ライカ、しっかりするのよ!
私は私自身に言い聞かせ、殿下の到着を1人で待っておりました。
ダンスホール全体に流れていた音楽が変わったのと同時に、ホール中央に設置されている階段には、凛々しくも逞しい殿下の姿がありました。王家の者のみが着用を許される、白を基調とするタキシード姿に、ホール全体では感嘆の息が漏れていました。
なんて素敵なのでしょうか……
そう思いながら殿下に見とれていると、あろうことか殿下と目が合ってしまいました。
早く視線を外さなければ……
そう思う気持ちとは反対に、なかなか目が離せずにいました。
どのくらい見つめ合ったのかわかりませんが、ふと殿下が視線を外しました。その横顔を見ていると、耳がほんのり赤くなっていました。
……殿下、もしかして……照れているのかしら
照れていた姿の殿下はあっという間にいつもの表情へと戻り、階段を下りてきました。踊り場に到着したのを合図に、ホール全体は静まり返りました。
「これより、ワンス王太子殿下より婚約者を指名していただきます。候補となっております、マグウィフィズ公爵家ご令嬢ライカ様、ネバコネス公爵家ご令嬢ベロニカ様、前へお越しください」
名前を呼ばれた途端、急に緊張が増してきました。一息吐いて緊張を落ち着かせようとするも、やはり足が強張ってました。
これで全て終わるのよ!ベロニカからの嫌がらせからも解放されるのよ!
心で唱えながら一歩一歩、前へと足を進めました。隣にはベロニカが落ち着いた面持ちで姿勢を正しており、その横顔は余裕があると言いますか、どこか誇らしげでした。
同じように姿勢を正し、殿下の言葉を今か今かと待っておりました。
「皆の者、今宵、私ワンスが婚約者として選ぶのは……」
お父様、お母様、お兄様、私に多くの事を学ばせて下さりありがとうございます
……なのに、期待に沿えない娘で申し訳ありません
これまでの感謝の気持ちや、申し訳ない気持ちが込み上げてくる中、ついにその時が来ました。
「婚約者として選ぶのは、マグウィフィズ公爵家令嬢のライカだ」
一瞬、何が起こったのかわかりませんでした。
周りは歓喜に満ち溢れており、私自身の名前が呼ばたことに気付くまで少し時間がかかりました。
ふと隣を見ると、ベロニカが物凄い形相で私を睨みつけていました。
「どうして貴女が!!何かの間違いよ!!」
「ベロニカ……」
「殿下は私を愛していたのよ!!貴女には笑顔すら見せなかったのに……私だけにしか見せなかったのにどうして!!」
「私にだって、何がなんだか……」
「貴女はいつも無愛想で、誰も寄せ付けない、そんな貴女に王太子妃なんて向いてないわ!殿下の事だって本当は好きでもないくせに!私の方が王太子妃に向いているわ!」
「人を馬鹿にするのも大概になさい!」
私に詰め寄ろうとする彼女を一喝したのは、侍女長ソフィア様の声でした。ほっと胸を撫でおろし、声のする方を確認したのですが、そこには侍女長とは思えないほどの華麗なるお姿がありました。その姿に、周りも動揺しておりました。
「ベロニカ嬢、貴女の方こそ、何もおわかりではありませんね」
階段を降りてくる姿を一目見た城の者たちは皆、ソフィア様に頭を下げていました。
状況がわからず、混乱していたのですが、すかさず殿下が教えて下さいました。
「ライカ、紹介が遅れて申し訳ない。こちらは我が母君だ」
「ソフィア様が……王妃様?」
「まぁ混乱するのも仕方ありませんわね」
口元を隠しながらクスクスと笑う王妃様の姿は、どこか殿下にも似ておられるように思いました。
状況を理解できていない者が、私の隣にもおりました。
「王妃様は病弱で寝込まれているのでは……」
「そんなの嘘に決まってるじゃない。貴女方の素の姿を間近で見たかったの。どちらがワンスに相応しいか、この国を今後任せられるのはどちらか……答えはすぐに出ましたわ。ワンスも同じ意見でしたのよ」
「殿下……それは本当ですの?」
ベロニカは、今にも泣きそうな表情で問いかけておりました。
「ベロニカ、君にはがっかりした。ライカに対しても、この城の侍女に対しても、君の横柄な態度は変わらなかった」
「ですが……殿下は私には笑いかけて下さいました」
「それだけで私が君を好きになるとでも思ったのか?」
「えっ……」
「この際だから言っておく。私は一度も君に対して恋心を抱いたことはない!それに、君はライカのような努力をしていないではないか!」
「嘘……ですよね」
「嘘ではない!私の想い人は、今も昔もライカだけだ!」
そう言い放った殿下の顔は、誰が見てもわかるくらいに真っ赤になっておりました。つられて私の顔にも熱が帯びてきたのを隠すように下を向いたのですが、周囲の方々は見逃してくれませんでした。
「なんだ、熱々じゃないか」
「なんだか初々しいわね」
心を落ち着かせ、殿下の方を見ると、国王陛下と王妃様の近くに家族が勢ぞろいしておりました。
「ライカ、こちらへ」
殿下に促され、私は階段を上り、踊り場へと向かいました。到着するやいなや、殿下は私の腰を引き寄せました。
「殿下!?」
「何か問題でもあるか?」
「……ありません」
「皆がお前の事を見ているぞ。あの素敵な笑顔を見せる時が来たのではないか」
「ですが……殿下は見たくないと……」
「あ、あれは……あまりにも可愛すぎたから……」
「えっ!?」
「他の者にあんな可愛い笑顔を見せると、悪い虫がつくと思ったんだ」
「あの歳で、あの言葉を聞いた私は傷ついたのですよ」
「その……すまなかった」
「この際、言わせていただきますと、殿下はベロニカとも……あんなに親しげだったではありませんか」
「それは……だな……君が……ライカが嫉妬してくれるのではないかと思って……」
「私を試したのですか!?」
「は、えっ、そんな……まぁ、そう思われても仕方ないか……ん?」
殿下の様子から何やらあったのかと思い、同じように前を向くと、私たちの姿を微笑ましそうに見つめている民衆の姿がありました。
「お幸せにね」
「婚儀が楽しみね」
2人だけの世界にいるかのように話をしていたことを思い出し、殿下と私は互いに顔を見合せ笑いました。
「これからは私の傍で支えてくれ」
「喜んで」
こうしてめでたく、殿下と私は結ばれました。
ベロニカはこれまで私に対し、数々の嫌がらせをしてきたこと、令嬢らしからぬ横柄な態度を厳しく罰せられることとなり、爵位の剥奪及びネバコネス家全員が国外追放されることとなりました。もともとネバコネス家には、裏で怪しい動きをしているとの情報もあり、これを機に重い処罰が課せられることとなったのです。
婚約者指名から数ヵ月後には婚儀が執り行われ、忙しい日々からようやく解放されました。
「ライカ、疲れたのではないか?」
「いいえ、大丈夫ですよ」
「そうか」
「殿下こそ、お疲れではありませんか?」
「私も大丈夫だ。……ライカ、いい加減殿下と呼ぶのはやめないか」
「ふふ、それもそうですね」
「さて、婚儀も終わったことだし、これからは子作りに専念しなければな」
「あ、私、急用を思い出しましたので失礼しますね」
「逃すものか」
ワンスは私を逃がすまいと抱き寄せました。
「愛しい姫、今宵は1人にしないでおくれ」
「ワンス様ったら……仕方ありませんわね」
幸せな時間は始まったばかりです。
この先どんな困難があろうとも、ワンス様と協力しながら乗り越えて行こうと思います。
後々に聞いた話ですが、婚約者指名の際に着けておりましたガーネットのネックレス、あれもワンス様からの贈り物だったそうです。ガーネットには一途な愛、という石言葉があるそうですよ。
虎娘『「人を馬鹿にするのも大概になさい!」王太子妃に選ばれるのは悪役令嬢 or 虎かぶり令嬢!?』
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